(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第三十一話】
「きっと征之介様にも、ワタクシと藤孝様のように、心から結ばれる方がいらっしゃると思いますわ」
私は少し照れて両手の指を、胸の前で組み合わせた。
藤孝様と心から結ばれるなんて、自分で言って顔が熱くなる。
「征之介様は、まずご自身がお幸せであることを、お感じになることが肝要(※非常に大事な事)でしてよ。
すでにお相手がいらっしゃる方とお付き合いなさっていては、運命の方と結ばれるのを逃してしまいますし、何よりどちらも心が傷つくと思いますわ」
ふぅ、私なんて良い事を言ったのかしら。
征之介様に迫られた時、フラリとなびいてしまわなくて本当によかったと思う。
今は、藤孝様がきちんと……愛してくださっているのだもの。
征之介様はきれいな瞳をキラキラと潤ませているように見える。
まじめに私の話を聞いてくださっている征之介様の様子に、私は気を良くした。
「そうは言いましても、ついワタクシも『藤孝様にバレなければ、美しい征之介様とイケナイ関係になってもいいかな?』 なんて考えたこともございますのよ。
人って淋しさに弱いものですわね。
もう少しの所で、ワタクシの悩みがもっと深くなってしまうところでしたわ、オホホホ」
あまりにも真剣な表情の征之介様に、私もうっかり正直な心の内を話し、まるで征之介様よりも大人の女性のように振る舞って笑った。
これで征之介様が他人のモノを欲しがるクセが、無くなるといいんだけれど。
だけど征之介様はフッと吹き出し、脇腹を押さえて笑いをこらえているし、なんだか後ろから藤孝様の不穏な気配がする。
「櫻子……僕にバレなければいいって思ってたんだ……」
唇を噛みしめて私を恨めしそうに見おろしている藤孝様の言葉に、私は慌てた。
あーっ、またやってしまった。
バカみたいに正直な、この口がっ。
「ちっ、違いますわっ!
いえ、ほんのチラッとだけ、本当にちょっとだけ、征之介様に触れられてもいいかなと思いましたけれど……。
断じてワタクシは、藤孝様一筋なのですからっ」
抱きしめていた腕を解かれて、椅子に小さく座っていじける藤孝様を宥めるのに、私は必死になった。
征之介様を慰めるつもりだったのに、藤孝様を元気づける羽目に。
「アハハハハ、あーいてて。
まだ笑うと痛いんだから、あまり笑わせるなよ」
私と藤孝様のやり取りを、征之介様は寝台の上で痛そうに傷ついた脇腹を押さえながら大笑いする。
「あぁー、櫻子のそういう素直なところが好きなんだ。
孝ちゃんに飽きたら、俺が相手するからな。
あ、そうだ。
三人でする前に、俺と二人で懇ろ(※男女の肉体関係)になるか?」
きれいな顔を、ニヤつかせて、私と藤孝様の反応を見ている。
藤孝様の機嫌を直そうとがんばっているのに、挑発されている気がして、カッとなった。
もうっ。 さっきの人の奥様に手を出してはダメって、私の言葉を聞いてなかったのかしら?
それに藤孝様の前で、なんてことを仰るのっ。
私が浮気を疑われて、また『お勉強しない』なんてことになったら大変だわ。
藤孝様は、私と違って、案外繊細でいらっしゃって、ちょっとしたことでも、ウジウジ考え込んでしまわれるんだからっ!
「まぁっ! 藤孝様に飽きるなんてこと、ございませんわよ」
私は征之介様に見せつけるように、藤孝様に抱きついた。
「ワタクシたち、毎晩のように『お勉強』しておりますけれど、藤孝様の身体とはピッタリ相性が合って、すこぶる気持ちがいいのですからっ」
「さ、櫻子っ!」
藤孝様が、慌てて私を止めようとするが、私の口は止まらない。
「ワタクシは、夫の藤孝様に恋をしておりますの。
いくら征之介様が色気のある美男子でいらしても、藤孝様の魅力には、かないませんわ!
それに大好きな藤孝様は、それはご立派なおしべをお持ちで、日ごとに色々なワザを研究なさって、ワタクシを天にも昇る心地にしてくださるのです。
他の方のモノを、ワタクシのめしべに挿れたいなんて、まったく思いませんの。
おあいにく様ですわねっ」
鼻息も荒く、私は二人の前で勢いよくまくしたて、肩で息をする。
すると、私の頭の上から蚊の泣くような藤孝様の声が聞こえた。
「もう……お願い、ヤメテ……」
真っ赤になって下を向いてつぶやく藤孝様と、息も絶え絶えになるほど笑い転げている征之介様に、私はまた、『やってしまった』と反省した。
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夫婦として触れ合うことに戸惑っていた新婚生活。
ひょんな出会いで知り合った征之介様がきっかけで、私たち夫婦はもっと仲良くなれた。
すっかり傷も良くなった松原 鳳雪画伯は、私たちの肖像画を仕上げた後、フランスへ渡り、生涯の伴侶を得られて、長年あちらで過ごされる。
そして、私は次々と五人もの元気な子どもを授かり、この後の時代の荒波を、藤孝様と共に乗り越えていくのは、もう少し先の話。
こうして、大好きな藤孝様と私は、ずっと仲良く幸せに暮らしていくのでした。
ーーおわりーー
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