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(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第十八話】
私は驚いてしまって、言葉が引っ込んでしまった。
「ハハハハ、そうだろう?
ウチの自慢の嫁だ」
身分が高い美青年から、この一井家の嫁である私を誉められたお義父様は、声を上げて笑う。
「だが、もうすでに藤孝とは、見ていてこちらが照れてしまうほどに仲がいいからな。
いくら、美男子の征之介君とはいえ、櫻子さんを落とすなんてことは、できまいよ。
なぁ、櫻子さん」
失礼にも笑い続けているこのお客様に、気分を害した様子もないお義父様は、急に私の方へ返事を求めた。
「え? えぇ、もちろんですわっ」
焦って返事をしたが、その実は、四か月も『夫婦生活のない仲の良さ』であることを後ろめたく思って、冷や汗が出る。
結婚初夜の時にさえ、私と藤孝様のことを心配して、わざわざ高い部屋代まで払って、二人きりにしてくれたお義父様だ。
四か月もたっているのに、私のせいで一井家の跡取りができる兆しがないことを知ると、離縁(※離婚)させられてしまうかもしれない。
絶対に、今夜こそ藤孝様と……。
「それはそうと、男爵。
例のお話は、本当に私でいいのでしょうか?」
笑いを収めたばかりの征之介様は、魅惑的に微笑み、私をチラリと見る。
例のお話?
「もちろんだよ。
征之介君のような、将来有望な画家に描いてもらえるなんて、きっと、白黒のつまらん写真よりも後世に残っていくに違いない」
征之介様に、絵を描いていただくお話かしら?
私と何の関係が?
「櫻子さん、この器量もいい青年の征之介君は、実は天才との呼び声高い洋画家でね。
二十二歳にして、数々の美術展覧会で入賞を果たし、写実絵画では右に出る者がいないと言われているんだ」
お義父様は、モノを勧める人特有の、輝くような目つきで私を見た。
たしかに、川辺で見た素描(※デッサン)は、どれも描いたものが正確に写し取られていて、それでいてどこか色気が漂い、素晴らしかった。
「松原公爵へ茶入(※茶道の道具)をお譲りしたことのある縁で、昔はよく公爵が当家へおいで下さったんだ。
藤孝も幼い頃に、よくこの征之介君にも遊んでもらっていてね。
小さい頃から絵が上手く、将来は画家になるぞと言っていたら、本当にすごい画家になってしまったよ」
ソファーにもたれて、お義父様は笑った。
「私など、一族のはみ出し者ですから」
征之介様は、謙遜したように、はにかんで見せる。
「そんな輝かしい未来ある征之介君……いや、松原 鳳雪先生に、櫻子さんの肖像画を描いてもらおうと思っている」
「え? ワタクシの?」
肖像画?
私は、征之介様が乱雑に散らばらせていた素描の中でも、一番最初に目にした裸の女性が、艶やかな表情でこちらを見ているのを思い出した。
まさか、裸の絵?
「ワタクシ、人前で裸になるなんて、できませんわっ」
一瞬の後、お義父様と征之介様は、家令(※執事)の島田さんが、何事かと見に来るほど大笑いした。
ーーーー
「クックックッ……本当に、君は面白い娘だな、アハハハハ」
早速、素描(※デッサン)に入るからと、日当たりのよいサンルームへ、征之介様と一緒に来た。
先程から、私の話を聞いては笑っている白皙の美青年画家は、つい先日死にたがっていたとは思えないほど楽しそうに、芯を長く削った鉛筆を動かす。
「もう、いい加減、笑うのはおやめくださいませ。
そんな調子では、線もまともに引けませんでしょう?」
私は半ば呆れて、口だけ動かした。
大きいソファーのひじ掛けに、もたれかかるように座る格好のままで動くのを禁じられ、もう長い時間この体勢で喋っている。
もちろん、着物はきちんと着たままだ。
せっかく描いていただくのならと、お気に入りの着物に替えて望んでいる。
だって、写真よりも長く残るものだと、お義父様もおっしゃっていたし、どうせならきれいに描いてもらいたい。
「あぁ、こんなに俺を笑わせる女は、いなかったよ。
初めて心中を失敗してよかったと思えるね」
まだ顔は笑いながら、スケッチブックと私の顔を見比べている。
「そもそも、なんであんな川で死のうなどと思ったのです?
この家からも近いところで、死体が上がるなんて迷惑ですわ」
私の言葉に、また一笑いして、征之介様は答えた。
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