(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第二十四話】
「『まだ』だなんて、頬と手首以外にも、征之介さんから口づけされるつもり?」
急に深く唇を合わせられた私は、頭が惚けてしまって、返事が出来なかった。
藤孝様は片手で、詰襟のホックと一番上のボタンを外す。
いつもきちんと留められている詰襟を着崩す、その手慣れた様子と、普段は見えない白いシャツの襟が見えて、ドキッとした。
まじめな藤孝様の裏側を知れた気がして、嬉しい。
もう結婚して四か月もたつのに、こんな様子も知らなかったなんて。
「僕だけが、櫻子さんの身体に触れることができるんだよね?
僕のお嫁さん……櫻子さんは、僕だけの……」
床に膝を立てた藤孝様は、私に抱きついたまま少し上目遣いになる。
今日の藤孝様は、妙に色っぽいな。
ソファーに座ったままの私は、少しだけ藤孝様より目線が高い。
いつもは見上げるばかりだけど、ゆるめた詰襟のすき間から、首筋が見える。
左の首に、ほくろがあるのを見つけた。
こんなところに、小さなほくろがあるわ。
詰襟に隠れて見えない所。
きっと、私だけしか知らないほくろ……。
「こら、櫻子さん。 僕の話聞いてる?」
フッと笑いかけられ、私は嬉しくなった。
やっぱり、藤孝様は笑っている方が好き。
「もちろん聞いていますわ。
小さいほくろが、可愛いのです」
「ほくろ? どこ?」
私の全然ちぐはぐな受け答えに、藤孝様はいつものように笑ってくださって、安心する。
首筋にあるほくろの場所を指すと、藤孝様は私の左胸をそっと触った。
「僕も……ここにある櫻子さんのほくろを見たい」
私にも、左胸の内側に小さいほくろがある。
結婚式の夜に、帝国ホテルのベッドの上で『観察』と称して、藤孝様に身体の隅々まで見られたことを思い出した。
それを見たいという事は?
もしかして……。
二人の『お勉強』って事?
熱く頬をほてらせて、黙ったまま頷くと、藤孝様も赤い顔をして、私の帯締めを解いた。
立ち上がった私は、ゆっくりと帯を解き、藤孝様から着物をはがされる。
願っていたことだけれど、よそよそしかった藤孝様が、真剣な顔をして私の着物を脱がせていくのを見ていると、恥ずかしいと言うより、不思議な気持ちがした。
さっきまで嫌われてしまうことを恐れていたのに、こんな急に念願がかなうなんて。
男の方って、どんなきっかけで『その気』になられるのか難しいわね。
伊達締めも外して、長襦袢も肌襦袢も脱がされて、ついには薄い腰巻だけになった。
「きれいだな……」
藤孝様は目を細めて、私の身体に見とれている。
だけど、寒い。
「藤孝様……お布団、出しませんこと?」
鳥肌が立った上半身裸の身体を、自分で抱きしめ、ガタガタしながら提案した。
「わぁ、そうだなっ。 すまんっ」
藤孝様の部屋には、寝台(※ベッド)がない。
寝相が悪い藤孝様は、寝台から落っこちてしまうらしい。
いつも、夕食が終わるころに、女中が布団を敷きにくる。
そして次の朝、朝食をとっている間に、女中が布団をたたんでくれるそうだ。
藤孝様は広い部屋の隅に置いてある大きな開き戸のタンスから、包丁で切り取ったようにきれいにたたんである布団を出して敷き、一台百円(※現在の価格にして約三十~四十万円ほど)もするガスストーブもつけてくれた。
肌襦袢に再び袖を通して、藤孝様が敷いてくれた布団に、下着である肌襦袢と、腰巻姿で潜り込む。
「おじゃまします」
詰襟を脱いだ藤孝様は、私に断わりを入れて入ってきた。
「ご自分のお布団ですのに。
アハハハ、藤孝様おかしいですわっ」
嬉しさと、緊張とで私は笑いが出てきて、布団の中で寝っ転がったまま笑う。
藤孝様もつられて笑って、ひとしきり笑いあった後、見つめあった。
そして、私たちは引き合うように、深く口づける。
久しぶりに、口の中で舌を絡ませ合う。
ドキドキするのに、嬉しくて、目尻から涙がこぼれた。
「す、すまんっ。 またどこか痛かった?」
目を閉じていたはずの藤孝様は、いつのまにか私の顔を見ていて、あふれ出した涙に、いち早く気づいて口を離す。
「いいえ……ワタクシ、嬉しいのです」
涙を指でぬぐいながら、上に覆いかぶさった藤孝様の首に、裸の両腕を絡ませた。
「ずっと、こうやって藤孝様と触れあいたかったのですわ」
私の言葉を聞いた藤孝様は、心痛な面持ちで口を結んで目を閉じた。
「すまない……」
「もう、藤孝様。 先程から謝ってばかりですわ」
「すまな……」
もう一度、謝ろうとした藤孝様と顔を見合わせ、笑ってしまった。
「藤孝様が、謝ることはないのです。
こんな風に、四か月も『お勉強』出来なかったのは、ワタクシが悪いのですから」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?