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(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第二十五話】

 藤孝様の首に絡ませていた腕を外して、細いけれど、私よりもしっかりとした筋肉がついた肩に触れる。

「いや、ヘタだった僕が悪いんだ」

「ごめんなさい」
「すまない」

 二人で同時に謝って、また笑いあった。

 自然と再び、口づけをかわす。

「ワタクシ達、お互いに遠慮しあって、何もしないまま過ごしていたんですわね」

 優しく髪を撫でている藤孝様の右手を捕らえて、自分の口元に近づけると、私はきれいなその手に口づけた。

「ワタクシ、藤孝様のことが好き、大好き」

 言葉に出すと、本当に愛おしくて、また涙が目じりからこぼれる。

「僕の方が、櫻子さんのことを大好きで、たまらないんだ。
 二人でお互いに感じるところを、今日は研究していこう」

 勉強好きな藤孝様らしい言い方に、私は涙を拭きながら笑って頷いた。

「ゆっくり、するから。 痛かったら叩く前に言って」

 まぁいやだ。
 もう、初めての時に、ビンタしてしまったことは、忘れていただきたいのに。

 どうやら藤孝様は『観察』とか『研究』と言った方が、落ち着いてコトに当たれるみたいだ。

 本当に私の夫はまじめで、勉強好きで、ちょっと融通が利かない。

 だけど、そんなところもすごく愛おしく感じて、私も藤孝様の研究に勤しむ。
 

 『夫婦の営み』をやりたいと思っていた割には、どうやるものなのか、これまで分かっていなかった。
 
 女学校でも、お父様からも、全く聞いたことはなかったけれど、直感的に私は理解する。

 
 いつもは穏やかな笑顔や、知的な表情の藤孝様が、私の身体に夢中になって、享楽きょうらくに溺れている。

 藤孝様の見たことのない顔が、私の心を満足させ、身体も快感に震えて果てた。

 動きがゆっくりとなった藤孝様は、艶やかな吐息をつきながら私から離れ、押しやった布団を掛けてくれる。

「藤孝様……ワタクシ、ますます藤孝様のことを好きになりましたわ」

 布団の中で、裸のまま抱き合い、感じるままに言葉に出した。

「櫻子、僕の方が櫻子のことを、もっと好きになったよ。
 毎日でも、したいくらいだ」

 再び優しく口づけて、藤孝様も言葉を漏らす。

 呼び捨てにされるのが、グッと近くなった感じがして、胸がキュンと鳴った。

「ワタクシも……毎日でもいいですわ。
 学校のお勉強が終わったら、ワタクシとのお勉強……してくださる?」

「いいの? 
 あぁ、学校の成績も落としてはいけないが、櫻子との成績も落とすわけにはいかないな。
 ……あの、とりあえず、今から復習・・していいかな?」

 さっきから脚に当たっている硬いものが、もう一回と言っている。

 そうして、私たちは四か月に渡る我慢の日々に、終止符を打った。

ーーーー

 日曜日、征之介せいのすけ様が画材を抱えて、一井いちい家へ訪れた。

 私の肖像画を下描きするために、征之介様と私、それに見張り役の藤孝ふじたか様、この三人で二階のサンルームへ入る。

「藤孝様、昨日はつい遅くまで……眠たくございませんこと?」

「大丈夫だよ、櫻子さくらこ。 櫻子こそ身体がきつくないか?」

「ワタクシ、平気ですわ。 
 もっと身体を柔らかくしようと、藤孝様がまだ寝ていらっしゃる時に、身体を伸ばしておりましたら、スッキリいたしましたの」

 藤孝様を見上げて、腕に絡みつきながら、昨夜から一緒に過ごしたことを振り返った。

 今日、征之介様がいらっしゃるお約束がなければ、学校がお休みの藤孝様とまだお布団の中で、楽しんでいたかもしれない。

「ふーん? なんか、面白くないな」

 私と藤孝様の、以前よりも密着したやり取りをじっと見ていた征之介様は、切れ長のきれいな二重の瞳を細めた。

「君の美しさが、とうとう官能的に開花してしまっている。
 たかちゃん、若妻の色香いろかを堪能しているのか?」

 えっ? 官能的?
 もしかして、『お勉強』のことが顔に出ているの?
 まさか。

 恥ずかしくなって、私は両手で熱くなった頬を挟んで、藤孝様を見る。

 藤孝様も、征之介様の千里眼せんりがんに驚いて、手で口元を覆って赤くなっていた。

 
「まったく君たちは、バカ正直すぎるな。
 心の声が顔に漏れ出しているぞ。
 人前でイチャイチャしているのも、気づいていないのか?
 あきれて、からかう張り合いもない」

 征之介様は、皮肉に笑いイーゼルを立てて、カンバスを用意する。

 芸術家の征之介様は、やはり人の表情を読みとる能力があるのかもしれない。

 ご想像通り、私たち夫婦は毎晩のように愛し合っている。

 藤孝様は、毎晩勉強を済ませると、部屋を隔てる壁を二回叩いて、一拍置いたら、また三回叩いて合図する。

 コンコン、 コンコンコン。

 私も準備が整っていれば、返事する。
 藤孝様とは逆に、三回叩いて、一拍置いて、次は二回。

 コンコンコン、 コンコン。

 私が思っていたより、藤孝様の勉強は、毎日早く終わる。

 なんだ、ずっと勉強なさっていたわけでは、ないのね?
 勉強しない間、藤孝様は何をしていらしたのかしら?

 私は、藤孝様に聞いてみたが、教えていただけなかった。

 なぜか真っ赤になって、目を泳がせている夫は、一人で部屋にいる時に、何かやましい事でもあるのだろうか?

 だけど、しつこく何をしていたかを聞いたりして、また藤孝様の気を損ねたら大変だわ。

 私も一瞬だけど征之介様に、よろめきそうになってしまったことまでは言っていないんだし。
 
 夫婦だからといって、一から十まですべてを知る必要はないわよね。

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