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(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第二十七話】

「ほら征之介様、この世は楽しいことも、ございますでしょう?」

 笑っている征之介様を見ながら、川で初めて会った時に、冷たく『この世はつまらない』と言った彼に対して問うてみた。

「そうだな。
 若妻と孝ちゃんの濡れ場に、俺も参加して三人でやったら楽しそうだな」

 スケッチブックと私たちを見比べて、美しい顔をチラチラとのぞかせていた彼は、ニヤニヤとした笑いを投げかける。

「えっ? 『お勉強』って、三人でもできるんですの?」

 私は考えたこともない『お勉強方法』に驚いた。

「アハハハ、『お勉強』? 
 また、面白いことを言うな。 三人でもできるさ、今度やろう」

「せっ、征さんっ! ヘンなことを櫻子に教えないでくれ」

 焦った藤孝様は、赤い顔をしてまたポーズを崩している。

「まぁ……。でも、一つしか入れる・・・ところはありませんでしょう? 
 どうやるのかしら?」

「櫻子も興味を持つなぁっ!」

 藤孝様は耳まで真っ赤になって立ち上がり、征之介様は大笑いした。

 また、ワイワイと喋りながら、私と藤孝様は動かずに、征之介様だけが忙しそうに手を動かしている。

「よし、今日はこれで終わりだ」

 スケッチブックから、カンバス(※キャンバス)に向かい直し、筆で溶いた絵の具を塗っていた征之介様の一言に、私と藤孝様は大きく伸びをした。

 やっと、動けるー。

「乾燥させないといけないから、このまま置いておくが、いいか?」

 藤孝様に了解を得て、征之介様は絵の具を片づけ始めた。

「ちょっと、見てもよろしい?」

 期待した私の顔に、征之介様はちょっと笑ってうなずいた。

「どうぞ?」

 
 私だけの肖像画だったのに、藤孝様と一緒に描いてくださるなんて嬉しい。
 どんな風になっているのかしら?

 藤孝様と一緒に、ウキウキしながらカンバスをのぞき込んで、ビックリした。

 なんと、その画面には、ただ薄い黄土おうど色が一面に塗られているだけで、私の姿も藤孝様も描かれていない。

「えっ?」

 二人して、征之介様の顔を見ると、たまりかねたように笑いだした。

「アハハハハ、本当に、君たち二人とも愉快だな。
 今日は地塗りだけだ。
 これを乾燥させて、下描きをして、絵の具を重ねていくんだ」

 この地塗りをすると、カンバスの布地の目が埋まって、描きやすくなるんですって。

 なぁんだ。

 あら?
 でも、素描の時はあまりおしゃべりなさらなかった征之介様が、途中からよくお話に加わるようになったのは、この地塗りの頃から?

 ただ、一色に塗るだけなら、私たちもっと早く姿勢を崩しても良かったのではないの?

 
「失恋した相手が、目の前でイチャイチャする様子を見ていられないだろ?」

 失恋した相手?
 もしかして、私のこと?

 
 思わず頬がカッとほてったが、ジトっとした視線を送る藤孝様に気づいて、私は自分の両頬をペチペチと叩いた。

「ちょっとの間『動くな』なんて意地悪いじわる言うくらい、構わないよな」

 征之介様は、自分勝手な理屈をつけると、片づけの手を止めて藤孝様を見る。

「……昔から孝ちゃんが羨ましくて仕方がなかった。
 女中や使用人、小さな丁稚でっちまでみんな『坊ちゃん、坊ちゃん』と慕っていて、俺には無いモノを持っていそうで、孝ちゃんが持っているものを欲しがったんだ」

 心を突くような淋し気な目で、私たちを見る。

「そして今は、この美しい妻と相思相愛そうしそうあいだ。
 好きになる相手と結ばれない俺とは、やはり違う。
 うまく立ち回ることだけが上手くなってしまった俺は、本当の恋人も友人もいないのかもな」

 諦めてしまったようなため息をついた征之介様は、再び画材を仕舞い始めた。

 他人から見ると、すごく恵まれた境遇なのに、淋しさをずっと感じているのは、心から好かれていると感じていないから?

 そんなこと、ないのに。

 征之介様は、ご自分が思うよりも人に好かれていることを、知らないだけなのかもしれない。

 それならば……、私の気持ちを伝えればいいわ。

「あら。
 ワタクシも藤孝様も、征之介様のことが好きなんですわ」

 切れ長のきれいな二重の瞳を私に向けて、また征之介様の手が止まった。

「征之介様は困ったところもおありですけれど、とても魅力的でなぜか心の奥で気になってしまうんですの。
 ねぇ、藤孝様もそうおっしゃっていましたものね?」

 藤孝様は、私に同意を求められ微妙に困ったような表情で頷いた。

「好きの中には、恋愛だけではなくて友情もございますでしょ?
 ワタクシたち、もうお友達なんですわ。
 お友達として、ワタクシは征之介様のことが好きです」

 私は、征之介様に微笑みかける。

 言いながら私の気持ちが明確になっていく。
 
 なぜか気になってしまうこの美しい青年とは、友達になればいい。
 友達がいれば、きっとあの淋し気な冷たい表情もなくなるはずだわ。

 だって、征之介様は私たちとおしゃべりする時、本当に楽しそうなんだもの。

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