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空と海と、おまけ

2019年5月17日

フェリーが朝5時、小倉に到着。

朝焼けは、とても綺麗だった。


昨日のストップは、どうやら正しかったと今朝の体の状態で感じた。鉄のように身動きが取れない脚になっている。自分の泊まっていた2等の部屋を出ると、またもや見ず知らずの人が「一緒にいた外人さんは何処の国の人ですか?」と唐突に話しかけてくる。

あの、サンタさんのことか。イギリスの方です、と返す。

「ヨーロッパの感じがしたのよねー」と。

なんなんだ、この人は?

すると、昨日手伝ってくれた女性が登場。自分はゆっくり下船するからと再びザックを運んでくれて、車で迎えに来てくれた友人に渡してくれた。

早朝なので、1時間か2時間くらい船のなかで休憩が出来るようになっている。

足元の悪い船のタラップを、彼女がいてくれて本当に助かった ‼︎

道中に拝借した箒の柄みたいな竹を自分の『杖』にしていたのだが、それが不要ならも貰いたいと彼女が言うではないか。もちろん、差し上げた。旦那さんの杖にすると話していた。旦脚さんは足が不自由なのかと、案じたのだった。

彼女は私に何か神的なものを感じているのか❓と思うほど、不思議な感覚を抱いていた。


またまた、イギリス人に戻って・・・

その人は松山大学の教授で、ドクターでもあり、熊本の山鹿で僧侶をしていて、また合鴨が500匹いる合鴨農法でお米を作っていると言う。

本当に⁉️

その画像を、自身の携帯から見せてくれるのだった。私が無農薬の農業に興味があると知り、自分のところで働くのが貴女にとってよいことだ、と予言者みたいに言うので、ちょっと考えさせて下さいと、失礼のないようにかわしたのだった。

次から次へと、最後まで濃い時間。 
なんだろう…
四国を歩いて、私に何か憑いてきた?


帰宅後、ザックの奥に忍ばせていた小さな石を取り出した。父親のお墓に敷いていたものを持ってきたものだ。これが私の御守りだった。


かんじん要の私の身体は、昨日と変わらず芯から痛くて動かない。

私がすべきは、何をさておきこの脚を治すことだ。

通っていた整形外科は、10日後まで予約でいっぱい。仕方ない、急に戻ることになったのだから。ま、ゆっくり無理をせず。

本日、749歩

🍅 🥑 🍍 🍓 🍆 🍇 🍐 


🔵1年後、こうして遍路の文章をblogに移動している。
私は今確かに言える事がある!
現在、コロナで絶賛自粛中なのだ。
元々、心配性でそれが続くと不安性に化すのだった。
2月末に留学から戻り、もちろん仕事もしてないので収入もなく、貯蓄を切り崩す生活なのだ。
先が見えない状況の中でも、落ち着いた自分がいる。
なぜだろう❓と思った。
きっと遍路で毎日を生ききる事を、再認識させられたのだ。
元気があれば良い!と、アントニオ猪木みたいに張り手はしないが、これはこれとして受け止める事が出来ている。

私の歩いた600kmは、決してムダじゃなかったんだと思う。

体脂肪の変化は顕著だ。
あれだけ大食いしても、歩いた分だけ体脂肪が減っている。

         ⬇️

  マイナス 35%でした 😎

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