第六話シノノメナギの恋煩い
数日後のこと。
今私は図書館前の落ち葉を掃除している。
図書館の入っている施設には図書館以外にもカルチャー教室や喫茶店が入っているし、施設全体を掃除する清掃会社の人もいるけどすぐ落ち葉でいっぱいになるから交代で清掃をするのだ。
今日はわたし。1人でこれだけ拾うのか、と思う人もいるだろうがわたしはそれでいい。
1人でただひたすら履いていればいい。その時間こそ妄想できる時間の一つ。
一つ落ち葉を拾う。これは本のしおりになるかな、なんて思うんだけどそのまま本に挟んだまま返されて悲惨な思いを何度かしたことがあるからやめていただきたい。
できるならラミネートしてちゃんとしおりにして欲しい。
そういえば午前中、買ったと思われる金色のしおりが挟まっている本があった。
その本を返した人が慌てて戻ってきた。
その人を見ると垂れ目の男性。わたしよりも年上である。多分。
こんな洒落たしおりを持っているだなんて。戻ってきてまで取りにくるとは……。
彼の借りていた本は「繊細なあなたに送る本」であった。
彼の見た目そんな感じもしなかったのだが人それぞれ抱えているのね。
最近その繊細さん(勝手につけてしまった)は心の不調をどう治すかという啓発本をよく借りるようになった。
どうか以前のように歴史小説を借りていたあなたに戻って欲しいものです。
大人の落ち着いた男、いいわね。やっぱり付き合うとしたら年上だよねぇ。
「東雲さん、そろそろ終わりそうね」
返却ポストの中身を回収しに来た館長がやってきた。
「はい、あと少しで終わります」
いやもっと妄想していたい。その繊細さんのことをもっと。
イベントスペースから琴のいい音がした。
琴を演奏するのは着物を着た若い女性。
その若さと品の良さと琴の音に魅了される通行人たち。顔はさほど美人ではないが着物と琴でだいぶ点数を稼いでいる。
わたしが琴を弾いたらどうなるだろうか。それよりもますわたしはピアノすら弾けない。
「シノノメナギちゃん、休憩かね」
「あ、はい……そうです」
わたしのことをフルネームで呼ぶのは警備員のでんさんだ。でんさんと呼ばれてるからでんさんだ。
フルネームで呼ぶのは大抵彼しかいない。
「シノノメナギちゃんはお琴はやらないのかね」
「やりません」
「お花は」
「やりません」
「お茶は」
「やりません」
「今の若い子たちはそういうものをやらなくなったなぁ。あの子みたいに着物を着てお琴を弾けたらどこに嫁いでも恥ずかしくないだろうに」
じゃあ、でんさんの息子さんに彼女はいかがですか?
あの置き場所に困るお琴を置くスペースはありますか?
維持費や習い事や着物やらそれらのお金を払う経済能力はありますか?
嫁に来させたらそれで終わり?
あとは子作り、家事、育児、介護、お琴をさせる時間はあるのですかっ。
と心の中で吐き捨てた。
笑ってればいいのだ。こういうおじさまたちにはニコニコしてればいい。
「で、シノノメナギちゃん。前から言ってた息子とのお見合いはいたしてくれるんだい」
あーそうだった。のらりくらりかわしていた彼の息子とのお見合い話。あれは本気だったのか。
わたしはお琴をしてないけどいいのだろうか。
「今日は写真を持ってきたんだが」
写真? これは本気だ。
でもわたしは断りたいのだが。でんさんの家族になるのは無理。
でもこのご時世、お見合い、というのも新鮮かもしれない。絶対これで結婚したら周りの人から「お見合い! まぁ、なんて古風な」だなんていうだろう。
そしてお見合いの席では不慣れな着物を着て美味しくもない茶菓子を食べて言い慣れない言葉を交わして無駄な儀式にお金をかけて結納して親戚一堂で食事会をして結婚式をして……結婚してすぐ子供はまだか、孫を見せろ……全部これは周りの先に結婚した友達の愚痴を総合した結果な訳で。
写真だけでも見るか。どんな人なんだろう。
「45歳でな、郵便局勤めで……」
45歳……たしか45歳、こないだトーク番組に白爪光太郎が出てた。45歳って。
あのイケメン俳優、筋肉隆々、知識も豊富。ひとまわり近く年上でも悪くはない。
だめだ、もう白爪光太郎しか思い浮かばない。口元が緩む。
郵便局員の白爪光太郎……。
「んでこれが写真な」
と渡された写真。
見てすぐ返した。どこが白爪光太郎だ。期待したわたしがバカだった。
「ありがとうございました。私の知り合いにも郵便局員がいまして毎年年賀はがきを買わなくてはいけないので困っておりまして。あ、休憩終わっちゃう。またご縁がありましたらー」
とわたしはでんさんに写真を返す。彼は目を丸くしてポカーンとしてる。
白爪光太郎と頭の中で盛りすぎたわたしがいけない。でも人は見た目で判断するのは良くない。
そしてわたしはまだ選択する余地はあってもいいのだ。
まだ琴の音が響く。
どうか彼女の人生も選ぶ余地がありますように、そしてずっとその琴を続けさせてくれる素敵な方と巡り会えますように、と心の中で祈った。
続く
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