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橘の実 有料

4.梅見の宴(承前)

 すっかり万葉は大人しくなってしまった。泣く事もわめく事もないかわりに話す事も笑う事もない。しかしその憂いの帯びた顔も、冷ややかな父親を軽蔑しきった顔すらも美しい。園臣生羽はこれで大丈夫だと安心した。父としては失格だが、臣下としては最上の事が出来た。あとは万葉を文武天皇が気に入るかどうかだが、父親の贔屓目を差し引いてもこれだけ美しい。この美しさに目を奪われない者はいないだろうし、梅見の宴で何一つ話さなくとも大人しくさえしていれば、園臣生羽は藤原氏のようになれるんだと思っていた。もし文武天皇が気に入らなくとも自分が初めて参加する宴で万葉を気に入る者は出て来るだろう。その者らは今まで自分を見下してきた奴等だ。そんな奴等が万葉をくれと色んな品々を送って遣すと考えただけで胸がすく。万葉を可哀相には思うが、三方沙弥もあきらめようとの歌を送ってきたことだ、何も心配はない。これから自分は上を目指す。いずれは文武天皇の義父であり天皇の祖父になれるかもしれないのだ。文武天皇に万葉の事を教えた藤原房前殿には何か礼をしておかねばなるまいな。何が良いかな。金銀の腰帯が良いかな。自分の分も作ってもらうか……すっかり、園臣生羽は人が変わってしまった

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