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歌集『金魚を逃す』鈴木美紀子 より


「fire」がはじめて覚えた言葉でしょうヘレン・ケラーがわたしだったら

大好きな鈴木美紀子さんの歌集。
一首目からびっくりさしてしまう。

ヘレン・ケラーが初めて「water」を理解し、言葉を理解したその背景と彼女の人生のドラマがまずこの一首の土台として据えられる。
そして「fire」。
作者の(あえてそう言いたい)、ひとりの歌人としての、この歌集の中の「fire」の炎を突きつけられる。
ここから先にあるのはただの「fire」ではないことをさらりと暗示しているように思う。

待ちわびて髪をリネンのシーツへとハザードマップのように広げた

リネンのざらりとした質感と艶やかな長い髪の対比を思わせる。待ちわびている女性の姿はどこまでも色っぽい。
ハザードマップ。
防災のために避難場所や経路を示す地図である。
ハザードマップのように広げられた髪。
(逃げてきなさい、こっちよ、守ってあげる)そんな声にならない声が聞こえると同時に危険な恋を暗示するような不穏さを合わせ持つ喩だと思う。

珈琲のペーパーフィルターひらかせて遠い星砂あふれさせてる

珈琲をペーパーフィルターを使って落としているということは、ひとりでゆっくり飲むのではないか、と想像する。
私もそのひとりだが、珈琲好きにとって、フィルターの珈琲にお湯を注ぐ時間は、楽しいひと時だ。
「ひらかせて」が「ひからせて」に見えて、星の砂につながっているようにも思える。
時間に追われる日々を送る大人のささやかな白昼夢なのだ。

✳︎続きはまたUPします。


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