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季節

日本には四季があるからね。と言うのには、なんとなく、うちって特別でしょう感が漂う。あなたのところ、四季あるの?とでも言いたそうな。マレーシアの人たちは、マレーシアには季節が無いからねえ、いつも暑くて、と言う。雨季と乾季があることは、農家さんでなくても承知しているけれども、それに備えてなにかを準備したり、その季節にだけこういうことをする、というものが殆どない。

つまり、気候の変化が無いのではなく、気候の変化に合わせて備えたり、行動や設えを変えたりすることが無いことを、季節が無い、と言っているのだと考えられる。一方、日本の場合、衣替えだけでなく、布団を替え、暖房器具をしまって扇風機を出したり、一昔前には、障子のタイプを違うものにするなど、季節が変わるたびに大忙しするのが、「四季がある」と誇ることとセットになっている。なかなか面白い。

それでは、本当に赤道直下のマレーシアには雨季と乾季しかないのか?誇り高き四季を有する日本人がこの地に住んでみると、あるじゃん、ということになる。いや、あるんですよ、四季。ちょうど日本の春の頃、道端の草木を眺めると、他の季節には見たことの無いような花をつけていたり、新芽を吹いていたり。一年に何度も芽を出したり、枯れることが無かったりするからと言って、春を感じていないわけではないようなのだ。夏の頃にには、紫や黄色の花が多く咲くのも、夏っぽい。秋の頃には、葉が赤くなるものもある。そして、冬ともなると、年ごとに少し月はずれるものの、モンスーンが吹き、朝夕肌寒い日があり、常緑樹が多い中にも葉を落とす木々もある。

虫には詳しくないが、この季節にはいるが、一気にいなくなって、次はこの虫たちが出てくる、というのがある。さらに、昆虫王国のこちらは、熱帯雨林の中に住んでいるようなものなので、あらゆる虫たちが混在し、昼間には真夏のような蝉が鳴いていたかと思うと、夕方からは秋の鈴虫やコガネムシのような声が響く。これも、1日の中にちっちゃくシーズンが詰め込まれているようで楽しい。

わが家の猫たちもちゃんと季節に反応している。毛が密になって長くなる時期と、やけにブラッシングしてくれ~と言ってきて、どっさり抜ける時期。すごいな、よくわかるね、と言うが、なんのこっちゃ?という顔をしている。

さて、日本は八十八夜、今日から夏、というこの日。私のいる山の上は、連日午後3時過ぎからのどしゃ降り。夕立というには、早すぎるし長すぎる雨が続いている今日この頃。自己流に、これは梅雨と夏の夕立のハイブリッド、と勝手に思っている。雨が降り出す前に、駐車場で猫のトイレやゴミ箱を洗って干して、雨が降っている間は、ピアノの練習をして(近隣の方に下手くそな演奏が聴こえにくいかな、という配慮)、保存食を作って、と。あれ、そういえば、人間も動物も、こんなときはこうする、をずーっと繰り返しているうちに、体内の季節アンテナが研ぎ澄まされてきたのだったっけ。都会で、カレンダーや時計にある季節や時間で動いていたときよりも、ずっと敏感に変化を感じて、こまめに適応している自分に気づいた、そんな日。

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