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車内恋愛

いつもの電車。いつもの席。見慣れた景色。
変わり映えしないはずの今日、
顔を上げて、ハッとした。

味気なく、窓の外なんてろくに気にせず、小さな画面の世界を見ているだけだったはずなのに、あっという間に現実に引き戻される。

まぁ、俗に言う“一目惚れ”だ。

フワフワと浮き足立つ感情とは裏腹に、だからどうしたと冷静な自分もいる。

声を掛ける?まさか、気味悪がられてお終いだ。
どうにかして自然に、認識してもらえないだろうか。
柄にもなく前向きに作戦を思案している自分に、また冷ややかな感情が顔を覗かせる。
認識されたとて、その先があるわけない。

うるさい、やってみなきゃ分からない

いつもなら流される気持ちも、今回ばかりは浮かれた方が勝ったようだ。

だが、そんな勝負の間に虚しく何駅も過ぎ去っていく。

焦りからチラチラと盗み見た瞬間、その子の首がガクンと前に傾いた。その衝撃で一度は目覚めるものの、5秒もしないうちにまた夢の中へ旅立っている。

鬱陶しそうに隣の客が顔をしかめ、船を漕いでいるその子を腕で押しやり、席を立った。
すみません、と頭を下げたまま、また違う世界へ落ちていく様子を見て、他の客も空いた席に座ろうとしない。

今しかない。

自分の席を立ち、まるで恋人のような、はたまた友達のような雰囲気を出しているつもりになって、その空いた席へ移動する。

例えそう見えなくてもいいんだ。
あの子さえ気持ちの悪いこの行動を見ていなければ。

傾く頭を支えるように自分の肩を入れ込んで座る。
いい枕を見つけたとでも思ったのか、眉間の皺を薄くして位置を調整してくる自然さに、本当に恋人なのではと錯覚して頬が緩んだ。

さて、この後どうする。
この子は一体、どこで降りる予定なんだ。

横目で観察して気が付く。
鞄に入ってるの、うちの大学の赤本じゃないか。

なるほど、そういえば今日は学園祭だったな。

ここまでお膳立てされれば、いくらなんでもこの先のプランは思いついた。

「ねぇ、君、降りるの次の駅じゃない?」

小声で驚かさないように声を掛け、肩を借りた謝罪と起こしたお礼を、なるべく大人っぽい顔して聞き流す。

「なんで、降りる駅、分かったんですか?」
当たり前の疑問に、先程退散した冷静な自分を引っ張り出した。
「赤本が見えちゃったんだ。一応、そこに通っているもんで、つい…ね」
「えっ!そうなんですか!今から学園祭行ってみようと思ってて…!」

なんとも可愛らしい反応に、ニヤつく頬を押さえつける。
「良ければ一緒に大学まで、どうかな?受験のこととかアドバイスできるかもしれない。」
「いいんですか!ぜひ!」

「…学園祭も案内、しようか?」
思った以上の好感触に、少し欲が出た。
言った瞬間、踏み込み過ぎたと後悔する。

そんな反省を打ち消すように、いいんですか?!と割と大きめな明るい声が車内に響いた。

びっくりして思わず顔を見合わせる。
自分で言ったくせに、しーっと指を唇に当てて肩を窄めて縮こまっている姿がまたなんとも…愛おしい。
そんなことをしているうちに目的の駅に到着し、乗客たちの冷たい目線を背中に感じつつ、電車を後にした。


スキップしそうなくらい軽快な足取りで改札に向かう君の後ろ姿は、あの時とほとんど変わらない。

「ねぇ、早くーー!」
「焦るなって」

無事合格し、また一緒に学園祭に行くという約束を果たせて、きっとご機嫌なのだろう。

小走りで隣に並び、大きく振れる手を掴んだ。

「去年のこと、思い出すね」
「そうだなぁ…」
「人見知り、恥ずかしがり屋、ネガティヴのトリプルパンチなのに、なんで声掛けてくれたの?」
「悪かったな、根暗で」
「そうやって拗ねたふりして、いつもはぐらかす」

繋いだ手を強く握り返される。
これは答えないと今日一日、聞き続けられるやつだ。


「…一目惚れ」
「え?」
「2度は言わない」

うそうそ!初めて聞いたよ?!と大騒ぎなのを無視して、火照る顔を横に背けた。


おわり。


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