7 weeks #15
2020.08.12 wed
9:00
江東豊洲病院からの郵便物が私の自宅に届く。開封すると、7月分の入院費の請求書だった。父が私宛に送るように病院に依頼したのだろうが、念のため確認のメールを入れると、程なく返信があった。今後もそのようにしたいとのこと。確かに、父が自力で支払えなくなった場合には私が支払うことになるのだった。金額は225,000円ほど。手術らしい手術もしておらず、高額療養費も適用しているのに1ヶ月でこの金額なのだと覚悟した。
10:00
主治医のM医師から電話。一時退院の予定についての連絡とともに、検査結果からみた現状を教えてくれた。
CTスキャンによる検査は当初予定通り、抗がん剤を2クール終えた今月27日に実施するとのことだった。それまでの間はレントゲンで腫瘍の状況を確認しているが、あまり縮小はしていないとのこと。
また免疫が下がっているので、感染症対策に気をつけるようにとのことだった。家族が持ち込まないようにするのは重要なことという。しかし気をつけようにも限界がある。できることをするしかない。
14:00
自宅を出て父の家へ向かう。父から預かっている鍵で父の自宅に入る。変な感じだった。ベッドを手配してくれたM氏もやってきて、一緒にベッドの設置場所を作るためソファーなどの家具を移動させ、それから可能な範囲で掃除をした。父は自宅をいつも綺麗にしているので大した掃除は必要なかったが(というかそれ以上やりようがない)、掃除機をかけ、M氏はカーテンを洗濯してくれた。
ふとエアコンが古いのが気になり、父が退院してくる前に業者を入れてエアコンをクリーニングしてもらったほうが良いのではないかと思い始めた。ネットで調べられるだけ調べ、2箇所ほど電話もしてみたが、今日や明日来て欲しいというのはさすがに無茶だったようだ。諦めて、部屋の窓を開けて換気しながらエアコンの風量を上げ、せめてものクリーニング(?)。父が入院している1ヶ月の間に梅雨は明け、真夏になっていた。
16:30
業者が来てベッドの搬入。父は相変わらず横になって眠るのが苦しいので、ベッドを起こした状態で窓の外の景色が見える向きに設置してもらった。設置後の様子を写真に撮って父に送る。M氏は、ベッドは寝室に置くほうがいいのかと思っていたと言ったが、寝室にスペースをつくるのには手間がいったし、何より、私が父なら、死の病を抱えて次またいつ自宅に戻れるかも分からないというとき、ほとんどの時間を過ごすであろうベッドからの眺めはこの景色がいいと思った。豊洲から北側、東京の街が一望できてスカイツリーも見えるこの窓。
ふと、父の本棚に「夏への扉」の新訳があるのを見つけた。私は読んだことがないので詳しいストーリーを知らなかったが、同名の楽曲が山下達郎の作品にあったはずだ。父は文学作品をさほど多く読む人ではないはずなので、きっと入り口は山下達郎の楽曲の方だろうなと思った。読んでみたいと思い、拝借していくことにしてメールで断りを入れる。
17:30
豊洲を出て帰路につく。途中、父から返信。ベッド設置の対応についての礼と、「夏への扉」拝借へのOKの返事だった。
父は明日の午前の検査結果で、午後の退院が最終決定になるはずだった。私は用事があって行けないため、妹とM氏が迎えに行ってくれることになっている。その旨を書いて返信した。子どもたちの迎えは夫に頼み、私はスーパーに寄って買い物をしてから帰宅する。自分の家にも山ほど積読本があるのにさらに本を借りてしまって、読了できるのはいつになるだろうとぼんやり思った。
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