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ゲームのローカライズに関する、一翻訳者からの提案

ゲームのローカライズを成功させるために、開発さまにとっておそらく最も簡単で、そして最も高い効果が得られるのは、翻訳者と資料を共有することだと思います。

翻訳中に背景について質問すると、「とにかく原文にある通りに訳してほしい」と言われることがごくたまにありますが、背景によっては同じ原文でも複数の訳文が考えられますし、背景が分からなければ何を意味しているのかさっぱり分からないことも多々あります。

現実社会で起こったことを忠実に再現したゲームならともかく、ほとんどのゲームにはそれぞれのユニークな世界観があり、その世界にのみ存在するキャラクターたちが、そこで独自の物語を紡いでいきます。それぞれのキャラクターには性格や生い立ちなどの設定があるはずで、それを頭に入れたうえで翻訳をするのと、どのような人間かさっぱり分からないまま翻訳を始めるのとでは、翻訳の質に差が出るのは明らかです。このことは、ゲームの概要を知ったうえで訳すかどうかにも当てはまります。

そして、それぞれの言語には、別の言語にはない特徴があることも多々あります。私に分かるのは英語と日本語だけですので、それに限って言いますと、例えば、英語では男も女もおおむね似たような喋り方をしますが、日本語の場合は、性別、年齢、職業、性格、話し相手、話している場面など、さまざまな要因によって全く異なるものになります。

これは、訛りがあるとか、その程度のレベルの話ではありません。トーンによって主語や語尾がまったく異なるものになるだけではなく、動詞や形容詞だって変化します。そのキャラクターに対するプレイヤーの印象を決定づける、キャラクターデザインそのものと同じくらいのインパクトがあるものなのです。ですので、誰がどのような場面で誰と話しているのかは、日本語でのセリフを考えるうえでなくてはならない必要不可欠な情報です。
(ちなみに、日英ですと対象が単数なのか複数なのかや、主語・補語・述語の欠如などが問題になることが多いようです。)

そのことを踏まえると、ダイアログファイルにセリフの話者が記されていないのは致命的な欠陥と言えます。セリフに話者情報がない場合、翻訳者は会話の流れから話者を推測するか、もしくは無難なトーンにせざるを得なくなります。そして推測で訳した場合、その推測が外れた場合には男キャラが突然女トーンで話し始めるなど、なんとも悲惨な状況になりますし、無難なトーンばかりの会話は単調で面白みに欠け、プレイヤーが感情移入できなかったりします。

他言語の方にはこの欠陥の重大さがおわかりにくいかと思うのですが、例えて言うなら、ボイス付きのゲームで、ところどころ筋骨隆々の男キャラのボイスが乙女チックな少女のボイスになっているとか、すべてのボイスが不自然な機械ボイスになっているようなものだと思っていただければ概ね正しいのではないでしょうか。

ですので、ゲームのローカライズを成功させるために、以下を考慮していただけると助かります。

1:シノプス、キャラクターバイオ、ダイアログツリーなどを翻訳者と共有する
2:会話ファイルは会話の順番に沿ったものにし、話者・話し相手を各セリフに記す。可能であれば、各会話のはじめに背景を記す
3:アイテムの翻訳にはできるだけスクショをつける

これにより翻訳の質はかなり上がるでしょうし、クエリの数も激減するはずです。翻訳料は決して安くはありませんし、せっかくローカライズするのでしたら、最大限の成果を上げたいですよね。それに、多くのゲーム翻訳者はゲームに対する愛情や情熱からゲーム翻訳の道を選んでおり(他の分野の方がレートが高めのことは多いです)、私たちも、可能な限り最高のコンディションでゲームを世に送り出したいという気持ちを強く抱いています。資料不足から状況の判断が難しく、ベストな翻訳ができないのはとても悔しいのです。

お読みいただき、ありがとうございます。

(こちらの記事は、英語版もLinkedInかどこかで公開する予定です)