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いま、わたしたちが知っておくべきパーム油を取り巻く事情

世界でもっとも生産されているの油のひとつ

チョコレート、アイス、マーガリン、ホイップクリーム、洗剤、シャンプー、口紅、ねり歯磨。これらに共通することは何かご存知だろうか。

答えは、すべて「パーム油」を原料としていることだ。

油には、大豆油、菜種油、亜麻仁油、エゴマ油、オリーブオイル、コーン油、ココナッツオイル、ごま油、ラードなど様々な種類がある。パーム油は、アブラヤシという樹木から採れる植物性油脂で、全世界での生産量は大豆油に次いで二番目を維持している(国際連合食糧農業機関統計(FAOSAT)データベースより)。

油種別生産量推移(FAOSATより)

パーム油の歴史

もともとアブラヤシは、西アフリカが原産の植物で、古くから現地では食用と酒づくりに利用されていた。

それが、19 世紀になると、アフリカから欧州向けにアブラヤシが機械油やろうそくの原料用として輸出されるようになる。そして、その生産が本格化するのは20世紀になってからだ。

20世紀初頭にインドネシア、マレーシアなどの東南アジア諸国で大規模なプランテーション方式によるアブラヤシの栽培が始まった。当時、現地では天然ゴムのプランテーションの方が盛んであったが、徐々にアブラヤシの生産量が増えてゆき、つには天然ゴムの生産量を上回るようになった。
現在では、世界のパーム油の約84%(2018年)をインドネシアとマレーシアの二カ国で生産している(「パーム白書2019」より)。両国にとって、外貨を獲得する重要産業である。
今後もアブラヤシの生産量の拡大が予想されており、2010年~2030年の20年間で生産量が約3倍に増えると見込まれている。

アブラヤシの栽培方法

アブラヤシは、高温多湿な気候が栽培に適しており、生育すると高さが15~20mになる。その樹の上に小さな果実が束になった果房を実らせ、この果肉が圧搾されてパーム油になる。果房はひとつ20~30キロという重さになる。

アブラヤシは、種から苗木になるまで、1~1年半ほど育苗ポットで育てられ、その後植林される。植栽は栽培や収穫などの作業の効率を考えて、等間隔に行われる。よく海外出張や旅行で東南アジアを訪れるが、離着陸の際に航空機の窓からアブラヤシの樹が広大な土地に果てしなく並んでいる風景をよく見かけたことを覚えている。アブラヤシは、3~4年後から果房を実らせる様になり、そこから収穫が始まる。18年目くらいら収穫量が落ち始め、25年目に伐採される。

プランテーション農場では、1ヘクタール当たり約140本のアブラヤシが栽培され、年間3.8トンの油を生産している。

アブラヤシの収穫は、3~4名のチームが担当するが、それは重労働かつ危険な作業だ。チームのメンバーは、

  • 収穫者

  • 果房収集

  • 果房収取・葉の処理

  • トラクター運転手

とそれぞれ役割が決まっている。

チームは、1ヘクタール四方の区画を10~15割り当てられ、各区画を順々に巡って収穫をし、最後の区画が終了するとまた最初の区画に戻るというサイクルを14~16日で続けている。

例:伐採作業の流れ

各区画では、収穫者が樹の上の果房の成熟度を眼で確認し、不要な葉と果房を高枝切りばさみのような長い棒の先に刃物がついた器具を使って刈り取っていく。20~30キロという重さの果房が落ちてくるので、果房が人の上に落ちて大怪我をすることがある。また、樹木は平坦な場所だけでなく、斜面にも栽培されていることがあり、足元がおぼつかない中での作業が強いられている。
収穫された果房は、工場で圧搾されてパーム油となって出荷される。

アブラヤシ果房の収穫

なぜパーム油がこれほど生産されているのか

パーム油が様々な用途で使われている理由は、パーム油が持つ特性にある。

特性1: 汎用性の高さ
まず、ひとつ目の特性は、パーム油は「固めても溶かしても使える」点だ。大豆油など植物性の油脂と比べ、パーム油は飽和脂肪酸であるパルミチン酸を豊富に含んでいる。飽和脂肪酸は、バターやラードなど動物性の脂肪に多く含まれている。また、不飽和脂肪酸は植物性の油脂に多く含まれている。パーム油にはこの不飽和脂肪酸が40%、不飽和脂肪酸(オレイン酸)が40%と同量の構成となっている。パルミチン酸とオレイン酸は、固体が液体に変わる温度(融点)が異なっている。脂肪酸を分別して不飽和脂肪酸を減らせば固体(パーム・ステアリン)のパーム油となるし、また飽和脂肪酸を減らせば液体(パーム・オレイン)のパーム油になる。このようにパーム油は、溶ける温度によって異なる性質の油として作られる。これは他の植物性油脂では出来ず、「固めても溶かしても使える」という汎用性の高さを利用して、パーム油は様々な用途に使われている。

特性2:生産性の高さ
ふたつ目の特性は、パーム油は他の油に比べて生産性が高いことだ。同じ耕地面積(1ヘクタール)から取れる油の量を比較すると、

  • パーム油:3.8トン

  • 菜種油:0.59トン

  • ひまわり油:0.42トン

  • 大豆油:0.36トン

と、パーム油は他の油脂に比べて、圧倒的に優れた成績を残している(「RSPO Ipact Report 2014」より)。つまり、他の植物だと同じ量の油を取るためには、パーム油の生産よりもさらに広大な耕地が必要となる。

パーム油生産が抱える課題

しかし、パーム油はわたしたちの生活にはなくてはならないものになっている。一説には、わたしたちは年間8キロのパーム油を消費していると言う。しかし、その生産には多くの課題を抱えている。

【1. 環境破壊】
熱帯雨林の伐採とそれに伴う火災被害

パーム油に対して増え続ける需要を満たすために、広大な面積の農園が必要になる。そのためには熱帯雨林を伐採して農園を作り出している。1990年~2010年までの20年間に約360万ヘクタールという九州に匹敵する面積の熱帯森林が、アブラヤシ農園になった。また、伐採の際には森林を燃やすこともあり、大規模な森林災害を招くことも発生している。

泥炭地からの温室効果ガスの排出
熱帯林の近くには、炭素を含む泥炭地という土地が広がっている。泥炭は露出して空気に触れるだけでも、今まで水中で蓄えられていた大量の温室効果ガス(二酸化炭素など)が放出されてしまう。

栽培時の農薬の使用や搾油時の廃棄物の発生による水質汚染

生物多様性の喪失
インドネシアやマレーシアの熱帯雨林は、オランウータンやアジアゾウなどの野生動物たちの貴重なすみかとなっている。伐採によりこれらの動物が行き場をなくしてしまい、その生存の危機に瀕している。

【2. 過酷な労働環境】
パーム農園での作業は、長時間の重労働を強いられる。マレーシアでは国内の人たちは、パーム農園での仕事をいわゆる「3K」(きつい、きたない、きけん)の職業として敬遠している。このため、インドネシアやバングラディッシュなど近隣の国からの移民労働者がマレーシアのパーム油産業を支えている。しかし、コロナによる国境の制限のために、これらの労働者が入国できなくなっており、深刻な人手不足が発生している。
それ以外にも、児童労働や強制労働などの労務問題も解決されないままになっている。

【3. 地域住民とのトラブル】
農園の開発によって家を失ったり、農薬の使用による健康被害など、近隣住民とのトラブルが発生している。

最後に:解決に向けた取り組み

このような課題を見ると、もうパーム油を使わないほうがよいのではと思ってしまう。現に、多くの環境団体がパーム油の生産に伴う問題に警鐘を鳴らしている。
しかし、パーム油の汎用性・生産性の高さという特徴は、他の油脂で置き換えようとしても難しい。本当に悩ましい課題であるが、解決に向けた様々な取り組みが着実に進められている。成果が上ることを期待したい。

RSPO認証による持続可能な生産の実現
WWF(世界自然保護基金)やパーム油生産者および小売業者などが、RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)という非営利団体を設立し、持続可能なパーム油生産のための認証制度を開発・運用している。この認証制度は、生産や製造・加工・流通過程で適切な手段でパーム油が栽培・生産されていることに対するもので、この認証を受けた製品は、持続可能なパーム由来原料を使用した、あるいはその生産に貢献した製品であることを示している。

RSPOのHP (https://rspo.org)

代替パーム油の開発
一方で、様々な農業系のスタートアップ企業が、従来のパーム油に変わる代替品の開発を進めている。

  • スコットランドのRevive Eco社は、カフェやレストラン、オフィスで出た使用済みの豆かすを集め、パーム油の代替品をつくる取り組みを進めている。

  • 米国のC16 Bioscience社は、バイオリアクター(生体触媒を用いて生化学反応を行う装置)を用いて、パーム油と同じように機能する化学的な油を作る技術を開発おり、ビル・ゲイツから2,000万ドルの融資を受けた。

参考文献

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