知らない古書店が閉店しました。
就職して最初の研修は、テレアポ100件だった。
そういう会社があるらしいよ、というのはどこかの噂で聞いていたものの、都市伝説とかどこか遠くの国のお話くらいに思っていた。
まさか自分がそのお話に該当するなんて予想もしていなかった。
どうやって集めてきたんだってくらい膨大な顧客リスト。何千行もあるExcelファイルに唖然とした。
その長さを確かめるように、人差し指でマウスホイールを何度も転がした後、僕は途方もなく長い修行になることを覚悟し、1人1台支給された固定電話に手をかけた。
「いま忙しいから」
「二度と電話してくるな」
ほとんどがそんな反応だった。
正直、笑っちゃうくらい辛かった。
早押しクイズならぬ、早切りデンワ。最速は、0.5秒もなかったと思う。「お忙しいところし...」で営業電話を察知してガチャっと無言で切られた。
僕だって営業電話がきたら疎ましいし、早く切りたいと思う。当然の反応だ。
しかし、これは研修であり仕事。やめるわけにはいかない。トークスクリプトと呼ばれる台本を見ながら、"ガチャ切り上等"の精神のもとリストの上から順に電話をかけまくる。
しばらく経ち、順調にメンタルもすり減って、受話器を自動で上げ下げするロボットと化した僕は、流れ作業を淡々とこなすように、ある一件の古書店に電話をかけた。
「お忙しいところ、失礼します。わたくし株式会社〇〇の〇〇と申します。本日は、……」
「あの〜、一生懸命話してくれて悪いんだけどね...。うち来月で閉店するんだよ。」
おばあさんの声が聞こえてきた。
動揺した。なにも調べず、知ろうともせず、とりあえず電話をかけまくっていた自分をひどく恥ずかしく思った。
「あ、あの...。そんな事情があるとも知らず、このようなご連絡を差し上げてしまい申し訳ございません...。」
受話器の向こう側は、少し笑っていた。
「いやいや、いいんだよ。久しぶりに若い人の声を聞いてなんだか嬉しいよ。それにしてもあなた新入社員かい?」
声だけで、お見通しだった。
「はい、実は今週入社したてで......」
それから少しの間、おばあさんと話をした。
群馬県にある古書店で、従業員はおろかお客さんもろくに集まらないこと。周りの書店もどんどん閉まっていくこと。若者の本離れというけれど、大人だって本を読まなくなってきているということ。
ただ決まった時間になったら店を開けて、レジが置いてある机を前に、新聞やら小説やら読んで時間を潰す毎日を過ごしていること。でも、実は店を閉めたらやりたいことがあること。
おばあさんのゆったりとして柔らかな声に、心地良さをおぼえていたのもつかの間、研修担当の鋭い視線に気付く。
「あ、あのそれではお身体に気をつけて、お元気にしてください...!」僕は慌てて電話を切ってしまった。
もう少し話をしたかった。聞きたいこともたくさんあった。あのおばあさんは、どんな気持ちで毎日お店を開けていたのだろう。そして古書店を閉めたら、一体なにをはじめるのだろう。
結局のところ、電話を100件かけてアポが取れたのは2件。ホワイトボードに書かれた名前の横では、2つのニコちゃんマークが大袈裟に笑っていた。
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