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<書評>「The Adventures of Tom Sawyer」,「The Adventures of Huckleberry Finn」

トムソーヤーとハックルベリーフィン

「The Adventures of Tom Sawyer(トム・ソーヤーの冒険)」1876年,「The Adventures of Huckleberry Finn(ハックルベリー・フィンの冒険)」1885年,Mark Twain

マーク・トウェイン(1835年11月30日生まれ,1910年4月21日死去)は,アメリカ・ミズーリ州生まれの,作家,エッセイスト,新聞記者(特派員)。本名は,サミュエル・ラングホーン・クレメンズ(Samuel Langhorne Clemens)。名前からは,ウェールズからの移民と推測される。

ウィキペディアによれば,ウィリアム・フォークナーは「最初の真のアメリカ人作家であり,我々の全ては彼の相続人である。」,アーネスト・ヘミングウェイは「あらゆる現代アメリカ文学は,マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィン』と呼ばれる一冊に由来する。」と高く評価している。

日本では,「トム・ソーヤー」の方が著名で,児童文学作品として,サン・テグジュペリの「星の王子様」と似たような扱いになっている。さらに,昔「トム・ソーヤー」の名前を借りた子供服のメーカーもあった記憶がある。つまり,現在62歳である私が読んだ(しかも,当時のアメリカ人や黒人の訛った英語表記にはかなり苦労した)作品は,アンデルセンやグリム兄弟の作品と同じ,子供向けの内容だったと見られるかも知れない。

しかし,先に書いた19世紀後半アメリカに入植したブリテン島やアイルランド島からの移民の使う英語,さらにアフリカ大陸から連れてこられた黒人奴隷の使う英語を,発音のままに記述しているこの作品は,(発売当時は読みやすかったとしても,140年たった現在では)とても子供向けの読み易い物語とは言えない。むしろ,初期アメリカ文学の古典的作品(つまりは,日本で明治初期の作品,たとえば坪内逍遙「当世書生気質」などを読むのと同じだ)を当時の風俗や文化を探りながら読む,文学研究的作品になっている。

さらに今の様々な倫理基準等で過去の作品を糾弾することの無意味さは,文学作品に限らず適用されるべきだと思うが,「トム・ソーヤー」では,トムのガールフレンドになるベッキーのいかにも少女っぽい純真な描き方を「女性差別」として,そして,何よりも「ハックルベリー・フィン」の主要人物である,黒人逃亡奴隷であるジムの話し方や性格描写について,「黒人差別」というレッテルを貼るのは,とても簡単なことだろう。しかし,それはたとえば幕末維新に尊皇志士たちが,(反朝廷勢力であった)足利尊氏の木像を破壊したように,自分勝手な自己満足でしかない。

だからこそ,62歳の私は,こうした様々な先入観(偏見といっても相違ないと思う)から自由な立場に徹して,この優れた作品を読むことにした。また,タイミング良くTVのヒストリーチャンネルで,トウェインが新聞の特派記者としてヨーロッパと中東(特にイスラエル)に行った時のドキュメンタリーを見たことも,幸いしたと思う。(この記録は,「The Innocents Abroad(地中海遊覧記)」として1869年にまとめられる。)

好奇心旺盛なトウェインは,パリで19世紀後半の当時,世界最先端の文明と文化に触れた後,地中海を航海してシリアに上陸し,最後にエルサレムに長期滞在する。当時のエルサレムは,オスマントルコに支配されていたものの,寛容なイスラムによって平和な状態を保たれていて,今では想像もつかないようなイエスが生きた時代とあまり変わらない風俗で,人々が生活していた映像が残されている。

トウェインは,「嘆きの壁」や「聖墳墓教会(イエスが処刑されたゴルゴダの丘があった場所)」を訪ね,長時間滞在する。そこで,1900年前のキリスト教時代と当時の19世紀後半の文明・文化の進歩を比較・考察して,アメリカの新聞に記事を投稿した。そこに述べられているのは,来るべき社会のあり方としての自由と民主主義への希望であり,その影響が,「ハックルベリー・フィン」で,黒人逃亡奴隷のジムを自由にさせるために努力したトムとハックの物語に重なっていく。

だから,「トム・ソーヤー」はまだしも子供向けのイメージが残っているが,「ハックルベリ-・フィン」については,児童文学などではけっしてなく,アメリカという新大陸で,20世紀に世界の自由と民主主義を先導する役割を担うことになる大国が,多くの人々によって少しずつ形成されていく原点を見ることができるのではないだろうか。

余談として,トウェインのユーモアセンスを引き継いだと思われる第1次世界大戦前後に活躍した,リング・ラードナーの作品を読みたくてずっと探しているが,なかなか本を購入できないでいる。彼の後継者とされるフランシス・スコット・キー・フィッツジェラルド(「The Great Gatsby,ザ・グレード・ギャッツビー・華麗なるギャッツビー)」1925年)や,私が最も好きなデイヴィット・ジェローム・サリンジャーの作品(「The Catcher in the Rye,ザ・キャッチャーインザ・ライ,ライ麦畑で捕まえて)」1951年)は,いつでもどこでも比較的手に入りやすいのに比べて,原文を読めないのを残念に思っている。今は,海外にいて何かと不都合なので,来年日本に帰ったら,アマゾンで注文してみようと思う。

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