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ひとり歩きする「プロダクトアウトとマーケットイン」

最近、このツアー業界で「プロダクトアウト」とか「マーケットイン」という言葉が、ひとり歩きを始めてしまっているような気がする。

先日、あるセミナーに参加したときに、講師の先生方が「みなさん、自分の作りたいツアーを作りましょう!」「価格設定は強気に高飛車で!」という内容のことを話していた。「なるほどな。」と思うと同時に、何か「もやもや」するものを感じたので、今日は、そのもやもやが何だったのかを書いてみる。

言葉の定義やターゲットは厳密に認識を揃えることが大事

往々にして、このツアー業界は、言葉の定義やその言葉が意味する範囲、対象/認識(ターゲット)を関係者全員で揃えるのが難しい。例えば以前から話しているように「アウトドア」という言葉もクセが強く、たとえばキャンプを指す人もいれば、釣りを指す人もいる、登山を指す人もいる。それぞれが、「その言葉」を聞いたときにイメージするものが違うのだ。これは、屋外で活動するという意味では、まさにアウトドアなのだけど、マーケティングの観点で、だれがターゲットなのか、と考えると、趣味目的もいれば、観光目的もいるし、教育目的もいる(それぞれのターゲットによって、マーケティングはもちろん異なる)。なので、「アウトドアのマーケティング」というような言葉の使い方はとても危ない。そういった画一的な囲い方は、ふさわしくないと思う。だいたいは、ガイドさんが自分の顧客を想定してその言葉を使っている事が多い。ただ、セミナーの聴衆とそのターゲットが厳密に同じという前提がないと、間違った理解に繋がってしまう。

このエコツーリズムという言葉もまた非常に広い範囲のツアー/アクティビティを包括する言葉だ。「自然資源を利用してもらうことによって、収益を出し、もって、環境保護に役立てる」という趣旨がすごくざっくりしたエコツーリズムだと認識しているけど、それぞれ人によっては捉え方が少し違う。いずれにせよ、マーケティング文脈で語るとき「エコツーリズムのマーケティング」というものは無い。なぜなら、多くの一般的な顧客については「エコツーリズムを求めてお金を払っている」ことはほとんど無いからだ。例えば、「自然環境を保護したいから、ヨーロッパから日本にきて特定のエコツアーに参加する」みたいなことはほとんど無く(0ではないと思うけど)、普通は日本に興味があって、日本旅行を計画するなかで、できれば自分の価値観に合ったツアーを選びたい、という発想の中で特定のエコツアーが選ばれるということだろうと思う。(もちろん、こういう訪日旅行の体験ツアーを選ぶ際の基準を厳密に捉えて、それがエコツーリズムのマーケティングだ。と定義して深ぼっていくのもあり。)
でも、これも欧米豪と日本人では全く違う。特に日本人の場合、つまりエコツアーというものが、差別化要因として旅行の主たる価値になるほど、一般大衆に言葉が普及していて、認知されていて、かつ、エコツアーという共通の価値や魅力が同じレベル、同じクオリティで全国各地で担保されているという状況ではない。地域ごと、プレーヤーごとにまちまちであることが多い。(特にマーケティング文脈ではより一層違う)

行政やセミナー立案者に求められる知識

あるターゲットに対するマーケティングはどういう手法が有効なのか、という観点は、実はマーケティングそのものと言ってもいい。つまりターゲットに応じて、手法が変わり、メッセージが変わり、コンテンツも変わる。マーケティングが人間の心理を扱っているものだから、当然といえば当然だが、企画者自体が、特に高い視座で全体を俯瞰した上、何をどう話してもらう、あるいはどのように専門家をアサインするか決めてる必要がある。特にツアー業界の場合、対象国、商圏などのジオグラフィック、年齢、性別などのデモグラフィック、そして重要なサイコグラフィックによって、無数のセグメントがある。こういったセグメントのどれを対象にするかという観点が必要になる。これは結構難しい。個別のマーケティング手法までは把握しないまでも(把握しにいくと膨大な勉強量が必要になってしまう・・・)、どういうツアー内容がどういう人達に刺さるか、どういう専門家がどういう領域をカバーしているか、を冷静に見る必要があるように思う。

難しいのは、現代においては、マーケティングの手法そのものがマーケティングである。と、割と誤解されてしまうことである(これも言葉の定義の問題)たとえば、SNSの話をしてほしいとか、インバウンド向けのマーケティングの話をしてほしい、とか。セミナー受講者の顧客ターゲットやコンテンツを限定せずに出されるこのようなお題は、「何かを限定しているようで、結局、何も限定していない。」ことがほとんどで、いわば砂漠に水を撒くことに近い。と思う。

体験業界で繰り返される、プロダクトアウト、マーケットイン論争

欧米豪をターゲットにしているガイドさんが、端的にいえば「プロダクトアウトで価格設定も強気で行きましょう」というような話をするとき、冷静にその背後関係やマーケティングの状況を分析すると、それはやはりマーケットインだろうなと思うときが多い。

たとえば、一般的な欧米豪の高所得者(中高年である事が多い)向けATツアーの内容を考えれば、今の日本で欧米豪向けATの場合、まず日本文化や歴史、西洋にない価値観を主軸にしてストーリーを組み、名所もいれつつ、地元ローカルの人たちとの触れ合いやガイドブックに無い自分しかしらない(と思われる)要素を入れ、かつサスティナブルでなるべくライトなフィジカル要素を入れるツアーであることが多い。

たしかに、やっていることは、ガイドさんがやりたいこと、思うことを元にツアーを作っているので、顧客のニーズを聞いてツアーを作るという方法をマーケットインと定義するなら、相対的にプロダクトアウトだ。というのもわかるのだけど、個人的には、これはマーケットインだろうと思う。それはどういうことかというと、結局のところ、最終的には、主ターゲットである外国人が知りたい内容、体験したいことを満たしてあげているし、知的好奇心の充足という、顧客の目的は達成できているから。つまり、プロダクトアウト(かどうかも、もはやわからんけど)だけど、顧客ニーズはそのプロダクトアウトの内容とマッチしているから(つまりマーケットのニーズをガン無視して、自分たちが作りたいツアーを、ただ自己満足で作っているわけでは全く無いから。スティーブ・ジョブズだってiphoneを作る時、顧客が本当に求めていること(顧客は気づいていないけど)を道具で実現可能にしたのであって、まったく顧客がやりたくないことを実現できる道具を作ったわけではない。顧客が本当に求めていることは、最近ちょいちょい話す欲望や欲求レベルの話なんだろうなと。(たとえば承認欲求を満たしたいからSNSは流行るみたいな)

で、これは本当にターゲットによって、全然変わる。土台から話が変わってくる。なので、最近「マーケットイン」とか「プロダクトアウト」という言葉を使うのはやめたほうが良い気がする。ATみたいに、言葉が独り歩きを始めてしまっている。し、なにより、大量の情報をもって取捨選別する段階まで至ってない地域の事業者さんの場合、このプロダクトアウトやマーケットインという言葉を盛大に誤解するような気もするから。「よし、地域の宝探しをして、自分が作りたいようにツアーを作って、高額にして、言い値で売るぞ」っていうことになった場合、それが売れるのは、結局対象ターゲットが求めているニーズ(マーケットのニーズ)とマッチしているからであって、ターゲットが変わればその内容も変わる。

(あと、欧米豪インバウンドの場合、市場ニーズ(正確には需要と供給のバランスが崩れたことによる供給量の少なさ)の増加という市場環境もあると思う。これは過去にも日本で起こっていて、キャンプやラフティングなどでも、人気に対して供給が少なくなったということはあるだろうと思う。)

そうなると、エコツーリズムで主流のプロダクトアウト型宝探しストーリー系のツアー(※という固有名詞として使う)が売れるのは、欧米豪だけ、みたいなことになりかねない。・・・けど、考えてみれば、まぁそれはそれでいいのかな。だってガイドさんが提供したい内容とお客さんが求めている内容が特にマッチしているから。

ただ、そうした場合、売れるエコツーリズム、売れないエコツーリズム、日本人と欧米人のターゲットにした場合の事業者収入の格差、みたいなことはあるかもしれない。高品質なツアーを高価格で買えるのは欧米人だけで、日本人向けのツアーは品質が劣るし、日本人向けツアーを行っているガイドが見下されるみたいなことになりそう(これはかなり複雑かつセンシティブな問題だけど、そういう言動をするガイドさんも実際に知っている)。個人的にはこれはかなりモヤモヤする問題だが、まぁそれは資本主義だから仕方ない(と言い切るのも辛いが仕方ない)。まぁ国民全体から集めた税金を使う行政として、それでよいか、という課題はあるにせよ、実際に儲かるのは欧米豪だから仕方ない。結局、水は高いところから低いところに流れる。

(脱線するけど、今先行者利益を享受できている会社の場合、その先行者利益をエージェントからの評価だけではなく、今後増える若い世代の予約に対応するために、UGCとして貯めておくなどしたほうが良いと思う。WalkJapanが30年経ってもお客さんが増えているというのは、12000人にも渡る驚きのCRM(とまでいかないけど、メルマガ)にしっかりと顧客情報を貯めていたということがある。これはウェブマーケティングの一種。だってメール使うから)

体験ツアーにおけるZMOTとSMOTは違う要素だと思う

ちなみに、欧米豪インバウンドAT宝探しストーリー系ツアーのプロダクトアウトとマーケットインの話で、もうひとつ観点があるのは、ツアーを申し込む時点でのニーズや希望、選択理由(ZMOT時点※1)とツアー参加後の満足度(SMOT時点※2)は別概念であるということ。どういうことかというと「ツアーに参加してくれたお客さんはみんな満足して、こんな口コミ書いてくれたんです(だからプロダクトアウトのツアーでも良いんです!)」っていうのは、SMOT時点の話とその後のTMOTの話。まったく事前情報が無いものがツアーを申し込む段階(ZMOT)では、「東京や京都の間にあるツアーが良い」とか、「東京や京都で散々寺社仏閣いくから、そういう観光向けの内容じゃないローカルなツアーにも一つくらいは参加しておきたい」など、顧客のニーズはちゃんとある。それを無視して、じゃゴールデンルートから逸れ、とんでもなく行くのがめんどくさい地域で、外国人が興味を持ちそうにない内容のツアーを作って、それを外国人向けです!って売って、すぐに売れるか、といわれると、結構きつい(やりようによっては3年後くらいに売れ始めるかもしれないけど、ツアー内容はやっぱり顧客が楽しく満足する内容にしないといけない、と思う)。こういったZMOT段階でちゃんと選んでもらえる要素、つまりマーケットのニーズに合わせた内容や新規開業する場合は立地などを考慮する必要は当然ある(これをマーケットインと言うかは別として)。

※1 ZMOT(ズィーモット、Zero Moment of Truthの略称)は、2011年にGoogleが提唱したもので、「顧客は店舗を訪れる前に何を買うかを決めている」とする購買モデル・マーケティング理論。

ツアーのような商品(買回り品と同等かは別として)場合のZMOTを定義するのは少し難しいような気もするけど、少なくとも予約するという行動の前に、比較検討はするので、そういう意味では、ZMOTを適用できると思う。
※2 顧客が実際に商品を使用して良し悪しを判断し、継続して購入するかどうかを決めるという購買モデル。

例えば、WalkJapanの国東半島のツアーに来る人で、初来日の欧米人で東京にも京都にも一切行かず、国東半島だけ行って母国に帰る人がどれくらいいるのか、という情報はすごく聞いてみたい。もちろん、過去に東京も京都も行った経験があったりすれば、来ることはあるし、そもそもWalkjapanのツアーに参加して惚れてリピするとき、参加理由が体験アクティビティ業界あるあるのファンマーケティング要素に切り替わって(ニーズではなくウォンツになるので)、最初から地方にしか行かないということももちろんある。でもそれは理由があってのこと、履き違えてはいけない。(あえていうなら、TMOT)

※今思ったけど、つまり東京京都間の旅行+αのニーズを各地で奪い合っている、あるいは、これから奪い合う、というのが、しばらくの構図かもしれない。

結局、鶏がさきか卵がさきか

他方、じゃぁ体験ツアーにおけるマーケットインとは何かということになる。でも、ここまで書いて思ったけど、結局、言っていることは両者同じ、(つまり、プロダクトアウトといいつつ、結局マーケットインの欧米豪AT宝探しストーリー系ツアーと同じ)で、お客さんが求めていることに合わせるということなんだろうと思う。

ZMOT時点では、少なくとも認知された希望やニーズに合わせた情報を提供しないといけなくて、これは例えば、「子供に自然体験をさせて、笑顔になってもらって、成長してもらいたい」とか、「友達とのお出かけ先として、楽しい思い出を作れるイベントにしたい」とか、そもそもZMOT時に顧客が頭の中で思い描いていて、言語化できていないにしても、イメージがあることに合わせてクリエイティブや広告を作って、一貫して発信するということだろうと思う。

結局、なんだろうなぁ。つまりは、ターゲットによって、ツアー内容を変えるという発想と、ツアー内容は変えないけど、ターゲットを変えて(内容はターゲットが望む内容)売る、という違いであって、それについて、プロダクトアウトとかマーケットインという言葉を使ってしまうと、なんだか盛大な誤解が発生してしまうのではないかなと思う。安易に使わないほうが逆によい。
ちなみに、僕が「マーケットインの発想は捨てて、これからはプロダクトアウトで行きましょう!」みたいな流れにモヤモヤするのは、視座の違いもあるかな、と思った。(高いとか低いとかそういうことではなく、僕は、マーケティングでカバーしている対象が、基本的には日本人が多い。趣味層日本人ターゲット、観光層日本人ターゲット、在留外国人ターゲット、などなど。)前提として、ターゲットの違いが腹落ちしていないと、もやもやするのかもしれない。

欧米豪インバウンドをターゲットにしたツアー販売のマーケティングと、僕がやっているような日本人を対象にしたウェブマーケティングは、まったく別世界のことなんだな、。と認知できたことが最大の収穫かな。

この2つは全く別のもので、同一地表にはないのだけど、マーケティングという言葉でくくられると同一地表に乗ってしまうのが、怖い。と思った深夜3時でした、とさ。




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