見出し画像

【脚本】天国のおぼん①【舞台脚本】

まだシナリオのいろはがわからなかった時に書いたものです。ご理解お願いします。

〇フジランド墓園、受付前(朝)

舞台中央に受付として椅子と長机。舞台左側に出入り口としてドア。 舞台右側には客応対セットのミニソファとテーブルがある。 受付の裏には小さな冷蔵庫がある。

現在、受付椅子には藤原克雪(50)がけだるそうに頬杖をついて座っている。 藤原の服装は職種には似合わないラフな服装。 藤原の近くで、黒いスーツを着た佐倉春樹(25)が淡々とロッカー(何区画かに分かれていて各自に扉がついている。表面には写真と名前が張り付けられている)の埃を手持ちのふわふわしたミニ帚ではらっている。 ロッカーにはお骨が仕舞われているが、あまり利用者がおらず、ところどころ空いている。

佐倉「はあ……、今日も利用者さん来ませんね」

藤原「盆なのに手も合わせに来ねえなんて薄情だよな。まあ、うちは小動物専門の墓園って言うニッチな商売してるし、それを抜いてもこういう場所にとって新規利用者が来ないことは良い事かもしれねえ、……がここまで人気がないと金にならないな」

佐倉「複雑ですねえ」

佐倉、ロッカーの中のお骨を持って「はあ……」とため息を吐いて。

佐倉「でも、俺も本当はこんな小さくて寂れた場所に大切なペットは預けたくなかったです」

藤原、「おいおい」と笑いながら。

藤原「恩人の店にそんなこと言えんのかよ。金無くて結(むすぶ)くんの納骨とか火葬できなくて泣きついてきた時にあんなに優しくしてやったじゃねえか」

佐倉、バツが悪そうに。

佐倉「その節はドーモ。火葬のお金貸してくれたことも、納骨手伝ってくれたのは助かりました。結の居るここにアルバイトさせてくれてることも」

佐倉、ロッカーを閉める。

佐倉「……給料低いですけど」

藤原「貧乏会社が高給払えるわけねえだろ。お前の給与にはウチの利用料及び借金返済の中抜きもあるしな」

佐倉「でも利用者さん本当にいませんよね。一体どうやって経営を成り立たせてるんですか?」

藤原「あ? こんなん趣味に決まってんだろ。俺の収入源は不動産だよ」

佐倉「流石早々とリタイアした人は違いますねえ、部長?」

藤原「『元』だろ。いやあ、でもウチの営業エースがペットロスで会社辞めるとはなあ。俺は思いませんでした」

佐倉「普通じゃないですか? 結はそれだけデカい存在だったんで」

藤原「うちにも棗ちゃんが居たからわからなくもないけどな。だからお前の事雇ったわけだし。貯金も職も無かったのはびっくりしたけど」

佐倉「ペットが死にそうで心配だから長期休暇いただきます、でクビになるとは思いませんでしたよ。貯金も医療費でほとんど飛びました」

藤原「世間様ではペットはペットでしかないからな。家族ではない」

佐倉「悲しいけどそうですよね……」

藤原「だーかーらー! 人が来ないのは良い事良い事!」

藤原、財布を持って椅子から立ち上がる。

藤原「そしてお前から徴収した小金で俺は遊びに行くってワケ」

佐倉、呆れた声で。

佐倉「アンタまーたパチンコですか。仕事中ですよ」

藤原「経営者特権だよ。それに客なんかめったに来ない。ここは基本俺が選んだ人間のペットしか入れねえからな。俺に連絡がねえって事は今日は暇!」

藤原がロッカーに近づく。 ロッカーを開け、写真立てに話しかける。

藤原「それに迷ってきた利用希望者来たら元敏腕営業マンの佐倉さんが何とかしてくれるし。棗ちゃんもそう思うよなー?」

佐倉、呆れたように。

佐倉「棗ちゃんとは面識ないので返答に困ると思います」

藤原、空を指さして。

藤原「ペットだって死んだらお空の上で見守ってくれてるだろ」

佐倉「死んだら無だと思いますけどね。仮にお空があっても仕事サボって新台打ちに行く飼い主、棗ちゃんは嫌だと思いますよ」

藤原、写真立てをロッカーにしまい。

藤原「棗ちゃんは何年も俺の傍に居てくれたんだからきっとこういう面も理解してくれてるさ……」

手を上で振りながら出入口に向かって歩き出す藤原。佐倉は首だけでそれを見送り、ため息まじりに言う。

佐倉「行くのはいいですけど定時で帰りますからね」

藤原「鍵閉めと電気だけ消しといてくれればいいよ」

舞台左(出入り口)にはけていく藤原。退場と同時に「カラン」とドアベルが鳴るSE。 一拍あけて佐倉、呆れたように肩を落とす。 ロッカーに向かって一言。

佐倉「無職で頼れる人もいなかったとはいえ、元上司なんか相談しなきゃよかったな。結もそう思うだろ?」

三拍、無言の時間。

佐倉「答えてくれるわけないか。幽霊なんかいないし、死んだらそれで終わりだ。……それに……」

佐倉、下を向いて。

佐倉「もう、俺は……動いてる姿も思い出せない」

肩を落とし、ロッカーを優しく閉める。そのまま受付の椅子に座り、机に伏せる。
 
暗転  

徐々に暗転からドアベルのSE。

パッと照明がつき、タイミングで寝落ちていた佐倉がガバっと起き上がる。

舞台左、出入り口にはきちんとした格好をした初老の男性の結(60)が立って室内をゆっくり見渡している。 佐倉が結に気づいて慌てて立ち上がり綺麗にお辞儀をして対応する。

佐倉「本日はどのようなご用件でしょうか?」

結、じっと佐倉を見て一言。

結「見学を。ああ、複数回来ても大丈夫ですか?」

佐倉「勿論です。大切なペット様が眠る場所ですから、納得いくまで悩んでいただければと思います」

結、佐倉をじっと見つめながら。 どこか施設には興味が無いように。

佐倉「ど、どうかしました……?」

結、ハッとして。

結「いえ、なんでも。わがままが許されてよかったです」

佐倉「小さな場所ですが、ごゆっくり。ペット様の種類を伺っても?」

結「世間一般的にはハムスターと言うらしいです」

佐倉、表情と声を明るくして嬉しそうに反応する。

佐倉「奇遇ですね。私も飼ってたんです、ハムスタ―。ジャンガリアンで……。亡くなってからはここに」

ロッカーのひとつを指さす。

佐倉「毎日会ってます」

結「死んでからは? 次の子を迎えたんですか?」

佐倉、言いづらそうに。

佐倉「……亡くなったのはつい半年前で。まだ気持ちの整理がつかないです」

結「……そうなんですね」

佐倉「ああ、ご気分を害したら申し訳ありません。私の話はいいんです。お客様のペット様はご存命で?」

結「死んでます」

結、きっぱりと無感情に。 佐倉は気まずそうに。

佐倉「それは……ご愁傷様です……」

結「でも、ここに預けることは考え中で。来たのは単なる冷やかしと興味です。どんな感じなんだろうって。失礼でしたか?」

佐倉「ああいえ、全然! うちって基本暇なんで遊びに来てくれるだけでも私としてはうれしいです」

結「そうですか。お言葉に甘えて……色々見てみせてもらいます」

佐倉「契約はご気分が変わったときでいいんですよ。あ、パンフレット、ご覧になりますか?」

佐倉が受付デスクから冊子を手に取って結に差し出すが、結は首を振って。

結「目が、あまり見えないので。見ての通り歳もあるし、元々よくない」

佐倉、慌てて。

佐倉「失礼いたしました! それでは、もし疑問点や興味があればいつでも私におっしゃってください!」

結「ありがとう、貴方は勤務態度が真面目なんですね」

佐倉、営業用の笑顔と共に。

佐倉「ペットが見てますから」

結「そのペットについて、話を聞いてみたいな。僕の周りにはペットを飼っている人がいなかったので」

佐倉「長くなりますので、是非、おかけになってください」

佐倉は結をソファに通す。 それから冷蔵庫から水を出し、佐倉自身もソファに座る。

佐倉「お客様のご要望であれば」

結「ハムスターの名前は?」

佐倉「結です。縁を結ぶと言うおもいを込めてつけました。ペットショップで売れ残っていた子で、一目惚れして衝動的に飼った初めてのペットでした」

結「うん」

佐倉「自分なりに大事にしてたんですけどね。二歳を目前にしたある日、脱走して、見つけた時には倒れてました。冷たくなってて、嫌いだったんでしょうね。飼い主である私の事が。よく噛む子でしたし」

「そんなことない」と結は優しく言う。

結「人間と違って自己主張の方法がそれしか無いんですよ」

佐倉、複雑な気持ちで。

佐倉「……そうですね」

結「死んだ後は?」

佐倉「燃やして骨にして。一緒にいたいからここで働いています。色々な費用を上司に立て替えてもらったので、給料で返しています……って」

佐倉、頭を掻いて。

佐倉「……失礼しました。お客様にするお話じゃありませんでしたね」

結に水を勧める。

佐倉「喉が渇いていらっしゃったら、こちらをどうぞ。コップもありますがお持ちしましょうか?」

結「ありがとう、喉は乾いていないから大丈夫だよ。……君の話はとても参考になるね」

佐倉、笑いながら。

佐倉「しない方が良いですよ。上司にもよく言われます。早く気持ちの整理つけなさいって」

結、こくりと頷いて。

結「それには同感だ。まあ、僕も心配でこうして来てしまったわけだけれど」

「気持ちの整理とは難しいね」と結は言う。

佐倉「……はい、すぐに気持ちの整理をつけるには、長く一緒にいすぎました」

結「長くって……、人間にとってはたった二年だろう?」

佐倉「ええ、たった二年です。でも、独り身の私にとっては大切な、家族でしたから……」

結「家族」

佐倉「はい。お客様のペット様だってそうでしょう?」

結「……わからない。飼い主と飼われている動物の間柄だったから」

結、自分の腕時計を見て、ふと、何かに気がついたように焦りつつ突然立ち上がり。

結「すまない」

佐倉「お手洗いでしょうか? それなら、外に出た所に」

結「そうではないけれど、そろそろ。……ありがとう。次来るときは知り合いを連れてきてもいいかな」

佐倉「ええ、勿論です!」

結「そうか、よかった。君の上司は次来る時には居るのかな?」

佐倉「あ、多忙なので、その……。私ではお話には値しなかったでしょうか」

結、ふるふると首を振って。

結「ああ、勘違いしないでほしい。彼女がここの管理者に会いたがってるんだ」

佐倉「ウチの藤原のお知り合いで?」

結「そんなところだ。実は僕もここには彼女の紹介で——……っと、いけない。急がなきゃ。では、また」

そのまま出入り口へ歩いていき、結、退場。 佐倉は結が消えるまで頭を下げる。

ドアベルSE

佐倉「藤原さんの知り合いって事は……お連れ様はお客さんなのかな?」

二拍置いてもう一度ドアベル。 同じ出入口から藤原がイン。

佐倉「あ、おかえりなさい」

藤原「うーい。やっぱ新台はダメだな。全然当たらねえ。今日もスッたわ」

佐倉、呆れた声で。

佐倉「あんたが勝って帰ってきたことありました? 先程、お客様いらっしゃいました。すれ違いませんでしたか?」

藤原「いや? 誰ともすれ違ってねえけど。……てか客なんか来ないはずなんだけどな……」

佐倉「見ての通り」
佐倉はソファーの前のテーブルを指を差す。水が一本、未開封のままそこにあるだけだ。

佐倉「えー……じゃあ外のトイレいったのかな。また来るそうです」

藤原「……口コミか? まあ夏だからなー。熱いと熱中症とかで増えるよなあ……。ちなみにどんな人?」

佐倉「ハムスターさんで火葬済みだと。お骨の管理場所探してるみたいでした」

藤原、ドカッと受付椅子に座り、新聞を広げる。

藤原「俺はお馬さんで忙しいから対応よろしく」

佐倉、未開封のペットボトルを手に取り、軽く藤原の頭を叩く。

藤原「いってえ」

佐倉「働けジジイ」

藤原、「へいへい」と返事はするが、新聞から目は上げない。

佐倉「次は藤原さんの知ってる人? 連れてくるみたいでしたよ」

藤原、新聞から首を延ばし、佐倉の方を見る。

藤原「え、何、俺の知り合い? お前見たことある客だった?」

佐倉「知らない方でしたけど。あ、でも次連れてくるのは女性らしいです」 
藤原、何かを察したように、ロッカーの方を向く。 それからため息まじりの声で呟く。

藤原「そうか、もうそんな時期か……。お盆だもんなあ……」

佐倉「はい、お盆真っ最中ですけど。それが何か?」

藤原、また新聞に目線を戻して。 表情は重く。

藤原「今年も来たな、と思っただけだよ。今日来た客、俺は見たことねえけど、次連れてくるって奴は多分知ってる」

佐倉「ああ、利用者さんですか。そうですよね、こんなろくな看板も出してない、寂れた弱小霊園、誰かの紹介じゃないと普通来ませんよね」

藤原「お前はここなんだと思ってんの? ……でも、そうだな。利用者なのはあってる。利用者のくくりに入れていいのかわかんねえけど」

風鈴のSE。

藤原、呟く。

藤原「……今年も来るのか、あの子は」  

 暗転

②へ続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?