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【36話】幼馴染みの想いで話(唯と梨紗ちゃん)

唯ちゃん、初めての一人外出(後編)

今回は、【35話】の続きです。
梨乃さんは、唯ちゃんと梨紗ちゃんを抱えて、唯ちゃんの這いずった跡を確認しながら、唯未さんの家の玄関先に来ました。
引き戸が丁度、唯ちゃんの通れる幅だけ空いていました。

梨乃さん、怒る

「唯未ったら やっぱり戸を少し開けっぱなしにしてたのね 何やってるのよ ゆみー ゆみーーーーー 出てきなさいよー」

その時、唯未さんはキッチンのテーブルで、呑気に雑誌を見ながら、コーヒーを飲みながら、お菓子を食べながら、くつろいでいました。
梨乃さんの只ならぬ叫び声に、驚いて玄関に出てきました。

「ど どうしたんだよ梨乃 梨紗ちゃん抱えて・・・・唯も?・・どういうことなんだよ」
「どうしたもこうしたもないわよ 唯ちゃん私の家に来たのよ 一人で」
「な 何言ってるんだよ そんなこと有るわけ無いんだよ」
「じゃあ見なさいよ 外を 唯ちゃんの這いずった跡があるわよ 家まで続いてるわよ」

唯未さん這いずった跡を見に行くと、間違いなく梨乃さんの家まで続いていました。

「こ これ ホントに唯が?」
「ホントも何も見なさいよ 唯ちゃんの服 砂まみれで 膝下と手が特に酷いわよ」
「唯・・・どうなってるんだよ」
「だから言ってるじゃない 唯ちゃんが家までハイハイで来たんだって 唯未 玄関の戸開っぱなしにしてたんでしょう」
「あっ しまった 空気の入れ換えにと思って少し開けてたの忘れてたよ」
「忘れてたじゃないわよ 何やってるのよ 唯ちゃんまた玄関に落ちて空いてたから出て行ったのよ」
「さ 最近落ちなくなったから・・・・」

「だから何なのよ そんなの分らないわよ どうしてそういう時のこと考えないのよ 何の対策もしないのよ 家に来たからいいものの 他行ってたらどうするのよ 車に跳ねられたかもしれないし 野良犬だって居るのよ そんなこと考えると ゾットするわよ たまたま唯ちゃん見たことあるって感じたから 梨紗が居るって感じたから来たのよ 間違いないわよ だからこそ玄関の戸に体当たりしたり 手で叩いたりしてたのよ ドンドンバンバンって聞こえたから 間違いないわよ 可哀想に唯ちゃん それにもし引き返してたら ここに戻ってこれるって保証はないわよ 唯ちゃん偉いわよ 梨紗に会いたいって一心だったのよ」

もの凄い剣幕で、もの凄い鋭い視線で、唯未さんに予想できる経緯を話す梨乃さんです。
今でこそ、野良猫は見かけることもありますが、野良犬は全くといっていいほど見られなくなりました。
しかし、この時代は結構野良犬や野良猫、また放し飼いの犬も闊歩していて、人を襲ったりする被害が相継いでいました。

「・・・・梨乃・・・私・・」
「とにかく唯ちゃんを綺麗にするわよ 上がるわよ」
「そ それは私が」
「嫌よ 唯未には任せられないわよ とにかく梨紗を抱っこしててよ」
「わ 分ったよ」
「落とさないでよ」
「・・・・・・・」
「さあ 唯ちゃん ママが綺麗にしてあげるわよ よく頑張ったわね 偉いわね 何ともなくてよかったわ」

梨乃さんは、唯ちゃんの手を綺麗に拭いて、新しい服に着替えさせました。
当の唯ちゃん、そして梨紗ちゃん、当然事態を知るよしもなく、ウーイ(唯)、リーチャ(梨紗ちゃん)と、お決まりの掛け合いをしています。

梨乃さん、爆発

「さあ 唯ちゃん 綺麗になったわよ 唯未 梨紗返してよ」
「わ 分ったよ・・・・」
「じゃあ 唯ちゃん 梨紗とこの部屋で暫く遊んでいてね 1時間ほど掛かるから」
「1時間?・・・何がだよ」
「何がじゃないわよ 唯未 キッチンに来なさいよ」
「わ 分ったよ」
「サッサと座りなさいよ 何やってるのよ」
「お お茶でもと・・・・」
「おちゃ・・・そんなの要らないわよ 事態の重大さがまだ分ってないのね いいから座りなさいよ」
「分ったよ座るよ・・・・」

「最初に確認しておくけど 唯ちゃんが悪いなんて思ってないでしょうね」
「お 思ってないよ 悪かったのは私だよ ゴメンだよ梨乃」
「何が悪かったのよ 何がゴメンなのよ言ってみなさいよ」
「そ それは・・・・・唯を・・・」
「ねえ 今こうやって居られるのは 唯ちゃんが無事だったからよ 下手したら こんなことしている場合じゃないのよ 唯ちゃんはまだハイハイできるだけの赤ちゃんなのよ それで外に出てしまって 私に家に来たのは奇跡に近いのよ それにあの玄関のスロープ何なのよ」
「そ それは唯が落ちたら上がれるようにと・・・」

「そんなことしてるから こうなるのよ 落ちたら助けに行きなさいよ どうせ面倒だからってそうしたんだろうけど 結局は落ちたら自分で上がれってことでしょう 一体唯ちゃんを何だと思ってるのよ 面倒ならは何で玄関に行けないように柵とか作らないのよ それだけすればいいことなのよ それにあのスロープで玄関に降りたらどうするのよ 上がれるんだったら降りられるわよね なおさら分け悪いじゃない あんなスロープ作るぐらいだったら いけなくするような柵作ればいいじゃないの 階段の前にもよ そうしたら昇ろうとして落ちることなんか無いわよ 悪かったって言うのは当り前よ簡単なことよ これからどうするかってことなのよ それに私に謝ってもらっても それはお門違いよ 謝るのは唯ちゃんによ いい唯未 唯ちゃんが無事なのは唯ちゃんのおかげなのよ 唯未を救ってくれたのよ 無事で済まなかったらって考えてみなさいよ 今でも私 怖いわよ 震えが止らないわよ」
「り 梨乃の言うとおりだよ・・・・私も・・私も・・」

と、もう唯未さん、何も返す言葉も見つかりません。
梨乃さんの言うことに頷くだけです。
そして唯未さん、その後1時間ほどコッテリと梨乃さんに絞られました。

梨乃さん、育てる

「さあ 唯ちゃん 梨紗 お待たせしたわね 帰るわよ ハイ 抱っこよ」
「り 梨乃 唯まで抱っこしてどうするんだよ」
「もちろん連れて帰るわよ もう唯未に唯ちゃんは任せられないわよ これからは私が育てるわよ じゃあ 帰るわね さよなら」
「梨乃・・・・・」

と、梨乃さん唯ちゃんを連れて帰ってしまいました。
唯未さんには、どうすることも出来ませんでした。
それは、ずっと唯未さんに向けられてた鋭い視線でした。
梨乃さんが、そういう視線をするのは、余程のことがないとしないのを、唯未さんは知っているからです。
他人には、そういう視線をしたのは、何回か見ています。
しかし、梨乃さんが唯未さんに、そういう鋭い視線を向けたことは、産まれてから今まで一度もなかったのです。
だからこそ唯未さんは、梨乃さんには何も逆らえなかったのです。
自分が梨乃さんに、そういう視線を向けられることになるとは、全く思ってもみなかったのです。
唯未さんが、ことの重大さを身にしみて感じたのは、梨乃さんの自分に向けられた鋭い視線なのでした。

それでも、明日になったら返してくれるだろうとか、唯ちゃんも帰りたがるだろうとか、気軽に考えていました。
しかし、次の日、帰ってきません。
また次に日、帰ってきません。
またまた次の日、帰ってきません。
そして、4日目も、5日目も帰ってきません。
唯未さんは、もう居た堪れなくなりました。
寂しいのです。
毎日、バタバタと動き回り、ドンドンぶつかったり、お腹が空くと大声で泣き叫び、ちょっとうるさいと思っていた音が消え、シーンと静まり帰った家の中、顔を合わせる度にウルウルした目で、満面の笑みを見せる唯ちゃんが居ないのです。
6日目、唯未さんは意を決して梨乃さんの家へと行きました。

唯未さん、号泣

「り 梨乃 お願いだよ お願いだから唯を返して欲しいんだよ もう私耐えきれないんだよ バタバタと動き回ったり ドンドンぶつかったり、お腹が空くと大声で泣き叫んだり こ これがないと寂しいんだよ 毎日見ていた唯の笑顔がないと寂しいんだよ 唯とキャアキャア言って遊ばないと寂しいんだよ それは私の勝手な言い分なのは 重々承知しているんだよ 唯がいないと 唯がいないと もう 私は・・・・」

唯未さん、梨乃さんに土下座してお願いしました、泣きながらです。

唯ちゃん、純心

「そう お願いされても困るわね 毎日唯ちゃんは梨紗と楽しく過ごしているんだから 梨紗も大喜びよ 唯ちゃん居るおかげで よく食べるし グッスリ寝るし 愚図ったり泣いたりしないし 毎日ご機嫌なのよ 唯ちゃんも楽しく過ごしてるわよ」
「梨乃 そんなこと言わないで欲しいんだよ お願いだよ お願いだよ もう唯を危ない目に遭わすようなことはしないよ しっかり対策するよ 私が甘かったんだよ する事をしてなかったんだよ お願いだよ 梨乃 お願いだよ 唯を・・・ 唯を・・・」
「そうやって泣かれても 当り前のこと言ってるだけじゃないのよ とは言っても十分に反省はしてるようね」
「じゃあ 唯を」
「返すとは 言ってないわよ」
「梨乃・・・・」
「そうね それは唯ちゃんに決めて貰いましょう 唯未と一緒に帰りたいか まだママだと思っているかをよ」
「・・・・わ 分ったよ 梨乃の言う通りにするよ」
「唯ちゃん ほら この人誰だろうね 一緒に帰りたいのかなー」

そう言って、梨乃さんは唯未さんから少し離れた場所に座らせました。 
そうすると唯ちゃん、唯未さんに向かって進み出し、そのまえでお座りをして、唯未さんの顔を見つめました。
そして唯ちゃんは、満面の笑みで両手を伸ばしました。

「マーマ コッコ マーマ コッコ」(ママ抱っこ ママ抱っこ)
「唯・・ゆいー・・ゴメンだよ ゴメンだよ ママが悪かったんだよ 無事で居てくれて ありがとうだよ 唯 ゆいー」

と言いながら、唯未さんは唯ちゃんを抱っこして頭を撫でながら、号泣しました。
唯ちゃんは、久しぶりに会った唯未さんに嬉しかったのか、「マーマ マーマ」と言い続けていました。
これを見ていた梨紗ちゃん、唯ちゃんが帰ってしまうことを察しましたが、でも梨紗ちゃんは笑顔でした、いつもなら愚図ってしまうところなのですが、なにか良いことが起こっていると感じたようです。
梨乃さんは、唯ちゃんが唯未さんに、こうすることが分っていたから、あえて唯ちゃんに決めさす形にして事態を収拾したのです。
次の日からの、梨乃さんと唯未さんとに関係はというと、普段と変わらないものでした。
やはり、産まれながらの幼馴染みだからでしょうか、きっとそれだけではなく何か特別なものがあるのでしょう。

「そうね 唯ちゃんがそう言うんだったら しょうがないわね 唯ちゃん まだ暫くは唯未と一緒に来るのよ」
「梨乃 ありがとうだよ ありがとうだよ・・・」
「ありがとうは 私じゃなく 唯ちゃんに言いなさいよ 唯ちゃんが決めたんだから」
「そうだね そうだね ありがとうだよ 唯」

唯未さんは無事に唯ちゃんを、連れて帰ることが出来ました。
その夜は、ずっと唯ちゃんの頭を撫でながらて添い寝しました。

梨乃さん、蒸し返し

「へーえ そんなことがあったのね 唯ってもうその頃から破天荒だったのね でも勇気あるわね唯って」
「そんなの 赤ちゃんだったんだから 勇気って言われてもだよ」
「でも そのとき場合によっては 唯は居ないかもしれないのね ホントよかったわよ」
「そ そうだね 梨紗ちゃん 唯ちょっと怖くなってきたよ」

「もう 梨乃がそんな話するから 唯が・・」
「何言ってるのよ もともとは唯未が悪いんだから 唯未がこんなんだったってことは言っておく必要があるわよ 唯ちゃんも梨紗もいずれは子育てするようになるんだから 親の振り見て我が振り直せよ いい勉強だわよ」
「べ 別に今頃蒸し返さなくても」
「何言ってるのよ 蒸し返すほどの事件だったんだから」

梨乃さん、その時のことを思い出して、唯未さんに説教が始まりました。
唯ちゃんと梨紗ちゃん、説教が長くなりそうだし、いい加減面倒くさくなって、ソーっと席を立って何処かへ行ってしまいました。
梨乃さんの説教に、やはり反論できる材料もなく返す言葉は、「分ってるよ」、「言う通りだよ」、「悪かったよ」の3つだけでした。
でも、説教している梨乃さんの唯未さんを見る視線は、その時の激しく鋭いものではなく、優しい視線をしていました。

さて、どうでしたでしょうか。
有りそうで無さそう、無さそうで有りそうな話でした。
でも、やはり不思議なことに、梨紗ちゃんは見ていたかのように、その想い出を唯ちゃんと語っていました。

では、また次回に、お会いしましょう。

幼馴染みの想いで話(唯と梨紗ちゃん)
【索引】 【登場人物】

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