妄想庭園(タイトルチューン)
新しい鉢に植え替えたばかりなのに、何がいけなかったのか? あっという間に生気を無くしげんなりと萎れている鉢植えを見て、もうこれ以上鉢を増やしたくないと思う。そもそも、こんな狭いベランダは植物を育てるのに適した場所ではないし、育てようとした植物、鉢は大抵枯らしてしまう。何回チャレンジしても失敗してしまうのだ。植物の方だってこんな要領の悪い奴に育てられたくないだろう。さすがに植物達が可愛そうになってきた。
何かを育んだり、良好な関係性を保ったり、見返りを求めず世話を焼いたり、そういう事が出来ない人間なのだ。今まで生きてきてそうだった。それで散々苦しんだり損をしてきたじゃないか。きっとこれからもそうなのだろう。植物達が我が身をもってお前はどんな人間かということを教えてくれたのだ。
さすがに捨てることは出来ないから、今まで通り出来るだけ世話はするけど、この子たちが枯れたらそれでお終いだ。何もかも。
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どうやらウトウトとしてしまったらしい。元気が無くなった鉢達を前に、考えを巡らせていたような覚えはあるけれど。ふと、目を覚ますと優しい光に包まれていた。爽やかな朝の光だ。鳥のさえずりが聞こえる。
振り返ると、質素だが、しっかりとした木製の棚に、今まで育てていた鉢たちが飾られていた。中には枯れてしまって、とうの昔に無くなった植物もあったのだが、元気に育っているようだ。
すぐそばにはレンガで出来た小道があり、道はどこまでも続いている。周りは草花で溢れている。育ててみたいと願っていたが諦めていた様々な植物たち。
一年草のカラフルな花。毎年繰り返し成長し楽しめる、ちょっと渋めの宿根草。地面を覆うリーフ系の変わった葉色の植物。木に巻き付いているつる性の植物。甘い香りを漂わせる球根植物の花。奥の方にあるハーブの群れが清涼感のある香りを風に乗せて漂わせる。
これだけある植物の見頃になる季節はまちまちのはずだ。奇妙なのはそれぞれが一番輝く季節、成長したタイミングの状態で、一堂にその誇らしげな姿を現していることだ。それにしても、誰がこんなきれいな状態で、これだけの種類の植物達を管理しているのだろう?
レンガの小道を進んでいくと、開けた畑のような場所に出てきた。さらに奥には小さな湖がありその奥は雑木林、もっと遠くには小高い山々が見える。
誰かが畑を耕している。大きな麦わら帽をかぶり、痩せていて年老いていたが、日焼けしていて丈夫で健康そうだ。
草花はたくさん育てたから、今度は野菜や果樹にチャレンジしてみようと思ってね。食料にもなるし、一石二鳥でしょ? やっと聴こえるような小さい声でつぶやいているのか、と思ったが、どうやら声を発していないのになぜかその人の考えていることが届いてきているようだ。
あらゆる種類の植物が季節も関係なく、最良の状態で茂っている。この不自然とも言える奇妙な状態のことが知りたい。こんなたくさんの植物達、どうやったら丈夫に美しく育てられるんだろう? ずっと悩んでいた事だ。奇妙な場所と謎の人物に動揺し、訪ねようか思いあぐねていると、察したのか不安を打ち消すように穏やかに答えた。それはね・・・。
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私はひたすら畑を耕す。朝早くから作業をしていたんだけれど、もうだいぶ日も低くなってきてて、山の向こうに沈みそう。誰かの気配を後ろに感じて振り返ったんだけど、誰も居なかった。きっと勘違いだったのかな。ここには私しかいないはず。夕日は周りをオレンジに染めていて木の影が伸びてきてる。朝目を覚ました時急に思いついて、草花の種類はたくさん育てて、大体のコツが掴めたから、今度は野菜を育ててみようと思ったんだ。妙にパワーが溢れていて、エネルギーが有り余ってるっていうか? いくらでも畑を耕せそうなんですけど。
あーあ。植物を育てるっていうのは、とっても難しい。もうずっとずっと何回も繰り返しやっているのに、完璧に成功したと思ったことなんて一度もない。実際に私が育てているかどうかすら怪しいし、むしろ私が植物に育てられているのかもしれないと思う。植物から教えてもらうことがたくさんあるからだ。生命や愛情、生きるものの一生みたいなことだ。植物に話しかけるとわかりやすく、少しづつ答えてくれる。他の誰にも聴こえないように、私だけに聴こえる小さな声で。
今日のところは小屋に帰って、また明日続きをやることにしよう。
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