心の壁と失う怖さ

共演者と必要以上に仲良くなることを忌避している自分がいる。芝居以上の繋がりを持たないようにしているというか。異性とは特に。

・仲良くなってもいずれ別れの時が来るからその時に寂しくならないように。

・公演の最中は仲良くなってもそれが終わればお互いに告知をし合うだけの仲になるのが虚しくて。

・作品づくり中は熱く楽しく盛り上がり、それが終わったらクールに散るのがカッコいいと思っている。The 美学。

・せっかく良い作品が出来ても、その後もずるずるとプライベートで繋がっているとロクなことがない(不仲になったり、恋愛問題でもめたり)。結果、その作品の思い出も汚れる。

いろーんな理由がある。あるります。今回お世話になる舞台監督のにしわきさんには、職人だねぇなんて言われたけど、確かにそういう姿勢への憧れもあるかもしれない。てかある。

「このまま仲良くしてくれないで公演終わる人なのかと思った」。昨年末に共演して、今は2人で遊びに行ったりする仲になった香衣ちゃんから公演後に言われた言葉。結果、仲良くなったんですけど、上記のような理由もあって芝居のこと以外であまり深く関わろうとしない姿勢はある。

「仲良くしましょうよ。てか優しくしてください」。今回共演する鈴果ちゃんに言われてハッとした。なんだろう。芝居中は愛想を振りまいてファニーかつサービス精神に溢れたパフォーマンスをするよう努めているのに(自分でゆーな)、それとの落差なんだろうか。そういう印象を与えてしまうようで、そう言われるともうブレブレである。私の軸。若くてかわいい女の子からそんなこと言われたら、ねぇ? こちとら筋金入りの精神的童貞やっちゅーねん。すーぐ勘違いするし、すーぐ惚れるし。そっか、それもあって異性の役者との距離を置こうとしてるのかもしれない。だとしたらとんだ自意識過剰。恥ずかしい。穴があったら入りたい。

怖いんですよね。自分自身を知られることが。パフォーマンスを見て興味を持ってもらえることはとても嬉しい。でも、そこから一歩踏み込んで市原自身の人となりや考えを知ったらみんなを失望させてしまうんじゃないかという恐怖が拭えずにいます。それだったら最初から仲良くならない方がいい。

「さようならが寂しくないなら 手放す時ためらわないなら 会わない方が すれ違う方が 手に入れてしまわない方が」

ザ・ハイロウズの“不死身の花”という曲の一節。絶対にそんなことはない。たとえ寂しくても、ためらったとしても、出会って、お互いを知り合って、そういうことを繰り返していくことが人生なのだ。

だから、もすこし、がんばる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?