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ゆういち6歳「投げたものは帰ってくる」

ゆういち、小学校に入学する。

ゆういちは6歳になり、小学校に入学しました。
今まで住んでいた滋賀県から香川県高松市に引っ越し、
新しい地での生活が始まります。

学校では、目立たず、おとなしくしている子だったと思います。
勉強や図画工作はできるけど、体育が全くできない子でした。

逆上がり、なわとび、スキップ…。

スキップができなくて、
庭で母親とスキップの特訓をしたのを覚えています。

大きな自転車を買ってもらい、
補助輪を付けずに走る練習を家の前の道でしました。

友達と遊ぶ。

同じクラスの子とはあまり遊んだ記憶がありません。
その代わり、どう知り合ったか分からない、どこに住んでるのかも知らない
近所の子どもとよく遊んでいました。

家の周りには、田んぼがあったり、空き地がありました。
空き地には、工事に使ういろいろな機材や、
電線などを巻くための大きなミシンのボビン?みたいなのがありました。
そのボビンは子どもの体より大きくて、
子どもが上に乗って転がして遊んでいた記憶があります。

その空き地に、基地を作って、おもちゃを持ち込んだりしました。
なくなるかもな~とか思っていたら、機材ごとなくなっていました。

ただの紙を巻いて火をつけてタバコって言って吸ったのも
その空き地です。
誰だか分からない子と一緒に。

通学路の途中に大きな工場があって、
その中を通って学校に通っていました。
生コンのトラックがたくさん通るところです。
小学生がよくそんな所を通れたと感心します。

お隣さん。

家の隣に、同じくらいの年の子がいて、よく遊びに行っていました。
テレビを見た記憶しかありませんが、スパイダーマンが好きでした。
このスパイダーマンは日本のやつですよ。
腕時計みたいなので呼ぶとロボットが飛んでくるというスパイダーマンです。

僕は、そのころ、沢田研二が好きで、よく歌っていたようです。
その隣の友達の家のコタツの上に上がって歌っていたような記憶があります。
僕の最初のステージはお隣さんのコタツかもしれません。

コマエさん

コマエさんという、女の子が好きで、学校の帰りによく家に遊びに行っていました。
お兄ちゃんがいるのか、コマエさん家にはウルトラマンの人形がたくさんあって、
それで一緒に遊んでいたような気がします。

すっかり気弱なゆういち。

もう、そのころのゆういちは、すっかり気弱な子で、
小さなことですぐに泣いていたようです。

家の隣にあった空き地が有刺鉄線で囲われているのですが、
たぶん近道しようとして、ランドセルを背負ったまま有刺鉄線の間を通ろうとして、
ランドセルに付けてある黄色いやつが引っかかって破れて、
泣いて家に帰りました。

そんなの付けるのは初めだけだから外してもいいのに、
多分その頃は、人と違うことが本当に怖かったんだろうなと思います。

学校から家に帰る時に、用水路のふたのブロックの上を
ゴトゴト音をさせながら歩くのが好きでした。
そして、たまにブロックがないところが突然現れ、
溝に落ちたりしていました。

もう少しのところで...

家に帰るまで、もう少しというところで、うんこを漏らしたことがあります。
親にそれがバレないように、裏の家の庭にパンツを投げ込みました。

でも、後日、裏の家から、うちにそのパンツが帰ってきました。
パンツにちゃんと名前が書いてあったからです…。

動画でもお話ししました。

またYouTube大学のようです。

ご感想ありがとうございます。

続く。


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