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AIが発達した今こそ、人間が指す将棋がおもしろすぎる

2017年。AI将棋ソフトとプロ棋士が対戦する「将棋電王戦」にて、トップ棋士・佐藤天彦名人(当時)がAIに完敗。将棋の8大タイトルの中でも最高峰のタイトルである「名人」をもつ、人間界最強棋士の敗北。これにより人間対AIの将棋対決に事実上決着がついてしまいました。

「もう人間の棋士は要らなくなってしまうのか…」「将棋界はどうなるんだろう…」

そんな不安の声も多くあったように思います。

でも、それから数年。知っていますか?今、人間の将棋がめちゃくちゃおもしろいことを…!

序文: 僕と将棋と小さい頃の思い出

はじめに、僕はほぼ自分で指さずに観る専門の人、俗にいう「観る将」です。将棋歴と言えば、小さい頃おじいちゃんやお父さんに将棋を教わり、5年生の頃には昆布茶を片手に一人で将棋の研究をしていて、親からおっさんと呼ばれていました。また実績は、地域の大会で勝てば決勝トーナメント進出という一番で必勝かと思われた矢先に二歩(反則)負けした残念な記憶しかありません。

ちなみに、歳がバレますが、僕は「谷川浩司の将棋指南 II」という Nintendoディスクシステムのゲームで穴熊を覚えました。相手のコンピュータが使ってきた穴熊に、子どもながら「そんなのズルい!」と思っていましたが、真似をしてもボコボコにされるので、将棋って難しいな、と思っていました。

というわけで、こんな感じの観る将の視点で、今人間が指す将棋がなぜおもしろいと感じてしまうのか、引き込まれてしまうのか、まとめてみました。

時代にマッチした新しい将棋のスタイル

今、「人間の指す将棋」のおもしろさ・人気を物語っているコンテンツが、インターネット配信の非公式棋戦「AbemaTVトーナメント」。本記事執筆時点では第3回大会の予選開催中なんですが、僕自身も毎週目が離せない状況で、iPadにかじりついて、むしろかじりながら観ています。

このAbemaTVトーナメントは、持ち時間ひとり5分、1手指すごとに5秒追加という、将棋の試合としては圧倒的に速いのが特徴です。一般的な棋戦は4〜6時間といったような長い持ち時間のものが多いです。なかにはNHK杯のような早指し戦もありますが、それらと比べてもさらに、圧倒的に速いのがこのAbemaTVトーナメントです。

また、超早指しなうえ「タイマーを対局棋士自身で操作する」というルールで、一手指すごとに、将棋盤の横にあるタイマーのボタンを素早く押さなければなりません。

お互いに残り時間がなくなってくると、1手指してはコンマ数秒のタイミングでタイマーをバチン!と「叩く」。お互いにこの「指す > 叩く」の応酬となり、あたかも格闘技を観ているような臨場感と緊迫感が伝わってきます。

これまでは「じっくり考えて美しい棋譜を残す」というのがある意味プロ棋士の最大の仕事でしたが、AIの発達によりここが少し崩れ始めてきました。その代わり、というわけではありませんが、このAbemaTVトーナメントのような、ライブ感や臨場感、スピード感による、あたかも格闘技のような新たな将棋の一面が生まれた、と言ってよいのではないでしょうか。AIが発達したからこそ生まれた、今までにない、新しい将棋の楽しみ方です。

もちろん、これらはあくまで企画上の楽しさであって、このトーナメントの本質的な楽しさはまた少し違うところにあると僕は思っています。

極限だからこそプロのヤバさがみえてくる

このトーナメントには、現役タイトル保持者全員を含む、トップクラスの棋士がこぞって出場しています。その超一流棋士たちが、非公式戦にもかかわらずガチ全開で、しかも5秒で指す。ここにおもしろさの秘密が隠されていると思っています。

5秒といっても駒を動かしてタイマーを押す時間を考えると実際に考えているのは2〜3秒くらいだと思いますが、そのなかで「詰み」や「大体詰む」みたいなことを一瞬で、直感で判断していく。また解説者(現役プロ棋士)や聞き手の女流棋士も、的確な、ときにはあたかも実況のようなスピード感のある解説を、リアルタイムに繰り広げて戦いを盛り上げます。

このような極限の早指しでも驚きの一手が飛び出したり、最後には十数手の詰みを読み切ったりと、超一流の、プロがプロたるゆえんが存分に発揮されます。やっぱプロ棋士は尋常じゃないなと、多少なりとも将棋をやっていた者として感じます。

トップ棋士が、非公式戦で、ガチで、5秒で指し続ける。これを「楽しい」「スリルがある」「驚きや感動がある」と感じる根本的な理由は、やはり「人間が指している」ことにほかなりません。

バラエティに富んだ戦法が飛び交う

さて、将棋にはさまざまな戦法がありますが、なかでも、最強の駒である「飛車」の位置によって大きく「居飛車」「振り飛車」2つの戦法に分けられ、どちらを得意とするかで「居飛車党」「振り飛車党」などと呼ばれます。

しかしAIの発達により、現代では「振り飛車は不利なのではないか」と言われはじめ、実際に振り飛車を指すプロ棋士は少なくなってはいるのですが、この大会ではなんと「全員振り飛車チーム」がいきなり、強豪チーム相手に6連勝するなどの大活躍を見せました。

ここにも人間ならではの面白さがあるなぁと感じでいます。AIでは振り飛車は最序盤で不利だと判定されてしまうので、AI同士の戦いでは振り飛車の戦いを観ることはできないかもしれません。

しかし、人間には直感や感覚といったものがあります。こと超早指し棋戦では、直感的な指しやすさや、相手が間違いやすい場面に誘導することも重要になってきます。

AbemaTVトーナメントでは、より「対人間」的な戦略が強く求められるのかなと思うし、それが楽しさにつながっていると思います。

AIで初心者もプロの棋戦を楽しめるようになった

将棋は、野球やサッカーのように「今どっちがどのくらい勝っている」という形勢判断が難しい面があります。小さい頃NHK杯将棋トーナメントを観て「なんで駒をたくさん持ってるのに負けなんだろう」と思っていたものです。

AIは、今ではあたかもフリーザ編のように強さのインフレにより、もはや人間は到底勝てない、圧倒的に強い存在になってしまいました。

そんなAIを活用することで、人間の棋戦の戦況を数値化する、また最善手を提示する、といった「答え合わせ」ができるようになりました。

これによって、どっちがどのくらい勝ってるかが直感的にわかりやすくなり、初心者や観る将がよりライトに将棋を楽しむことができるようになり、また、棋士が本当にそのAIが示す難解な手を指すのか、といった楽しみ方も生まれました。

AIが人間の凄さを立証する

とてつもない強さのAI。しかし、ときに「AI超え」と呼ばれる、AIが提示する手を上まわる「神の一手」が公式戦で飛び出し話題になっています。最年少タイトル獲得に向けて爆進中の藤井聡太七段の「7七飛車成」や先日の「3一銀」が有名ですね。

また、羽生善治九段が過去に放ってきた数々の「伝説の一手」がいかにすごいのか解析で明らかになったり。つまり、AIの「答え合わせ」としての信頼性が圧倒的に高まったことで、これまで見えなかったものが見えるようになり、逆に人間の凄さを知ることができるようになった、というわけです。

AIが人間の将棋や楽しみ方をアップデートする

将棋は、AIと人間の共存がとてもうまくいっている分野のよい例だと思います。人間には一生かけても不可能なレベルの研究がAIを使って行えるようになり、それによって強い若手がどんどん現れてくる。将棋全体の常識そのもののアップデートが行われていく。AIが強くなったから人間の将棋が終わるのではなく、むしろどんどんおもしろみを増してきている。AbemaTVのような新たな展開へと広がっていく。

棋風はもちろん、持ち物や食事、対局中のクセといったより人間らしい部分も含めたエンターテインメントとしての一面も、これからの将棋の新しい楽しみ方となっていくものと思います。

さて、明日もABEMA観ます。繰り返しになりますが回し者ではありません。ただのファンです。それでは。

※段位やタイトルは執筆時のものです



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