新著「社会をよくする投資入門」の「はじめに」を全文公開します
<章立て>
第1章 「社会をよくする投資」とは何か
第2章 リターンの大元は「事業」である
第3章 経済の海と金融クジラ
第4章 「欲望」が集まる金融市場の構造
第5章 投資の「新しい選択肢」
第6章 「社会をよくする投資」の実践
最終章 投資の先にどんな「10年後」を描くか
~はじめに~
「『社会をよくする投資』なんて、きっと儲からないんだろう」
「自分の老後も不安なのに、『社会』なんて優先できない」
僕たちはいつも忙しく、自分のことで精一杯だ。どうすれば投資で儲かるか、手っ取り早く知りたい。
「とりあえず米国株式なら増えそうだ」
「インデックス投資はパフォーマンスがいい。手数料も安くてよさそうだ」
「これからはAI関連の銘柄が伸びそうだ」
勉強熱心なあなたはこのように情報を集めて、面倒な証券口座の開設手続きをし、投資の世界に足を踏み入れたかもしれない。
「NISAをはじめたいけれど、何から調べればいいかわからない」という方もいるだろう。
「そもそも投資をすると、なぜお金が増えるのか」
「投資したお金はどこにいくのか」
わざわざ、こんな疑問を抱く人はきっとほとんどいない。
投資といえば、「いかにリターンを高く、安心できて、コストは安くできるか」、これしか考えることはなかったはずだ。
当たり前だ。投資の世界はずっとそうやって回ってきたのだから。
でも、あなたが投資によって、将来見たいものは、お金「だけ」を手にしたあなたの姿なのだろうか?
「社会」という言葉に何かを感じてこの本を手にとってくれたあなたであれば、仕事なら「やりたいこと」や働く意味を、買い物ならブランドに込められたメッセージや自分なりのこだわりを持って、選択を積み重ねているのではないだろうか。
僕は、投資もまた同じように、お金「だけ」をモノサシにすべきではないと考えている。
投資にお金が増えること「だけ」を期待した結果、社会のあちこちに歪みが生じてきた。数字しか見ない投資の先に、いい未来はあるのだろうか。
お金を増やすことと、「社会をよくする」ことは両立する。だからと言って、あなたの全財産を「社会のため」に回すべきだと伝えたいわけではない。1%でも10%でも、十分だ。僕はこの本を入口に、なかなか考えるきっかけのない「投資のその先」を少しだけ考えてみてもらいたくて、筆をとった。
99.7%のお客様の運用益がプラスになった投資の秘訣
コロナショック後の2021年3月末。僕ら鎌倉投信のお客様の資産状況は、99.7%がプラスとなり、全金融機関のなかでもその水準は極めて高かった。
その時点でファンドの価格を示す基準価額は、運用を開始して以降で最も高い水準にあった。これまでで最高水準ということは、本来なら100%のお客様がすべてプラスの損益であってもおかしくない。それにもかかわらず、なぜ0.3%のお客様は、運用損益率がマイナスになったのだろうか。
調べたところその0.3%のお客様は、チャイナショック(2015年夏)、米中貿易摩擦(2018年夏)、コロナショック(2020年春)など、株式市場が一時的に下落する局面で、保有している資産の多くを解約(売却)して損を確定してしまい、その後の戻り局面で資産価値を高めることができなかった方だった。しかも、投資を開始してからわずか2年程度の短期間で売却していたのだ。株価が値下がりしたときに不安を感じ、「さらに値下がりするのではないか」という不安を感じたのかもしれない。
投資で成功するためには、仕事や勉強、スポーツで成果をだすのと同じで「継続する力」が大切だ。しかし金融市場は意地悪で、急落して投資家を恐怖に陥れたり、そうかと思うと値上がりして儲けることへの欲望を駆り立てたりする。そうした金融市場のささやきに動じない自分なりの「投資観」、周囲に流されない自分らしさを持つ人は、長期の投資につながり、成功の可能性も高まる。
「預金残高444円」の創業期
投資の仕事についてあっという間に35年の月日が経った。
1万人を超える人と、お金や投資について対話を重ねてきた。これまでのお客様は、一度に数千億円のお金を動かす年金基金などのプロと言われる投資家から、少額からコツコツと資産形成に取り組む個人投資家まで幅広い。現役で投資の最前線に立つ者としては、最も長い経験を持つ一人になった。
僕は、2008年に外資系金融の日本法人副社長を辞め、鎌倉投信という資産運用会社を設立した。2010年3月には、日本の「いい会社」に厳選投資をする公募型の投資信託「結い2101(ゆいにいいちぜろいち)」の運用をはじめた。
当初預かったお客様の運用利回り(リターン)は、約120%成長(年平均約6%)と安定した成果を収めている。
リターンだけ見れば他に高い成果を収める投資信託も多いが、鎌倉投信は安定した運用が評価され、格付投資情報センター主催のファンド大賞*に過去3回選ばれている。
第三者の客観的な立場から、純粋に運用実績のみで優れたファンドを選定することで、業界でも広く認知されているアワードだ。「社会をよくする投資」と「お客様のお金を増やすこと」が両立することの証となった。
2023年末時点では、2万人以上にお金を預けていただいており、「投信ブロガーが選ぶ!Fund of the Year」には、運用開始以来14年連続でランクインしている。
鎌倉投信を設立した2008年11月はリーマンショックの直後、世界の金融経済が大混乱するまっただなかだった。2008年9月に起きた米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻によって、お金を増やすことだけを目的にする投資マネーがふくらむことが、いかに金融機能を脆弱なものにするかを露にした象徴的な年だ。
その根本は、お金を「ただ増やすこと」に対する人の欲望に他ならない。
リーマンショックから、鎌倉投信の設立まで約2ヶ月。当時、リーマンショックを予見していたのか、とよく質問された。もちろん僕にそれを予見する力などない。ただ、金融市場がお金がお金を生む強欲性をはらんでいることに対して、どことなく心がざわついていたのは事実だ。
設立当時、世間の反応は冷ややかだった。いまでこそ日本の株式市場は最高値を更新したものの、当時、世界のなかでも最もパフォーマンスが悪い投資対象が日本株だった。しかも僕らは「いい会社を応援する」「投資家の資産形成と社会の持続的発展を両立する」などと銘打っていた。
「きれいごとでは運用成果など出せるわけがない」「人のお金を使って社会実験するな」と批判を受けたものだ。
そうした言葉は、逆に僕の心を強くした。世の中の常識、社会の常識から新しい価値は生まれないからだ。これは、すべての仕事に通じる。
しかし、こうして高い志をもって創業したものの、蓋ふたを開けてみたら予想以上に大変だった。創業してしばらくは、年度の売上が数百万円、経費が1億円という状況が続き、やればやるほど赤字がふくらんでいった。僕の預金残高は444円になっていた。
経営として成り立つのだろうか、とずいぶんと悩んだ。そんな僕の気持ちを支えてくれたのが、鎌倉投信の事業の価値を理解し、応援してくれた「結い2101」の投資家であるお客様であり、鎌倉投信の株主だった。
鎌倉投信のお客様のなかには、投資経験が豊富な人や金融機関などプロの機関投資家がいる一方で、もともと投資に嫌悪感をいだいて距離をおいていた人、寄付の領域で社会をよくしようと活動しているNPO・NGOの人、「投資は初めて」というお客様が多くいる。そうかと思うと、鎌倉投信の投資姿勢の真逆にあるデイトレード(短期的な値動きに着目して頻繁に売買を繰り返す投資手法)で実績を残す個人投資家もいる。
そうした人からは、「いままで投資は金儲けのためだけのものと思っていたが、そうではなかった」「社会をよくすることと投資が初めてつながった」といった声を聞く。
投資は、お金を増やす役割を持つが、それは手段であって目的ではない。
この本を通じて「投資には、自分のお金を増やしながら社会をよくする力がある」ということを理解してもらえるように、力を尽くした。せっかく投資をするなら、社会も、未来も、あなた自身も豊かにする投資に出会ってほしい。これが、僕が鎌倉投信を創業し、また15年経ってこの本を書く理由だ。
第1章では、投資が「お金を増やすだけの手段」になっていることへの疑問を共有し、一緒に考えてみたい。
第2章で投資でお金が増える仕組み、第3章で株価とは何か考えたあと、第4章では、「お金を増やすこと」が投資の唯一の指標となりやすい金融市場の構造について示す。
第5章では投資の「新しい選択肢」を示し、ESG投資やソーシャル・インパクト投資の課題や可能性を掘り下げる。
第6章では、その選択肢の1つとなりうる鎌倉投信や、未来を託したい「いい会社」の事例を紹介する。花王やカゴメなど誰もが知る大企業から、ユーシン精機などグローバルニッチな企業、ヘラルボニーなど非上場企業まで幅広く取り上げる。
最後に、投資の先にどのような社会、未来、自分を描くか、想像するヒントになる話をしてみたい。
なお、本書では、「社会にいい投資」を考える目的で、さまざまな会社が登場するが、個別の有価証券等への投資を推奨するものではない。その前提で読み進めてほしい。
投資のリターンやリスクも、将来の結果を保証するものではない。また「投資」に近い言葉に、「資産運用」がある。厳密には両者は異なるが、ここでは資産運用も「投資の一部」としてまとめて話をしたい。
この本が、あなたが投資における新たな出会いのきっかけになれば、とてもうれしい。
最後まで、お読みいただき、ありがとうございました。
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