【短編小説】若者のすべて #春ピリカグランプリ2023
左手の小指の爪にQRコードを施す若者が増えているという。そのQRコードを「運命の赤い糸」というアプリで読み込むと、出逢った人が自分と赤い糸でつながっているのかを教えてくれるのだそうだ。
若者たちは恋をする前に、そのアプリで相手が運命の人であるかをまず確かめるようになった。運命の人でなければ恋はしないが、運命の人であれば、簡単に恋愛をはじめる。恋愛にエネルギーを費やしたくない若者たちは、そのアプリで効率よく相手を見つけた。その精度は驚くほどで、今や結婚する若者の9割はこのアプリ経由である。
「どうして、アプリを使ってないの?」
カフェにいる彼らの小指には、QRコードが施されていない。彼女はコーヒーをすすり、彼はオールドファッションを頬張っている。
「君はどうして?」
口紅が残るコーヒーカップを彼女が置く。
「わからないことが、だんだんわかっていくほうがぼくは好きなので」
「でもはじめから「つがい」がわかっていたほうが、無駄に傷付いたりしないで済むと思うよ」
彼女はQRコードを普及させるために送り込まれた手先なのかもしれないと彼は思う。いわゆるデート商法のようなもの。そもそも、カフェラテを手に歩いているとき、すれ違い様の彼女とぶつかってしまって、それをこぼしてしまったお詫びにと、このカフェに来ただけなのだから。彼は、それでもいいかとフレンチクルーラーにも手を伸ばす。
「じゃあ、もうすぐ傷付きますかね? あなたが「運命の人」じゃないとわかってしまって」
「確かめてみる? わたしもQRコード入れてみるから」
彼は「それはやめてほしい」と答えた。
「わたし、怪しく見える?」
彼女は左手で頰杖をつき、彼をまっすぐに見つめた。彼は柔和な表情で、彼女に言う。
「その左手の小指、綺麗だから。コーヒーを持つときも、そんなふうに頬杖をつくときも。それをできれば、見ていたいから」
彼女はハッとしたような顔になり、5秒間彼と見つめ合ったことに気が付いた。
「6秒だったら恋だったけど、惜しかったね」と彼女がつぶやく。「それは惜しかったです」と彼は悔しがる。彼女は小さく笑いながら、理由を教えてあげると言った。
「わたしにはね、赤い糸が見えるんだ。どんな人の赤い糸も。小指からそれが誰につながっているのかも」
「それがぼくではないんですね」
「うん、君じゃない。でも、はじめてなの。君とわたしは、オレンジの糸でつながってるんだ。それが、どんな意味なのかわからなくて、ちょっと不安なの」
小指を出して、と彼は言った。彼女が言われるがままに小指を出すと「綺麗」と彼は言いながら指切りのように小指をつないだ。オレンジの糸が絡まっているのが彼女には見える。
「わからないことが、だんだんわかっていくほうがぼくは好きなので」
絡まったオレンジはゆっくりと、濃くなっていく。
やがて赤くなるのだろうか。
ふたりは6秒間、見つめ合った。
(1187文字)
こちらへの応募作品を書かせて頂きました。
よろしくお願いします。
【追記】
こちらの作品、春ピリカグランプリにおいて入賞作品となりました。ありがとうございました!
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