カタツムリ
カタツムリはアジサイの歯を食べることはできない。人間ですら殺すような毒の葉だ。なのにあの小さな殻を着た軟体動物はそれと知ってか知らずか、我が物顔で居座る。
「カタツムリも花の傍にいると心が安らぐのかなぁ。」
そんな筈はないと知っている筈なのに、彼女はそんな事を言いながら物憂げにため息をついた。
湿った季節につきものの低気圧は順調に彼女の思考能力を奪っているらしい。
「さっさとお風呂入っちゃってよ。下着洗濯したいから。」
私は怒る。ほら、とせっつきながら肩を揺さぶっても、彼女はあと五分だけ!と往生際が悪い。
「お風呂冷めるよ!」
そう叱りつけるとようやく動き出す。彼女は熱い風呂が好きで、四十四度の湯に浸からないと満足できないらしい。
ぽいぽいと放り投げられた下着は最近買った乾燥機能付きの洗濯機に吸い込まれていく。ものぐさなくせに、いやむしろそのせいなのか狙いはあやまたず正確で、私はいつも感動を覚える。
彼女と初めて出会ったのは去年の梅雨だった。気が滅入るような長雨のなか布団を抱えて向かったコインランドリーで、待ち時間を共にした。
彼女は相当な期間溜め込んでいたのだろう服や下着を袋いっぱいに抱え、ぎゅうぎゅうに丸い窓の中に押し込んでいた。
「そんな入れたら乾かないよ、二つに分けなきゃ。」
そう声を掛けたのは私も相当人寂しさを抱えていたのだろう。一人暮らしを始めて一年と少し経って、気が付けば授業以外では誰とも話さないような生活だったものだから。
「え、そうなの?」
彼女は今と変わらぬぼけっとした口調でそう言った。
「そうだよ。」
そう言いながら私はなんだか笑ってしまった。彼女もつられて笑いながら、そっかあ、そうだよね。と言う。
ああ好きだな、と思ったのはその瞬間かもしれない。
それから数年して、お互い大学を卒業して。
どこの会社行くことにしたの?どこに住むの?…一緒に、住んじゃう?
言い出したのはどちらからだったか、こうして同棲することになった。
二人の生活は、心地よく離れがたい。
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