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『経済学者が語るスポーツの力』著者インタビュー(後編)

スポーツが生活・社会にもたらすプラスの影響を、わかりやすい言葉で解き明かす『経済学者が語るスポーツの力』。

著者の佐々木勝先生(大阪大学教授)へのインタビューの続きをお届けいたします(前編は下のリンクからどうぞ)。

東京オリンピック・パラリンピックで考えさせられた「垣根」

――2021年は、「2020東京オリンピック・パラリンピック大会」が開催されましたが、印象に残っているシーンはありますか。

佐々木:まず、一番印象に残ったのは、男子100メートルの準決勝で、中国の蘇炳添(ソ・ヘイテン)選手がアジア新記録の9秒83を出して決勝に進出したことです。力強い走りで、2位と大きな差をつけてゴールして、個人的にはすごく衝撃的でした。決勝はさすがに疲れていて、9秒98で6位でしたが、本人も準決勝にかけていたと言っていたようなので、満足していると思います。

――今回は「多様性と調和」が基本コンセプトとされ、いろいろな観点から議論されましたが、先生はどういった点に注目されましたか。

佐々木:考えさせられたのは、「ジェンダーの垣根」や「オリンピックとパラリンピックの垣根」でした。トランスジェンダーの女性の選手が重量挙げの競技に出場したり、パラリンピックの走り幅跳びで金メダルをとったマルクス・レームが当初はオリンピックに出場したいと言っていたりしましたよね。

レームの申請は却下されましたが、本当の共生社会を達成するには、オリンピックとパラリンピックを分けるのではなくて、一緒にやるべきなんだと思います。ただ、実際にどうやってやるんだというと、なかなか難しい話ですが。

1つ参考になるのはスキージャンプかなと思います。距離ではなくて、ポイントを競っていますよね。距離もポイントには含まれますが、空中姿勢なども含まれますよね。また、吹雪になると、スタートラインを低くしますが、当然飛距離が短くなります。そういった状況をポイントで換算して、調整していますよね。ということは、ほかの競技もポイントで調整することで、パラ選手も参加することができるようになるんじゃないかと思います。そういったルール作りをすれば、同じ土俵に立つことができるんじゃないかと思いました

ただ、100メートル走など、勝者が明確にわかる競技だと、オリンピック選手とパラリンピック選手が一緒に走って、オリンピック選手が先にゴールしたにもかかわらず、ポイントでパラリンピック選手が勝ったという状況も起こりうりますよね。そうなると、勝者がわかりにくくなって、観ている方も腑に落ちない。一方、走り幅跳びなどであれば、遠くから見ているかぎりでは、どちらが遠くに飛んだかは瞬時にわかりにくいので、可能なのかなと思ったりもします。

いずれにせよ、ルール作りは大変です。スキージャンプも実際にはルールが改正されて、日本人選手が不利になったりもしています。

東京オリンピック・パラリンピックで考えさせられた「格差」

佐々木:そういった「垣根」の問題に加えて、今回は「格差」についても考えさせられました。

スポーツで勝てる人は、スポーツしやすい環境にいたからこそ勝てたのではないかと思いました。スポーツができる機会であったり、設備の整った練習場にアクセスしやすかったり、十分な資金があったりしたことが勝因ではないかという思いを持ちました。世界には、ほかにもっと潜在的に能力のある人が大勢いるはずですが、その人がもし整った設備のもと適切な訓練を受けていれば、オリンピックで勝てたはずなのに、そういう機会がないんだろうなと思います。見えないところに、本当のチャンピオンというのがいるんじゃないかと思ったりもします

やっぱり、スポーツをするのにはお金が必要なので、お金がある人が有利だという面を強く意識させられました。スポーツの祭典と言いながら、出場している選手の親の所得は比較的に高く、そして親のやる気も高いんだろうなと思うと、格差を感じずにはいられませんでした。

能力があっても、スポーツの機会にアクセスできない人がいる一方で、アクセスできる人はとことんアクセスできるといった、機会の格差が拡大しているんじゃないかと思ったりもしました。

――そういった経済学の研究などもあったりするんですか。

佐々木:国別データから金メダルの数を各国のGDPで回帰すると、金メダルの数はGDPに強く依存します。経済学者は金メダルの数を予想することがよくありますが、推定式の変数の中でGDPが一番説明力の高い変数だと言われています。

コロナ下におけるスポーツの役割

――オリンピック・パラリンピックもそうでしたが、コロナ下でスポーツのあり方が変わってきていると思います。今後、スポーツにはどういった役割を期待されていますか。

佐々木:本書の「おわりに」でも書きましたが、ウィズ・コロナの時代では、オンラインでの人とのやり取りが増えています。そのなかで、相手とコミュニケーションをとるスキルがより重要になってきていると思います。そのため、非認知スキルを鍛えるというスポーツの役割が、今まで以上に求められてくるのではないでしょうか。

また、コロナ下では体を動かしにくくなっていますので、スポーツは健康維持・向上の観点でもとても重要になってくるでしょう。ただ、スポーツをした方がいいと言っても、なかなか難しいと思います。今回のオリンピック・パラリンピックで活躍した選手や、これから行われる冬のオリンピック・パラリンピックで活躍する選手が、人々のスポーツをする意欲を後押ししてくれるんじゃないかなと思っています。

経済学の力

――最後に、読者の方にメッセージはありますか。

佐々木:高校訪問の時に高校生によく言っているのですが、「経済学」というと、すぐに株価とかGDPのことを勉強すると思いがちですが、そうじゃないんだよと。経済学の知見は人間の選択や行動を説明するのに、非常に有効ですよと言っています。今回はスポーツを取り上げましたが、なぜスポーツをするのか、スポーツにはどんな効果があるのかも、実は経済学の知見を使えばある程度わかるんだよということを、本書を通して感じてもらえれば嬉しいです

*著者の佐々木先生による体を張った動画解説「スポーツ経済学ってなに?」も必見です!

(2021年10月9日収録。今回のインタビュー記事のダイジェスト版が『書斎の窓』1・2月号に掲載予定です)

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