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『経済学者が語るスポーツの力』著者インタビュー(前編)

こんにちは、有斐閣書籍編集第二部です。

10月に発売となった『経済学者が語るスポーツの力』の著者・佐々木勝先生(大阪大学教授)に、スポーツの経済学とは何か、また本書の特徴などを伺いました。

スポーツの研究を始めたきっかけ

――本書の中でも先生ご自身のスポーツの経済学の研究が紹介されていますが、なぜスポーツの経済学の研究をされようと思われたのか、きっかけを最初に伺ってもよろしいですか。

佐々木:本書の第6章「企業がスポーツ・チームを持つのは得なのか?」でも取り上げた研究を、ある企業から頼まれて、研究を始めました。もちろん、以前からスポーツには興味がありましたし、当時からJournal of Sports Economicsなどのスポーツの経済学研究を扱った論文を読んでいました。

――先生ご自身もスポーツの経験はあったのですか。

佐々木:中学・高校では陸上をやっていまして、幸運なことに、国体やインターハイに出場する機会に恵まれました。

――競技種目は何だったんですか。

佐々木:主に中距離(800メートル)でした。中学・高校時代の陸上経験は自分を成長させてくれたと思います。その経験がなかったら、今の自分はなかったのではないかと思います。

スポーツの経済学とは

――それでは、スポーツの経済学とはどういうものなのか、簡単に説明していただいても、よろしいですか。

佐々木:教科書もいくつか出ていて、代表的なものが、M. A. Leeds et al., The Economics of Sportsです。この目次を見ると、大きく3つに分かれています。

The Economics of Sports, 6th Edition
By Michael A. Leeds, Peter von Allmen, Victor A. Matheson
Published April 17, 2018 by Routledge

1つ目が、スポーツを運営している企業の行動に着目したトピックです。スポーツ市場において、利潤を最大にするために必要な企業の行動や戦略を扱います。また、コンペティティブ・バランスはスポーツ経済学の分野でよく議論されます。スポーツのリーグで一チームだけが強いと面白くないので、いかに参加チームの競争力を均等化するかといったことです。

2つ目が公共経済学に関するトピックです。オリンピックなどのメガイベントの費用対効果を測るなどのテーマを扱います。スポーツの経済学の中でも社会的な関心を集めるトピックの1つだと思います。

3つ目が労働経済学に関するトピックです。生産性と賃金の関係や差別などが扱われます。スポーツの良いところは、生産性や成果のデータが成績として記録されているので、データが入手しやすいということです。また、スポーツの世界では、フリーエージェント制にも見られるように、労働者(選手)が自由に労働移動をすることができない状況にあります。つまり、企業が労働者に対して独占力を持っているわけです。そういった制度の必要性や弊害についても議論されます。

以上がスポーツの経済学の大枠ですが、主にはミクロ経済学の手法を使ってスポーツに携わる企業や選手の行動や選択のメカニズムを分析していく分野だと言えると思います。

――スポーツの経済学が対象とするスポーツには、どのような種目が多いのですか。

佐々木:やはりアメリカの四大スポーツ――アメフト、野球、バスケットボール、アイスホッケーでしょうか。ただ、アイスホッケーはあまりないかもしれません。また最近はサッカーも多くなってきていると思います。本書では、野球やバスケットのほかに、マラソンなどの陸上競技や、ゴルフ、クリケットを扱った研究などを紹介しています。

本書で注目したテーマ

――さまざまなテーマを扱っているスポーツの経済学ですが、本書で特に注目したテーマはありますか。

佐々木:第1章・第2章で取り上げている「非認知スキル」です。人的資本の蓄積というと、認知スキル――学力の向上を図る教育―ばかりが着目されますが、そうじゃないんだということを伝えたいと思いました。社会で成功するためには認知スキルと非認知スキルの両方が必要だというのが、メインのメッセージです。

そして、非認知スキルを習得する1つの方法としてスポーツがあること、特に若いころのスポーツの経験は非常に重要であるということです。また、もしかしたら世間はスポーツの効果を過小に評価しているんじゃないかという問題提起も含んでいます。当然、スポーツだけじゃないことは、本の中でもたびたび指摘していますが。

――あらためて「非認知スキル」とは何かについて説明していただけますか。

佐々木:非認知スキルとしてよく挙げられるのは協調性であったり、リーダーシップであったりします。これらは、集団における他者との関係に関するものです。加えて、個人に関わるものとして、根性や忍耐、自制心などが挙げられます。そういうものが、社会の一員として求められるスキルとなります。だから、リーダーシップにせよ忍耐にせよ、それらを「スキル」と解釈して、通常のスキルと同じように訓練すれば、それらを習得できると考えます

――女性の非認知スキルや競争心の向上を扱った第2章も興味深かったです。

佐々木:そうですね。スティーブンソンの研究(Stevenson, 2010)でも見られるように、女性にスポーツをする機会を与えると、自尊心が高まり、もっと積極的になります。だから、とても重要だと思います。

Stevenson, B.(2010)“Beyond the Classroom: Using Title IX to Measure the Return to High School Sports,” Review of Economics and Statistics, 92(2): pp. 284─301.

――また、第5章で取り上げられている差別の問題もスポーツの経済学の代表的なテーマの1つですよね。

佐々木:この研究トピックは、スポーツ活動からデータが取得しやすいので、アメリカでは盛んに行われています。例えば、ベースボールカードの取引価格を調べた場合、白人選手と黒人選手、どちらも同じぐらいの成績なのに、黒人選手の取引価格が低いことがあります。そうなるの、この取引価格の差は差別によるものだと解釈できます。

――さらに、高齢者のスポーツについて取り上げている第9章も特徴的ですよね。

佐々木:第9章は公衆衛生的な内容になりましたが、私としても改めて調べてみて、とても勉強になりました。当たり前と言えば当たり前ですが、スポーツをしている高齢者の方が健康的ということをデータで確認できました。

――スポーツ・クラブに通っている高齢者の方がより健康的という結果も面白いと思いました。

佐々木:本の中では、スポーツを通して社会資本(ソーシャル・キャピタル)が蓄積され、それによって健康状態が向上すると解釈をしました。1人で黙々とやるよりも、人と話しながらスポーツをする方が健康的になるんでしょうね。

『経済学者が語るスポーツの力』主な目次
第1章 スポーツから非認知スキルを習得できるか?
第2章 スポーツが女性の社会進出を後押しするか?
第3章 スポーツで目標を達成する力を伸ばせるか?
第4章 選手への報酬を増やせば勝てるのか?
第5章 多様な人材がチームを強くする?
第6章 企業がスポーツ・チームを持つのは得なのか?
第7章 企業にスポーツ支援を頼りきりでよいのか?
第8章 オリンピックに経済効果はあるのか?
第9章 高齢者のスポーツ参加で介護費用は抑えられるか?

執筆で苦労したこと

――本書の執筆の際に苦労されたことは、どのようなことですか。

佐々木:最初は順調に書いていたのですが、ダイバーシティや金銭的インセンティブの箇所でネタ切れになってしまい、苦労しました。

――逆に書きやすかったのはどこですか。やはり非認知スキルを扱った第1章ですか。

佐々木:そうですね。ただ、一般の方にわかりやすく書くにはどうすればよいかで、かなり悩みました。第1章が一番書き直しした量が多いんじゃないかと思います。簡単に書けたのは……ありませんね。どれも大変でした(笑)

――ほかに苦労した点はありますか。

佐々木:あとは一般の方にわかりやすくなるように書くのに苦労しました。専門用語はできるだけ入れないようにしたつもりです。
ただ、「区間推定」などの統計の説明にはこだわって、説明を入れるようにしました。それを入れたのは、今後、データ社会の中で働くビジネスパーソンは、これくらい知っていてほしいという思いがあったからです。平均値の違いだけじゃなく、推定された区間から判断しなければいけないという思いで書きました。ただ、改めて見直すと、これは難しいかなと思ったりしました。

――章末のコラムでデータ分析の説明を入れていただきましたが、とてもわかりやすい解説だと思いました。

佐々木:厚労省の知り合いの方から、「斜め読みしようと思ったけど、結構ガッツリなんですね、じっくり読みます」と言われてしまいました(笑)

――「メタ分析」を解説したコラムなどは、ほかでは読むことのできない内容で、とてもわかりやすかったです。スポーツをテーマにして経済学的に分析したいと思っている学生さんなどには、とても重宝されるんじゃないかと思いました。

(後編に続く)


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