見出し画像

ポスト・ブレグジット、ポスト・コロナのEUについて

こんにちは、有斐閣書籍編集第二部です。

7月にストゥディア・シリーズから『EU政治論』という教科書を出版しました。本書には、イギリスのEU脱退後の影響や、現在なお続くコロナ禍に対するEUの対応などについては、刊行時期の問題もあり、じゅうぶんに盛り込めませんでした。

そこで、刊行後にポスト・ブレグジット、ポスト・コロナのEUについて、著者の池本大輔先生(明治学院大学)・板橋拓己先生(成蹊大学)・川嶋周一先生(明治大学)・佐藤俊輔先生(國學院大學)にご議論いただきました。この記事ではその議論の内容をご紹介いたします!

なお、本書のねらいや、教科書としての使い方などについてもご議論いただき、その内容は『書斎の窓』11月号に掲載しています。そちらもぜひご覧ください!

新型コロナウィルスの感染拡大に対するEUの対応

池本:みなさま、よろしくお願いします。それでは今回は、残念ながら刊行スケジュールとの関係で『EU政治論』には盛り込めなかったポスト・ブレグジット、ポスト・コロナのEUについて、みなさんとお話ししたいと思います。
 『EU政治論』に書いてあるとおり、EUは財政赤字を出すことはできないので、歳出は歳入の範囲内に収めなければならないことになっています。しかしこの7月、2021年度から7年間の予算をカバーする多年次財政枠組みと、それとは別に、コロナ危機に対する復興基金として欧州委員会が初めて大規模に債券を発行して、7500億ユーロを調達することで政府間の合意に到達しました。
 EUのコロナ危機への対処の仕方というのは、私はいろいろな意味でEUらしいと思っています。イタリアやスペインなど感染状況が深刻だった加盟国では、EUは何もしてくれない、EUの初動は遅いという批判がありました。しかしそういった不満が出てくると、病床に余裕があるドイツがイタリアから患者を受け入れるような協力の動きも出てきました。それから、日本ではあまり報道されていませんが、3月からは医療用防護具や人工呼吸器等の共同調達がスタートしています。しかしそれでもなお十分でないということがわかってくると、長い交渉の末にようやく復興基金に合意したといった経緯があり、EUらしいなと。みなさんはどのようにご覧になっていますか。

川嶋:7月のマラソン会議で、午前5時ぐらいに話がまとまったといったことが報道されていて、これまでによく聞いた話だなと私も思いました。こういった決まり方は、わりと繰り返されてきた話で、やっとEUが平常運転になったなと、私はむしろマラソン会議のニュースを聞いた時、平常のEUがみえるみたいなそんな感じがしました。

佐藤:私も、これまでと似た構図があるというのはそう思うところがありました。今回復興基金をめぐる対立などをみていても、そのなかにこれまでのEUの危機の構図がもう一度あらためて出てきているようなところがあるように思います。復興基金に紐付いた法の支配の条件付けなどをみても、これ自体は非常に曖昧な合意だということではあるんですけれども、やはり東西の間をどうまとめるかという話が一方で入っていたり、さまざまな方向に引き裂かれている。それでも四日四晩話すと、結果的にはなぜかEUが少し強化されるという状況が生じてきたり、これまでと似たような図式になっているということがいえるんだろうと思います。

池本:そうですね。これも『EU政治論』に書いてありますけれども、EUによる共同債の発行については、ユーロ危機への対応にあたっても議論としてはありましたが、ドイツの反対により実現しませんでした。そこでドイツの国内では、今回の7月の合意というのはどういうふうに受け止められているのか、是非板橋さんにうかがってみたいなと思っています。やはりあくまでこれはコロナ対応限定の話だから致し方ないということなのか、それともこれを機会に本格的に政策転換すべきだということなのか、どちらなのでしょうか。後者の議論はドイツでは少数派なような気がするのですが。

板橋:おっしゃるとおりで、前者の受け止め方が多数だと思います。ドイツからすれば、このときのためにこれまで倹約していたんだというわけですよね。コロナでお金を使うのは、彼らの経済哲学に何ら矛盾していません。文化政策にせよ、企業の救済にせよ、今回はけっこう大胆にドイツは自国の財政を使っているんですけど、やっぱりそれは彼らの、とくに世論側の信念としては、これまで倹約していたわれわれだからこそできるっていう自負があるわけです。だから、彼らの倹約の哲学が今後むしろ強まる可能性もあります。
 みなさんが指摘するように、たしかにコロナ対応については「EUらしさ」も見えるのですが、ただ、今回はEUにとってかなり深刻な危機だったこと、たとえば共通市場がずたずたにされたり、またシェンゲン協定によって実現したEU内の移動の自由が徹底的にいったん機能停止してしまったりするなど、相当に深刻な危機であったということは、まず確認するべきだろうと思います。

イギリスの脱退による各加盟国の影響力の変化

池本:そうですね。今回は、EUとすれば、危機が相当に深刻な分だけ、むしろ対応が早いとみることもできるかもしれません。またEUを動かしていくうえで、復興基金についての合意を主導したドイツとフランスのリーダーシップが非常に重要だということがあらためて確認されたと思います。イギリスが抜けたことで、一層ドイツ・フランスの重みが増しているということなのかもしません。

川嶋:独仏のプレゼンスが一層高まっているというのは確かにそうなんですけど、ただ今回日本の報道でもされていたように、北欧とかオランダとかがそれにすごい反発をしていたということがありました。これまでは、ある意味イギリス・フランス・ドイツの三カ国のバランスで、他の小国が見えにくいところがありましたが、イギリスがいなくなってしまったことによって、小国のプレゼンスも高まっているように思われます。しかも、これまで小国の存在感というと、ポーランド・ハンガリーといったように、EUの問題児みたいなものとして言われていましたが、また違う現れ方がこれからしてくるのかなと少し感じるところがありますね。

池本:復興基金に消極的だったのは、オーストリアとデンマーク・オランダ・スウェーデンの4カ国ですね。多分これまでだったらイギリスが代弁していたような立場を、これらの国が前面に立って、ドイツ・フランスと喧嘩せざるを得なかったという感じなのかもしれません。
 実際おもしろいのは、EUの予算に対するイギリスの財政負担が過大だと主張してサッチャー首相が勝ち取ったリベートは、段階的に縮小していくことになっていたのが、今回4カ国を宥めるためにむしろ増額することになりました。そういう意味でも、イギリスが抜けたことの余波みたいなものが出てきていると言えるかもしれません。

EUへの期待は高まるのか?弱まるのか?

板橋:独仏の重要性が相対的に高まっているという話はそのとおりだと思います。また、われわれが書いた教科書から敷衍して議論すると、コロナ対応への不満が(過剰に)EUに背負わされているという面があるように思います。川嶋さんが最終章で、国家ではなくてEUが提供できる価値は何なのかと問いかけていますが、今回、実際に重く問いかけられてしまいました。

佐藤:関連してですが、ECFRが4月の後半から5月の前半にかけて実施した世論調査の結果を出しており、その調査の「コロナ危機からの復帰の期間に、あなたの国へ最も支援を与えてくれるであろう勢力はどれですか」という質問への回答をみていると、EUへの信頼は高いということがわかると思います。

ECFRアンケート図

こういうところをみていると、なんだかんだEUがこれまでくぐってきた危機が単にもう一度再現されているということだけではなくて、EUもこれまでの教訓を得て、うまく対応しようとしているというのが、私の思ったところでもあります。もしかするとこれは少し楽観的すぎるのかもしれませんけれども。

川嶋:ECFRでいうと、イワン・クラステフも、コロナ危機が人々のヨーロッパ統合についての態度変容にどう影響するかということについてのペーパーを、6月の時点で書いているんですね。クラステフによると、その態度は国家主義者(DIYers)・新冷戦主義者(New Cold Warriors)・戦略的主権主義者(Strategic Sovereignests)の3種類にわかれるんじゃないかということを言っています。その報告書には、世論調査の結果も掲載されています。

イワン

 それによると、半分くらいの人が地域的な統合や協調については進めていったほうがいいんじゃないかという考え方を持っていることがわかるんですけど、半数は超えない。そしてヨーロッパ統合に賛成でない考え方というのが30%くらい、明確にヨーロッパ統合に反対の人が約30%で、これは結構拮抗しています。
 この結果から、クラステフは、ヨーロッパ統合自体が当然終わるわけではないんだけど、この先にはいくつかのEUのオプションがあって、そのオプションはちゃんと考えないといけないよねっていうことを言っています。これはすごく参考になるし、日本ももちろん関係してて、というのもコロナがEUをどうかえるのかっていうのと、コロナが世界をどうかえるのかというのは切り離して考えられない問題なのだと思います。

板橋:そうですね。結局EUが提供できる価値は何なのかという問題は残るんじゃないかなと思います。EUにはそれこそ人の移動の自由とかいくつか根幹理念がありますが、コロナ危機は、国家でできることと、EUができることというものを、もう一度整理する機会になりましたし、EUの存在価値が問われる機会になったんじゃないかと思います。

佐藤:深刻な点でいうと、これまでもポピュリズムがEUの交渉に対して影響を与えるということは多かったですが、今回それがさらに強まったように思います。イタリアのマッテオ・サルヴィーニが復興基金をできるだけ紐付けなしで貸付できるようにしろというのを押していくのに対して、オランダの自由党は、やはり倹約をずっと強めろという形で、ポピュリズム同士が別の方向に引き裂いていっているというか、そういう構図がEUのサミットのところに少し出てきていました。

板橋:ほかにも中東欧の問題は気になりますね。たとえばハンガリーのオルバーン政権は、このコロナ危機をいいことに、どんどん自国の大手ウェブメディアを平気で閉鎖したりしているわけですよね。このようにハンガリーが非自由主義的な体制づくりをどんどん進めている一方で、主要国はEUをまとめるために、いまはハンガリーとの共存を選択しているわけです。つまり、コロナ危機にあたってEUの結束を優先するために、ハンガリーのやっていることをある程度スルーしている側面があります。

池本:それでいうと、ヒー・フェルホフスタットという欧州議会議員(元ベルギー首相・2019年まで欧州議会の自由民主党会派のリーダーだった)が、今回欧州理事会で復興基金について合意ができたあとに、この合意は各国の利害の寄せ集めに過ぎなくて、一つのヨーロッパという理念に裏打ちされていないからだめだ、欧州議会には合意をより良いものに変える役割がある、と言って頑張っていました。合意ができたというのはすごく大事なことですが、一方でその合意の中身は各国ごとの事情を取り込んだような、各国の要求を切り貼りしたようなものにならざるを得なかったというのは、恐らくそのとおりなんだと思います。復興基金にしても、各加盟国がそれを受け取るためには法の支配を尊重していることが条件だとされていますが、具体的な判定メカニズムについてはハンガリーやポーランドが色々注文をつけていて、最終合意までには一悶着ありそうな雰囲気です。

佐藤:それからもう1つは、シェンゲンについてです。各国がボーダーを閉ざすという意味では非常に深い危機でしたし、各国が当然に国境を閉ざすというのができてしまった。またそれが違和感を持たれなかったという意味では、やはりEUにとっての大きな危機であったと思います。シェンゲンがすぐに復活するという感じではないでしょうから、段々と振り子が揺れるように、どのへんにいくかという落としどころを探りながら回復していくということになるのだと思います。

今後のEUの分岐点

池本:ありがとうございます。危機のあとどうなるとか、これがどのくらい続くのかとか、どういうかたちで収束するのかとかは、いろんな要素に左右されると思うので、なかなか今の時点で見通すことは難しいのかなと思います。今後を考えるうえで大きな要因を考えるとしたら、どういったことがありますか。私の専門に近いイッシューだと、EU離脱後のイギリスとEUとの関係をめぐる交渉がまとまるかという問題がありますが、イギリスにとってはともかく、EUにとっては既にそこまで大きな関心事ではないかもしれません。

板橋:このあともいくつか分岐点があると思いますが、まずはアメリカの大統領交替がEUにどのような影響を及ぼすのか、見極める必要があります。また、それこそ私の分野だと、2021年のドイツの連邦議会選挙を経て、どのような連立政権が生まれるのか、そしてメルケルの後に誰が首相になるかというのは大きいと思います。やはり今回、彼女だからこそ、コロナ債も結局まとまるんだろうねという安心感はあったと思います。
 あとはフランス大統領選がかなり大きい山であることは間違いないと思います。この独仏の選挙の結果次第で、コロナ債のような考え方に永続性というか、たとえば共通の課税みたいなものがうまくいくのかどうかとか、そういった方向性が決まっていくことになるんじゃないですかね。

川嶋:フランス大統領選でいうと、だいたい予想は当たらないので言っても損しかしないような感じしかしないような気はしますけど(笑)。ただ全体的でみると、マクロンが再選する可能性はそれなりに高いのではと思います。コロナ対応に限らずマクロンに対する反発は常にあるし、決して支持率も高くはないんですけど、ただ例えばルペンの人気って全然上がってないんですよね。
 この前の地方選挙をみていても、RN(FN)人気・ルペン人気が下がってきています。また、社会党がもう壊滅してるのはほぼ間違いなくて、ドゴール派の共和主義者についてもあんまりぱっとした人がいなくて、むしろサルコジなんかがすごい色目を出しているような状況で、サルコジが復活するのかしないのかってのが私は結構気になるところですね。
 
池本:EUがなければ出来ないこと、EUがなければ実現できない価値は何なのか、コロナ危機は改めて問いかけることになりました。今日の座談会で、コロナ危機はこれまでの傾向を逆転させるようなものというよりは、既に起きつつあった変化をさらに加速させるような出来事になるのではないか、という思いを強くしました。みなさま、お忙しいところどうもありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?