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『活かすゲーム理論』刊行記念・座談会②

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本書の最大の特徴は終章にあり

浅古:つなげて言うと、先ほど言ったモデルをつくる苦しみをちゃんと伝える。それを体感してもらうという意味で、本書の最大の特徴は終章にあると思います。終章で最終的に事例とモデルのつながりに疑問を持って、本当にゲーム理論で現実を説明できるのかというところを考えてみようと提案している。そこを主に担当したのが森谷さんです。

本書の主な目次
序 章 ゲーム理論という武器を持って
第1章 誰がためにサクラエビを分けるのか:支配戦略
第2章 ゲーム機の仁義なき戦い:ナッシュ均衡
第3章 運を天に任せない:混合戦略
第4章 均衡へ向かって進め:進化動学
第5章 信じられる脅し:部分ゲーム完全均衡
第6章 情けは人の為ならず:繰り返しゲーム
第7章 戦争が終わるとき:ベイジアン・ナッシュ均衡
第8章 内容のない広告が教えてくれること:完全ベイジアン均衡
終 章 「活かすゲーム理論」のスゝメ

森谷:とにかくつらかったですね。ゲーム理論を使う際の試行錯誤を伝えるのが本書のコンセプトの一つじゃないですか。そうすると、ゲーム理論を使う苦しみって、そもそもゲーム理論じゃないんですよね。ゲーム理論は理論としてあるんですけど、その使い方と苦しみというのは、ゲーム理論それ自体の中にはないわけです。今までゲーム理論の教科書でそういったことは議論されていないように思います。

いろいろ困りましたが、まず、何を読者に伝えるかというところからして定まらなかったんです。モデルを立てるときにどんな苦しみがあるかとか、分析するときにどこを目指してやるかとか、これまで自分が(指導教員だった)伊藤秀史先生をはじめ多くの人にアドバイスしてもらって理解してきたことや、なんとなく勘でやってきた断片的なものをつないで言葉にしていかないといけない。

さらに、実はそれらをリストアップしたものを、浅古さんと図斎さんに投げたとき、一部の項目について、「これをここまでやるの?」とか「ここの考え方は研究者によっていろいろじゃない?」という反応が返ってきたわけです。

お二人との議論の中でなんとかまとまったんですが、すごく難しかった点は、書くべきことと、読んだ人に考えてもらうためにあえて言わない部分をどこで線引をするかです。浅古さんからいろいろとコメントをもらって、書く順番も変えたりしましたが、書く順番によって受ける印象が違うので、そこも注意するように言われました。なので、ちょっと怖いですね。最初の原稿をお読みになって、お二人はいかがでしたか。

図斎:「活かす」ことはゲーム理論そのものではないといっても、終章は活かし方のTips(ヒント)という形でいろいろ書いています。ゲーム理論の理論とは別に方法論を見せている。それが整理されているのは良かったし、経済学系の教科書だとあまりないものです。けれども他方で、他の社会科学、たとえば社会学なら調査法がどうとか、実地に行ったらこういうふうにしなさいという説明があるわけです。

今まで、社会科学全般で数理的な理論の活かし方の指南は不十分だったかもしれません。それをゲーム理論の教科書で初めて盛り込めたのはすごいことかなと思います。また、終章のフードバンクの例もわかりやすくて良かったですね。最近の学術論文から取ってきていますよね。

Prendergast, C.(2017)“How Food Banks Use Markets to Feed the Poor”, Journal of Economic Perspectives 31(4), pp. 145─162.  https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/jep.31.4.145

浅古:どうなるかわからない章でしたが、フードバンクの例が出た時点でどうにかなるだろうと思いました。制度の話ですし、モチベーションの部分が面白い。アカデミックなペーパーのスタート地点としてありうるモチベーションで、いろいろと展開できそうな内容です。

森谷:浅古さんは厳しかった(笑)。

浅古:終章に関しては図斎さんもけっこう言っていて、森谷さんも「いや、それは違うんだ」と反応しているシーンも多かった。私は政治への応用をやっていますが、この3人で重なる部分がちゃんと出ているなと感じています。伊藤秀史先生に原稿を送って、「よく書けています」というお言葉をいただいたとき、森谷さん、泣いたよね

森谷:泣いてはいないです(笑)。でも、手探りのなかで書いていたので指導教官だった伊藤先生にそういってもらって本当に本当に安心しました。伊藤先生に御礼を申し上げました。

浅古:ゲーム理論の純粋理論の先生方は設計図をつくるのに一生懸命やっていて、それは研究として価値あるんだけど、実際にほとんどの人たち、特に学部生にとっては、それを運転してみなければ話にならなくて、実際運転しながら、事故を起こしながら右往左往していく様を終章で描いているのはすごく良いと思います。

森谷:お二人が批判をしてくれて、合意点が見つけられたから、なんとか終章がまとまったところがあると思うんですね。共通点がなかったら最後の章は頓挫してしまったんじゃないかと思います。ページ数が多くなったから編集部の方のプレッシャーもあって、章全体をカットする危機にもさらされていましたし。

浅古:森谷さんが途中で諦めたがっていたところもありましたよね(笑)。

図斎:実際、共通点ということでもあるし、Tipsを見返しても、そんなに変なことを言っているわけではなくて、そりゃそうだよねという感じはあると思います。学生にレポートを書かせるとか卒論をやらせるとか、分析するために本当に使ってみるという点では、具体的にゲーム理論を使っているところを見せて、しかもそれを漠然と使うというよりも、こういう段階でこういうふうに考えて応用していくんですよ、ということが丁寧に一個一個Tipsという形で出ているので、ゲーム理論の教え方がけっこう変わるんじゃないかなと思います。あと、教えやすくなるんじゃないかな。そうであってほしいですね。

浅古:ぜひ最後の練習問題はチャレンジしてほしい。みんなでロジックを考えてみましょうというのはチャレンジしてほしいな。

図斎:このTips自体はゲーム理論として共通点があるというよりも、モデルを立てて分析する人、分析的な社会科学者全般が合意できるんじゃないかと思うんですよね。モデルに基づく社会の分析という観点でこの教科書を使ってもらってもいいのかなという気はすごいします。ゲーム理論というのは合理的選択理論寄りのほうであるけど、別に経済学とかゲーム理論そのものということでなくても、分析というときのなんらかのフレームワークとか解き方があったうえで当てはめるのが近代の社会の分析の仕方だと思うんです。それに基づく広い教科書ではあるのかな。ということで、この教科書は社会科学全般で使っていただきたいですね。

進化をふつうのゲーム理論の流れで教える

浅古:もう一つ本書の特徴が第4章で、普通のよくある教科書だと進化動学を話していないものが多いし、話していたとしても教科書の最後におまけみたいな、時間あったら話してね、とりあえずつけとくね、みたいなもので入っている。だけど、経済学って現実の状態は均衡にあると考えて分析するんだけど、現実的に考えたら均衡にない状態に社会があるという可能性も当然ある。じゃあ、われわれはどこに向かっているのか、今社会はどこに向かっているのか。そういうことを考えるうえでも、応用という意味で現実を見るうえでも、進化動学は意外と大事なんじゃないかと思っていました。

そこで、この本では進化動学を思い切ってナッシュ均衡の話の後、まだ標準形を習ったばかりのところで進化動学を入れて、そうすることで均衡の意味とか社会の状態をより適切に、より豊かに理解できるような仕立てになっていると思うんです。ここまできれいに書いてもらえると期待はしてなかったんですけど、進化動学の復権というか位置づけをちゃんとしよう、おまけじゃないんですよというところで、図斎さんに声をかけました。

図斎さん自身は、この第4章についてどう思いますか。

森谷:ちょっとその前に、私も浅古さんとまったく同じことを思っていて、その間に図斎さんに回答を考えてもらおうと思うんですけど、私も第4章はきれいだなと思って。つまり第2・3章のところでナッシュ均衡の話が出てきて、第2章のコーディネーションゲームでも複数均衡がでるし、第3章の混合戦略でも出る。その中で第4章の冒頭の事例はペイペイで、しかもペイペイの事例だったらペイペイが普及する均衡と普及しない均衡が同時に二つとも両方出てくる。じゃあ、こういう均衡が複数あるのが普通の進化をしないゲーム理論の一つの弱さのような気がしたんだけど、第4章があることでそれがうまく分析の俎上に乗せられている気がして。去年、この本の原稿を使って授業をやってみて、この流れが良いなーと感じました。図斎さんにお渡しします。

図斎:ありがとうございます。今までの入門レベルの教科書でも進化の話はなくはなかったんですけど、経済学界全体での受け止め方でもあるけど、「進化」ってダーウィン的な進化という意味が最初にあって、そうすると生物の生存淘汰みたいなアナロジーだったり、あるいは逆に進化ゲーム理論そのものというと微分方程式を使ったり、ちょっとややこしい均衡概念を使ったり、数理的にとても複雑な理論という印象があると思います。今までは、生物学的なアナロジーだとか複雑な数学を使うことによって、普通のゲーム理論とは違う解き方ですよ、そのうえで問題を解きましょうという捉え方だったんですね。そうすると、「いや、そんな複雑なことまでやらんでもええがな」とか、「進化っちゅうのは、ようわからん解き方だし、流行りでもなければ、じゃあ、やらなくていっかなー」みたいな感じになっちゃってたんです。

だから、第4章では変えてみたのですが、自分自身が勝手にこういう書き方をしたというよりも、浅古さんと私の師匠のBill Sandholmが進化ゲーム理論をこういう枠組みで捉え直していたので、それに基づいています。ちなみに、そのことはブックガイドでもあげた文献でまとめています[2]。

図斎大(2021)「追悼Bill Sandholm 先生:進化ゲーム理論の統一と新たな発展への布石」『経済セミナー』第722 号,53~59頁。

要するに、標準的なゲーム理論からかけ離れた新奇な解き方ではなくて、実は均衡というものをもう一回あらためて見直したうえでのわりと普通な考え方なんですよ、と。つまり、均衡にいきなりジャンプするのではなくて調整過程をちゃんと経済学者がふだん考えているように、それを数式なり明示的に書いてみたのが進化動学の今の考え方になっています。それを反映させてみたかったので、第4章をナッシュ均衡の流れで持ってくるのが自然だったのかなと思います。

あと副次的なことではあるんですけど、第4章の直前の第3章で混合戦略というのをやっています。混合戦略は第2章までの利得表を使ってナッシュ均衡を見つけましょうというところから計算しなきゃいけなくなってくるので、ちょっと数学のハードルが上がるんですよ。そこを第3章だと頑張ってはみたんですけど、なんでわざわざ数式を解かなきゃいけないんですか、そのご褒美はなんですかということに対して、「しゃあないよね、必要だよね」という話になると思うんですけど、そのあたりがなかなかつながりにくかった。

とりわけ混合戦略のところだと、最適反応のグラフというややこしいグラフを書かなきゃいけないんですよね。実は、それも混合戦略で均衡があるというのを理解しようという段階では使うんだけど、均衡をササッと求めましょうみたいなところだと不要になっちゃう。この本で第3章の中でも最適反応のグラフ抜きでササッと解くところも最終的には見せてはいますが。

そうすると、せっかく苦労してようわからんグラフを書いたんだけど、これなんだったのかという話になる。実は、そのグラフは進化動学の中でも最適反応動学というものを教えるんであればそこで活用できる、回収できるわけですね。また、そういった教え方をすることによってややこしい微分方程式なんか使わなくても動学的なプロセスを教えられる。なので、ちょうどきれいにはまっているのかなと思っております。

あと謝辞で書き忘れたので、ここで言っとかないと怒られそうな気がするのでいいですか。尾山大輔さんが私のサークルの先輩で、彼がサークルで進化動学を最初に教えてくれたんです。そのときに最適反応動学から始まったんですよ。やっぱり、こういう感じで微分方程式を使わなくても図で進化動学は勉強できる。そのフォークロア(民間伝承)的なものがここで反映できたかなとは思ってます。この解き方は教科書に反映されるのは世界で見ても初めてではあると思うけど、尾山さんは最適反応動学をきちんと定義した中の一人である松井先生の弟子だし、これはこの最適反応動学界隈の小さなコミュニティーの中では綿々と伝わっていることなんですよね。なので、変なやつが変なこと書いているというわけではないので。

浅古:変なやつがちゃんとしたことを書いている。

森谷:ふふふ(笑)。

図斎:わりと業界での今の捉え方を素直に反映させてみたという感じですかね。

浅古:特殊でマニアックな進化動学をちゃんと現実を理解できるステージに載せる。

図斎:それは、われわれが研究していく中で突っ込まれるわけですよね。進化ゲーム理論で論文を学術誌に投稿しても、ゲーム理論の中でも進化でない他の業界の人から「なんでその解き方するの」ということを突っ込まれるわけです。そういったやり取りを通じて教科書レベルでこういったことを啓蒙していかなきゃいけないなとは思っていました。

(③に続く)

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