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この頃上手く言葉が出てこない。語彙力を上げるため完成されたものじゃなくとも、あまり考え…

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この頃上手く言葉が出てこない。語彙力を上げるため完成されたものじゃなくとも、あまり考えずに書いていこうと思います。 まずは続けることを目標に。

最近の記事

いつも、いつも楽しい思い出で止まってる

そこからすすめない 両手で掻き分けて森を抜けても明るい空が広がってるなんてわからない こわいから、楽しかった思い出がつい先週だったかのように そこからすすめないでいる 10年経っても 私だけがその場に居る みんなはぐんぐんと前を行って 自転車で立ち漕ぎして前髪もぶわーって気にしてられないくらい どんどん前へ行ってて 私だけが楽しかった思い出にしがみついてる 周りはアップデートを繰り返して 最新式になってるのに 私はいつまでも旧タイプのiPhoneのようで 動作も鈍くてす

    • 世界に必要とされていない

      誰も私を必要としていない いてもいなくてもきっとおんなじ 誰かと話すたびにより強く思う なんの役にも立っていない これといった特徴もない どんどん薄れていく  きっとみんな優しいから 私に気付かせないようにしてくれていて 私は必要とされていない 世界に必要とされていない 小さな世界すら何も残らない だからせめて 私は私のこと必要としてあげよう

      • ありのままでいいよという呪い

        私は自分がありません 個性というものがあるのなら幼少期に形成されていなかったからでしょうか それすらわからない ただ自分がないのはハッキリわかります 自分というものが大切だと思っていないからかもしれません 自分をもつことってそんなに大事なことなんでしょうか 自分らしく、ありのままに、それは呪いです その言葉の呪いにどれだけ苦しめられたか 何かを持たなければスタートラインにも立てない その世間の雰囲気がどれだけ生きづらかったか 暗い場所からスポットライトを浴びた人達を見ているよ

        • 地上の人よ

          歳を重ね、客観的に自分も周りも捉えれるようになった。ある程度は。 若かりし頃は自己顕示なのか欲求不満なのか「わかってほしい!もっとあたしをわかってほしい!」ってぐちゃぐちゃになって上手く言葉にできずにいた感情も、今は少し離れた場所から見ていられる。 それで思うんだよね。 みんな、いやみんなじゃないかもしれないけど地上から話してる。 地面の上に立って話している。 その足を地につけた状態から、「こうあるべき」の話をしている。 スタートが違うんだー。 そもそも。 ある一定のライ

        いつも、いつも楽しい思い出で止まってる

          今やっと幸せだと気付いた

          クリスマス、年末年始、この季節になると思い出す子供の頃の記憶。 自分が当たり前だと過ごしてきた子ども時代は 一般的でなかったと、狭い世界から抜け出した大人になるとより強く感じる。 クリスマス、幼い私と妹はいつも2人で過ごしていた。 姉がいるがグレて仲間達と遊ぶためほとんど家にいない。 離婚し幼い女の子3人を引き取った父は 貧しい中、必死に休みなく働いていた クリスマス、それでも遅く帰る父が帰宅途中のスーパーで買ったであろう安物のケーキが毎年楽しみだった。 クリスマス、とい

          今やっと幸せだと気付いた

          わたしには何もない。何もないから何にでもなれる。

          わたしには何もない。何もないから何にでもなれる。

          永遠に明日は続かない

          文字を語る練習だと言いながら、こうして時間の開いてしまう自分の物臭さを呪いたい。 いつの時代も頭の中に浮かぶ答えを頭の中だけで消化してきたけれど、口に出せばあっと言う間に軽くなってもう見えない、空へ飛んでいく。 見上げたら曇り空。 頭の中の言葉達を丁寧に箱詰めにして相手にプレゼントができない。 わかりやすいよう組み立ててリボンを結ぶことができない。 伝えたいのはこんなんじゃないのに!って100万回生き返っても思うだろうな。 1を10に、それは嘘・大袈裟・紛らわしい、のではなく

          永遠に明日は続かない

          なにものにもなれない

          その言葉が空気の縄となり私の首をナンジュウネンも締めつける。 あなたはあなたなのだから、あなたという人はこの世に1人しかいないのだから、あなたはかけがえのないたったひとりの存在なのだから。 いや、だから? それが辛いんだよ。 産まれて育って物心が付いて、常識や非常識を知り空気を読み諦め嘆き苦しみ… 私と言う人間は何者にもなれない。 なりたい。けどなれない。 才能もない、容姿も底辺お金もそんなない。 なんにもない。何にもなれない。 なにものかになれたなら、どんなに楽だ

          なにものにもなれない

          哀しみよこんにちは、いやこんにちはしたくねぇし

          私は中途半端な人間で、これといった才能もなく全てのことでやる気もなくどうにか怠けられないかとばかり考えている自分に激甘人間です。 そういう人たちのことを簡単にわかりやすく言うと「クズ」であり、私は昔からその「クズ」でありながら周囲にはクズと悟られたくないがゆえの頑張ってる努力アピールはするというクズにもならないクス、みたいな人間でした。 自己肯定感も低く褒められるのも慣れてないのでそんな時どんな顔したらいいかわからないの、みたいな顔になってます。綾波レイなら誰もが許してくれる

          哀しみよこんにちは、いやこんにちはしたくねぇし

          自慢出来ることってなぁに?

          昨夜子供に尋ねられた。 「母ちゃんのこれは自慢できる特技ってなぁに?」と。 考えた。考えに考えた。 なんだろう、なにもないや。 勉強も出来ないし、料理は好きだけど特別上手なわけでもない、スポーツも特に…仕事だって特に… 私、なんもないや。 思い返せば何も特徴のない子供時代だったし、体だけ成長しても中身は空っぽ。 軽い軽い浮くくらい軽い。 特質して自慢出来るものも胸を張れるような人生も過ごしてない。 そう答えて「あはははは」 と私が笑ったら 「そんなことない。母ちゃんは立

          自慢出来ることってなぁに?

          この頃の僕ら

          そんなタイトルだけど40を過ぎた女性です。 でもこの頃昔のように言葉が出てこない。 表現力や語彙力もない。頭の回転が確実に衰えているのを感じます。 物忘れも多い。1日何回「あれ、スマホどこやったっけ??」って言ってんだろ。 自分の頭の中にあるものを言葉という力を借りて相手に伝わるよう表現する。 これがまぁ出来なくなった。 「すごいんです」「こわいんです」「やばいです」 こんなんしか出てこない。 これって「やばいんです」だよね。 だからやっぱり書くことにする。 拙くてもいいや、

          この頃の僕ら

          スターティングベンチ

          いつも、ベンチ。 スポーツ少年団、通称スポ少に入ってから息子はいつもベンチだった。 小学生のサッカーは9人。10人しかいない弱小のサッカーチーム。 息子の定位置はベンチだった。 それは上の学年へ上がっても変わらなかった。同学年のチームメイトは3人。 下の子たちがスタメンで出場している中、いつもベンチから彼は何を想って見ていたのか。 私はサッカーをよく知らない。サッカーというかスポーツにあまり興味がない人生だった。ルールもよくわからない。 けれど息子がサッカーをやりたいと言っ

          スターティングベンチ

          ああそろそろバカになってきた。

          私は勉強ができない。 小学生の息子の宿題もまともに教えれられないし、学生の頃を思い出しても怠けてばかりで勉強なんて大嫌いだった。 けど本は好きだった。小説も漫画も雑誌も写真集も、触れるのが好きだった。 読んで本の中に入り込んでしまえさえすればその時だけでも現実の嫌なことを忘れれるし。 大人になり、本を読む時間が減った。 現実が楽しくなったからではない、パリピになったわけでもない、やらなきゃならないことやのしかかるストレスが大きくて余裕が持てないのもあるし、単純に結婚した相

          ああそろそろバカになってきた。

          書こうと思っても忘れてしまう。

          書こうと思っても忘れてしまう。

          誰かのために生きる

          「自分のために、自分の人生を生きなさい」 ドラマや小説でよく出てくる台詞だ。 今まで誰かの顔色を伺って誰かに褒められるために行動していた主人公へ喝を入れたりする場面なんかでよく出てくるあの台詞だ。 友人との呑みの席で、「あなたはあなたの人生を生きなきゃ。あなたのために」なんて言ったもんなら言われた方はこの人はなんてあたしのことを考えてくれているのだろうと涙でも流すのだろうか。 一度だけの人生だもん、楽しまなきゃ!なんてのは、「楽しめる人生」に片足を突っ込んでいる人が言う台詞だ

          誰かのために生きる

          今日の空は青い。 目の前に広がる雲がカニバリズムに観えた。

          今日の空は青い。 目の前に広がる雲がカニバリズムに観えた。