刻のむこう 18

   12

 夕刻の気配が色濃く空気を染める頃。隆太郎はこちらもまた、外で動いている同じ部署のものと新幹線の到着駅で落ち合った。機動性を重視し、今度もまたバイクを届けてもらっていたのだ。そのバイクに跨り一路、有栖川の屋敷を目指す。
 丁度帰宅ラッシュの時間帯に鉢合わせた事もあり道路は何処も渋滞していたが、そこはバイクの利点。僅かな車間を縫うように抜け、さほどの時間も要さず隆太郎は有栖川の屋敷に到着した。バイクのまま門をくぐり、玄関前に乗りつける。すぐに有栖川の運転手を勤める壮年の男が近付いてきた。
「影爿の方でしょうか?」
 エンジンを切り、ヘルメットを脱いだ隆太郎は真っ直ぐに男と目を合わせ頷いた。
「はい、巫と申します。取次ぎお願いいたします」
 告げた隆太郎に頷き返し、男はすぐに屋敷の中へと向かう。その背を見送り、隆太郎はヘルメットの中にバイク用のグローブを放り込む一度大きく伸びをし、周囲の気配を探る。しかし現時点において隆太郎の意識に引っ掛かる気配は無い。そこへ先程の運転手の男が戻ってきた。
「主人がお待ちです。中へお入りください」
「ありがとうございます」
 男に促され、隆太郎が玄関に足を向ける。玄関のドアが開けられた。ドアの前で一度立ち止まり、隆太郎は運転手の男に一礼する。玄関の中に踏み込むと、すぐに有栖川が姿を現し隆太郎と真っ直ぐに視線を合わせた。
「遠路申し訳ない」
 告げた有栖川に笑みを返し、隆太郎は礼を取り言葉を唇に乗せた。
「いえ、遅くなりまして申し訳ありません。今は少しでも時間が惜しいですから、すぐに作業に入らせていただきたく思います」
「好きに使ってくれ。必要なものがあればすぐに手配しよう」
「ありがとうございます」
 有栖川の申し出に素直に頷き返し、隆太郎は有栖川の秘書である男に先導され逢坂のあてがわれている部屋に向かった。長い廊下を辿りながら、隆太郎は改めて周囲の気配を探る。移動中絶えず逢坂の思考に意識を沿わせていたが、取り立てて妙な動きは今も無い。
 現状を再確認し、案内された部屋のドアの前に立った。有栖川の秘書に一礼し、男が踵を返すのを視界の端に確認する。ノックをし、逢坂からの返答を待たずに中に入った。
「逢坂さん、来たよ」
 後ろ手にドアを閉め、隆太郎はソファセットから立ち上がった逢坂と視線を合わせる。大股に逢坂の元に歩み寄り、隆太郎は床の上に無造作に荷物を投げ出した。上着を脱ぎ、ソファに投げ出す。
「巫殿………。わざわざ呼びつけて申し訳ありません」
 苦笑を浮かべる逢坂に、隆太郎は真剣そのものの目で笑ってみせた。
「全然! 呼んでもらえて良かったかも知れないし」
 笑みをみせ、逢坂の向かいのソファに座り早速本題を切り出した。
「報告読ませてもらったけど、いきなり動き出しそうな感じだね」
 隆太郎の言葉に頷き返し、逢坂は言葉を選ぶような間を挟み慎重に口を開いた。
「そうですね。今この時点で昨日まで時間帯問わずあった動きが無い、というのが私には逆に決行の準備を整えているようにも思えますね」
 頷き返し、隆太郎はそれまで届けられていた報告の内容を思い返す。実質的な損害は無いものの、小さな干渉は頻繁に行われていた。いずれの干渉も、標的である桐生と沙千に対して自らの存在を主張している程度のものであったが、今日になりそれが一切無くなった。

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