刻のむこう 25

   18

 隆太郎が新幹線の座席に落ち着いた頃。
 そこはどこにでもあるような、区画整理された住宅街。似たような作りの家が立ち並ぶその一角に、有栖川の屋敷で隆太郎が鉢合わせた者達より、明らかに実力も経験も積んだ者が四名。一軒の家の周囲に集まっていた。
 彼らの視線の先にあるのは殺伐とした雰囲気とはかけ離れた、穏やかな家族の団欒を滲ませる温かな家。道路に面した塀に掛かる表札には、玉条(ぎょくじょう)と書かれていた。
「ここで間違いないのだな?」
 男が低い声で問う。それに頷き返したのは男にしては線が細く、女にしては鍛えられた体のシルエット。
「ああ。この家の子供だ」
 酷薄な笑みを唇に浮かべ、他の二人が頷き返す。はじめに問いを投げた男が顎で他三名を促した。それを合図に、その者達は夜の闇に紛れて動きだした。

   19

 リビングの床に直接座り、ソファに背を預ける格好でホットミルクの入ったマグカップを抱える少年が不意に庭を振り返った。
「凪? どうかした?」
 凪と呼ばれた少年は小さく首を傾げ、母、亜早乃(あさの)を振り返る。穏やかな笑みを浮かべる亜早乃を確認し、再び首を傾げると不思議そうな表情を浮かべ庭を振り返った。
「今、誰か外にいたような気がしたんだ」
「お隣の猫じゃないかしら? よくうちの庭に遊びに来ているから」
 凪の言葉に亜早乃は笑う。その言葉にどこか納得のいかない表情を浮かべた凪は、マグカップをローテーブルに置くと窓に歩み寄った。カーテンを引き開け夜の色に染まる庭に視線を投げる。
「誰かいた?」
 穏やかな亜早乃の声に振り返り、凪は笑み返した。緩くかぶりを振り元のようにカーテンを閉める。首を傾げカーテンから手を離した。
「僕の気の所為だったのかな?」
 元の位置に戻り再びマグカップを取り上げると、凪はゆっくりと一口飲んだ。視線をテレビ画面へと戻し更に一口飲む。ホットミルクの温かさが体にそっと広がり心地良い。しかし凪は、まだどこか納得できない表情でマグカップをローテーブルに戻した。
「どうかしたのか?」
 風呂上りの父、恭弘が顔を出した。廊下まで二人の会話が聞こえていたのか、不思議そうな顔で凪に視線を向ける。髪を拭いていたタオルを外し、首にかけた。
「外に誰かいたような気がしたんだけど………。でも誰もいなかったんだ」
 未だ不思議そうに首を傾げる凪の傍らに歩み寄り、恭弘は声を上げて笑う。薄く不満を滲ませた顔で凪が恭弘を振り返った。しかし恭弘はローテーブルに置かれた新聞を取り上げ、ソファに深く座り言葉を続けた。
「そうか、凪は勘が良いからな。猫が散歩に通ったのを人間だと思ったのかも知れないぞ?」
 笑う恭弘に、首を傾げていた凪はようやく納得の表情を浮かべた。
「そうだね。僕の勘ちが………」
 凪の言葉の途中で、不意に家中の電気が消えた。続け損なった言葉が、凪の口の中で行き場をなくし漂う。咄嗟に凪は傍らの恭弘の膝に手を伸ばし摑まった。
「大丈夫だ。ブレーカーが落ちただけだろう? 母さんとここにいなさい」
 凪の髪を撫で、穏やかに告げると恭弘は亜早乃を手招き凪と手を繋がせた。亜早乃と繋いだ手に、凪は僅か力を込める。唐突に彼の目の前に現れた夜の色は、唐突であったが為か言いようの無い不安を凪の意識に落とした。その不安を振り払おうと、凪は亜早乃の手をしっかりと握る。
「大丈夫よ。すぐにお父さんが電気を点けてくれるから」

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