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【君もまた、青春】第二十四話「私は、またも騙された」

第二十四話「私は、またも騙された」

 早々に集合場所だった生徒会室に到着すると、すでに生徒会の面々は揃っていた。
「あら、遅刻魔の桃香さんにしてはお早いじゃない」
堂園会長はパソコンから目を離さずにぶっきらぼうな口調でそう話しかけていた。
「遅刻ギリギリだけど、遅刻をしたことはありません~」
私は得意げに頷いた。
「さあ、みんな開始に向けて最後の打ち合わせと行こう!」
神崎副会長の優しく心強い号令で私たちは作業に入った。朝で頭がボケっとしている感覚と、生徒会室に入る朝の木漏れ日、あわただしい手元。やっぱり青春ってこういう瞬間のことだよね。なんか「けいおん」のシーンを思い出すなあ。
その中で私はとあることを思い出した。
「そういえば会長。今日の文化祭の開会スピーチの原稿を確認してもいいですか? 見ながらとは言っても確認はちゃんとしておきたいので」
すると周りの作業の音がすっと静かになった。え、なんで?
「え? どうして会長が当日まで原稿の内容知らないの?」
久保君がその言葉で沈黙を破った。私も思わず反応して発言してしまう。
「あ、でも、だって会長が原稿は私が全部私が考えるから気にしないでって言ったんですもん!」
会長は不意にキーボードをたたくのやめ、私の方をじっと見つめてきた。
「あら、そういえば桃香さんに朗報があったのを忘れていましたわ。そう、それは今朝、私が丹精込めて作り上げた原稿をゴミと間違えて家族に捨てられてしまっていたの。だから桃香さん、なんとラッキーなことに今から自分でスピーチを考えていいわ! さらに私のミスに免じて内容は不問とします」
会長は終始真顔かつ平坦なトーンでそう語っていた。
「も~~~~、何が朗報なんですか~~~~~」
「だってゴミと間違えられるレベルの原稿だったのよ。そんなゴミを人前で読ませられなかったことに感謝しなさい」
「も~~~、誰に感謝しろっていうんですか~~。あと一時間切ってるじゃないですか~~」
きっとこの部屋にいる全員がわかっていたことだろう。会長は原稿なんて書く気すらなかったことを。橋向桃香は会長に再びはめられたことを。だからこそ、その後のみんなには全く動揺がなかった。私を除いて。
「桃香さん、内容は不問にすると言ったはずよ。つまりは私はあなたの理性を信頼しているということ。だからあなたが今感じるものをただうまい感じに表現すればいいの。最後に『ここに文化祭の始まりを宣言します』とでもつけてくれれば、うまくいくはずよ。さあ、みなさんそろそろ体育館の方へ移動しましょうか」
私の返事も待たずに、会長は威勢よく端を発し、みんなも続々とカバンをまとめた。でもそんな私には今悩んでいる暇がなかった。
 
 「皆さん、静粛に。これより第七十回桜下高校文化祭の開会式を開始します」
 司会の久保君のマイクとともに、舞台の幕がゆっくりと開いた。舞台の袖口から覗いていた私からも全校生徒、先生の全てがここに集結しているってことがよく分かった。私のクラスがどこにいるかもよくわからない。ただ今の私には、開会宣言スピーチのことで頭がいっぱいだった。頭の中にも手元にも原稿がない、こんな不安なスピーチは初めてだ。緊張というよりこの危機を突破する方向に思考が向かっていた。
「考えるんだ橋向~思考を熟成させろ~答えは自分の中にあるぞ~」
「なに変な独り言を言っているのw 意外と緊張してなさそうでよかった!」
「ついつい口が滑ったのだよ、由菜ちゃん。お化け屋敷で声を上げるのと同じ原理よ」
「ますます安心したよ~、ほんと桃香ちゃんのそういうところ尊敬しちゃう」
「『尊敬』の四文字の代わりに、四文字でも原稿が欲しいくらいよ、とほほ…」
「あはは、そういうものよね! 私もこれから仕事あるから舞台裏から応援してるよ! また後でね!」
そう言い残して、彼女は真暗に近い舞台裏を遠くの方へ走って行ってしまった。それと同時に緊張感も高まる。
舞台では校長先生がいつもの長話をかましている。あの話の次が私の番だ。オムニバスで人の話聞くのって正直生徒たちもきついよね、しかも校長先生と屑な私の二本立てなんて、同情するよ。でも、文化祭の準備でこの子たちよりも頑張ったのは確かに私なんだ。私には文化祭実行委員長として彼らの前で発言する権利があるんだ!
 そろそろと拍手の音が聞こえてきた。校長先生が汗を拭きながら戻ってきた。いよいよだ。
「それでは次に開会宣言に移ります。文化祭実行委員長の橋向桃香さんよろしくお願いします!」
私は舞台袖から飛び出した。何も持たずに、何も考えずに。(完)

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