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【君もまた、青春】第二十三話「私は、昨日を取り戻さない」

第二十三話「私は、昨日を取り戻さない」

 この日の文化祭準備作業は滞りなく達成された。外壁の塗装は半分以上終わり、衣装、メクのリハもほぼ完成していた。向井地だけは一人でずっと私たちの当日のシフトを組んでいたそうだ。なんだかんだ向井地が一番の功労者ってことになるのかな? 向井地が急ピッチで進めたおかげで、当日のリスクマネジメントとかリハーサルに十分に時間がさけそう。おそらくその辺もちゃんと計算してるんだろうけど。まったく孔明の片隅にも置けない。
 空もすっかり暗くなっていた。あっという間に完全下校の時間が迫っていた。向井地は今日の作業が済んだ人たちから随時下校させてた(先生か!)から、私も一人ぼっちで廊下を歩いていた。でも下駄箱についたとき、久しぶりに土屋凛子遭遇した。
「おお、ハシムー。今帰り? 一緒に帰る?」
「うん! 桃香、リンゴと帰るー!」
「まったく幼稚なしゃべり方しちゃって…。全く可愛いなあんたは」
末広夕夏は最高に可愛い彼女だけど、土屋凛子は最高にかっこいい彼氏だよ、私にとっては。私もまったく罪な女だわ、とほほ…。
 そうして私たちは自転車を引きながら学校を出た。
「ハシムー、あんたのクラスはどうよ? 順調?」
私は「よし来た!」という気持ちを表情からに匂わせた。
「うん順調祭りだよ。例の『あいつ』ののおかげでね?」
「『あいつ』って誰? 私の知ってる人?」
「よ~く知ってる人じゃ~ん。『む』から始まる人でしょ?」
「もしかしてあんた?」
「違うよ! リンゴの中では向井地に決まってるはずじゃん! あっ…」
凛子はちょっと怒った顔をして立ち止まった。さすがに嫌だった感じかな?
でも彼女は体内の空気を完全に入れ替えたかのように前を向き直り、再び進み始めた。
「確かにあいつって言ったら向井地のことだよね。ごめんぼけてたわ。彼って案外天才肌なんだね。クラスに救世主がいるなんて羨ましいよ~」
「う、うん。そうなんだよ~。うちはラッキーなクラスだったわ」
この話題に触れるのはなかなか感度が難しい。
そんなこんなで私たちは立ち別れた。
 実は私は凛子とは小学校以来の仲だけど、彼女と俗にいう「恋バナ」というものをほぼしたことがない。彼女との会話の中でも積極的に避けられてきた。しかも彼女には好きな人がいる噂すらいままで存在していない。めちゃくちゃモテてたけど…。もっと言えば私は凛子の泣き顔すら見たことがない、こんなに長い付き合いなのに…。私たちって本当は薄っぺらい関係なのかな?なんてよく考えたりもするんだよね。まあ今悩んでもしょうがないんだけど…。
 
 「ピコピコ、ピコピコ、ピコピコ・・・・・・・・・」
朝からバカでかい機械音の目覚まし時計で布団から起きると、時刻は午前五時三十分。ちなみに今日は文化祭一日目の朝だよ。昨日は最後の実行委員会とクラスの仕事を半々くらいして、どっちもいい感じで終われた。そして今日はある意味、実行委員会にとっては一番の正念場だ。文化祭一日目は午前中に部活動や生徒個人による舞台パフォーマンスが催される。そして午後からの時間は、すべて二日目に向けた最終準備に充てられるというわけだ。
 一般生徒は今日体育館に午前八時半までに集まる予定で、私たち実行委員会は七時に集合してリハーサルを行う。朝から大変だぜ。
部屋を出ると、母だけは私の早番に合わせて朝ごはんとお弁当を作ってくれていた。こういう時に感謝って気持ちが湧いてくるよね。センクウ、マム!
家を出ると私は由菜ちゃんの家へ向かった。彼女と待ち合わせをしていたからだ。地味に特別な日の待ち合わせほど、わくわくするものはないよね!
五分くらい漕ぐと、由菜ちゃんは彼女の家の前ですでに私を待っているのが見えた。
「おっはよう~!ゆなちゃん~。今日も君キャワいいね!」
「あ、あははは。桃香ちゃん、おはよう~。行こっか!」
二人は自転車をこぎだした。
「極限を極める私にとっては余りにも時間に余裕がありすぎて逆に違和感する~」
「桃香ちゃん、そのうち事故起こしちゃうから気を付けたほうがいいよ~」
「肝に銘じます」
「それより私の今日一番の見どころは、何といっても桃香ちゃんの開会スピーチだよ~」
「いや、そこは由菜ちゃんの吹奏楽部の発表っていいなよ~。私の話なんて期待するだけ無駄無駄~」
「今日のは定演の一つでしかないし、玄人も少ないから全然緊張しないもん~。だから桃香ちゃんの感動的なスピーチだけに集中してるね!」
「私もそんなプロフェッショナルみたいのこと人生で一度は言ってみたいわ」
あっという間に学校の正門が見えてきた。いよいよ私の文化祭が始まるんだ。ていうか、なんで由菜ちゃんは私のスピーチが感動する前提なわけ?(完)

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