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ソングレビュー「渚のバカンス」あるいは Future Funk としての『十三機兵防衛圏』

十三機兵防衛圏』。「じゅうさんきへいぼうえいけん」と読むこのゲームはヴァニラウェアが開発、アトラスから昨年 11 月 28 日に発売されたPlayStation 4 用ゲームソフトだ。

13人の主人公それぞれの視点で群像劇を描くシナリオ。それをプレイヤーそれぞれが好きな順序で進めるという正気を疑うシステム。PS4 の時代に耐える美麗な 2D アートワーク、快適なUI。これらについては多くの人が既に注目しているので、そちらを読んでいただきたい。そして買うべし。

さて、では『十三機兵防衛圏』はシナリオ/システムなどが良いというだけの作品なのか。そうではないという話を書いていこうと思う。ここで取り上げたいのは、ゲームを彩るノスタルジア。特に舞台となる年代だ。

SF 作品である『十三機兵防衛圏』では、終戦間際から近未来まで様々な年代が舞台として登場する。主人公たちはタイムトラベルし、行く先々で世界の崩壊を目の当たりにし立ち向かう。

そんな彼らの物語でも多くを使って描写され、最終決戦の舞台となるのが 1985 年だ。作中では様々な年代が舞台となる理由について語られるシーンもあるが、それは 1985 年が中心に位置する必然的な理由ではない。シナリオ上だけで考えるなら 1985 年はたまたまゲームの舞台に選ばれた。重要なのは、かの年代が我々プレイヤーに与えるノスタルジアだ。

『十三機兵防衛圏』では散りばめられた数々の要素が我々をノスタルジアへ誘う。登場する設定は真新しいものではない。だからこそ、その真新しくなさが効果的に働く。横視点の 2D ベルトコンベアライクなゲーム画面も、美麗な背景美術も。木造旧校舎に指す西日も、怪獣が街へ襲い来る目的も、野球中継延長によるビデオの 3 倍録画の失敗も。ゲーム機目当てで訪れる友人宅も、下校中の商店街での買い食いも、包帯に身を包んだ謎の美少女も。何もかも、みな懐かしい。

1985 年という年代は『十三機兵防衛圏』のもたらすノスタルジアの大きな土台だ。それは他の要素と混ざり合い、豊かな大衆消費社会へのものに留まらず詳細不明のいつか、あの頃への憧憬という感情を我々にもたらす。私は 1985 年を知らないし、買い食いをする女子高生だった経験はない。それでもそれらの情景は、私に懐かしさを覚えさせるのに十分だった。

特に重要なのが登場人物の 1 人、因幡深雪である。彼女はゲームの舞台である 1985 年の明日葉市に彗星のごとく登場した新人アイドルだ。高い歌唱力でお茶の間に多くのファンを獲得し、高校生たちは彼女のデビュー曲「渚のバカンス」を買い求めてハシゴする。

因幡深雪は物語においても鍵を握る人物だが、ゲームの演出でも大きな役割を果たす。「渚のバカンス」は一部のステージでの戦闘でも BGM として採用されている。この楽曲は 1985 年当時のテイストを上手く再現しており(1985 年のテイストを再現しようという営み自体が)面白いものであるが、ここで注目したいのはこの楽曲の使われ方、その演出が我々にもたらす印象だ。ゲームのシステムやシナリオ、これまで述べてきたノスタルジア(それはもちろん「渚のバカンス」にも含まれている)が合わさり、我々に不思議な感覚をもたらす。それはなんというか……Future Funk っぽいのだ。

Future Funk は 80 年代の邦楽を 2010 年代風にアップデートしたダンスミュージックだ。『十三機兵防衛圏』は ADV である。ゲームのプレイ体験が音楽を聞く経験と似ているとはどういうことか。

ユリイカ 2019年12月号 特集=Vaporwave』に掲載の難波優輝氏による「Future Funk とアニメーション ふたつの夢の分析」という論考がある。彼は以下の MV を具体的な作品として挙げ、次のような分析を試みている。

FFはループする。映像は過去のシーンにとどまり、進まない。音楽は、まぶしく憧れに満ちたポップスの響き渡った時代を繰り返す。わたしたちは、一瞬ノスタルジアへと踏み入れる。FFのビートは前進する。力強いバスドラムがわたしたちを前方へと引っ張る。わたしたちは、過去へ憧憬と、私達が存在する現在に気づく。過去と現在が同時にここで響く。それにより、人は過去に沈み込めず、現在の一瞬に浸りきれないという、独特の「時間の宙吊り」とも呼べる経験がもたらされている。
ユリイカ 2019年12月号 特集=Vaporwave』「Future Funk とアニメーション ふたつの夢の分析」p207-208

『十三機兵防衛圏』において、プレイヤーは主人公たちと共に「追想編」で謎を追う。ある場面を違う登場人物の視点から何度か目撃する、あるいはループする。n 回目とほとんど同じ、しかし n 回目でなく n+1 回目、n+2 回目のループであると我々は知っている。そこでは美麗な背景や当時のガジェットたちがノスタルジアへと私達を誘う。そしてその中心にあるのは 80 年代アイドルソングを模した「渚のバカンス」である。

一方、彼らにとっての現在を描く「崩壊編」において我々はプレイヤーとしてゲームをエンディングに導く。彼らは機兵を駆り、崩壊に立ち向かう。一部のステージでは「渚のバカンス」の 1 分半が BGM としてループする。80 年代アイドルソング風のサウンドに機兵の戦闘音が合わさる。ループを終わらせるのは我々だ。

ここにおいて「渚のバカンス」は 80 年代アイドルソング風の楽曲として響かない。楽曲の響きにあるのはノスタルジアだけだが、我々は自ら前方へ進むことで「時間の宙吊り」を経験する。『十三機兵防衛圏』をプレイすること自体が Future Funk と同じような経験をもたらす。設定からすれば不思議なことに登場人物が日本人だけなのも、主人公たちを最終決戦に導く(前方へと引っ張る)存在が非常に 2010 年代的な姿・言葉の選び方をするのも、その印象をより強める。

作中では何が人類を人類足らしめるのかについて語られる場面がある。それは文化の継承だという。そもそも『十三機兵防衛圏』の設定を考えれば、この楽曲や作品自体もただの 80 年代アイドルソング、ただの 1985 年を舞台にした作品ではない。多くの要素をノスタルジアが彩る一方で、それを継承し前に進むロマンと意気込みを感じられる作品だ。

記事サムネイルは YouTube 動画『十三機兵防衛圏』BGM試聴動画「渚のバカンス」より

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