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9月11日


20年前、
ボーっと、テレビを見ていたら、
現実とは思えない衝撃ニュースが繰り返された。

余りの衝撃に驚いたけれど、
私には対岸の火事で、
テロで売れなくなった、ローマ行きの格安ツアーを10万で買い、
旅行客のいない、ローマ、フィレンツェを楽しんだ。

そして昨日は、
災害に関連してなのか、原発事故 F1で何があったかを、
放送していた。
もう、10年経ち、どこか遠い記憶だったけど、
見ていたら涙が出てきた。
「あの時、私は、辛かったんだ。」
と、他人事みたいに思った。
避難する車の、真っ赤なテールランプは、王蟲の怒りにしか見えなかった。



そう言えば、

「あの日、パチンコしていたらすごく揺れたんだ。
だけど、そんな時に限ってフィーバーして…。
外に出たら、雪が降ってたんだよ。」
と、陽さんが言っていた。

パチンコ屋を見るたび、陽さんはその話をする。

別に、悲しいとか、辛いとか思うわけじゃない。
「あの日、3月なのに雪が降った。」
それだけで、共通する記憶が蘇るだけだ。

陽さんは、
9歳でサーカスに売られた。

売られた?

始めは、何を言っているのか分からなくて、
「売られた」
と言う言葉が、浮かんでは消えるを繰り返した。


陽さんは、戦後まもなく生まれた。

お父さんは戦死して帰って来なかった。
お母さんは、陽さんを一人で育てていたけれど、
男の人が出来て、陽さんをサーカスに売ったのだ。

子供を売るって…。


よく考えれば、離婚率が上がって、
再婚、もしくは誰かと付き合いだして、
連れ子が虐待される…なんて、今でもある話だ。
戦争があってもなくても、そんな事は起きるのだ。
何かがあったから…なんて言い訳で、
結局、その人がどうしたいかなんだ。
胸をエグラレルような事は、どの時代でも起きる。
しかも、トリガーを引いたのは、人間だ。


「サーカスに売られて、100人もいる団体生活だ。
利口なふりなんかしたらダメなんだよ。
私は、何も知りません…て、してないと。」
と、陽さんは言う。

それは私が最も苦手なところだ。

相手を馬鹿にしてるわけじゃない。
私はこんなに知っているって、自慢したいわけじゃない。
私はここまで知っている。
…その先を、教えて。
…もしくは、その先を考えましょう。
そう思っているだけだ。

今の環境は、そう言う私を許してはくれない。
目障りに感じて、小さなミスをあげつらうか、
ミスをでっち上げる。
まるで泥沼だ。
陽さんの言うように、馬鹿にならないと。

でも、出来なかった。
戦々恐々として生きているしかない。

だから決めたんだ。
出過ぎた杭になろうって。
それでダメなら、今の職場とはおさらばだ。


「9歳で売られたから、引き算足し算は出来るけど、
掛け算や割り算は出来ない。いくらやっても分かんないんだ。
でも、あきちゃんが、諦めたらダメだって、
私に問題出してくれるんだよ。」
近所のあきちゃんだ。
問題出す前に、解き方、教えてるのかな?
まぁ、解ける事が問題じゃない。
76歳でも努力する事と、
そうやって、あきちゃんが関わってくれる事が大事なんだから。

そう話しながら、
陽さんは、指のササクレをいじっていた。
「陽さん。それ痛いでしょう?」
「痛くない〜。」
「クリームとか持ってないの?」
「持ってないよ。クリームなんか使った事ないもの。
顔だって、体だって、何にも塗ってないよ。」

見るからにササクレだらけの指は痛そうだった。
陽さんは私にお駄賃だよって、いつも飴をくれる。
…お駄賃貰う歳じゃないのに。
私にくれる飴より、クリーム買えばいいのに。

あきちゃんが算数教えるなら、
私は陽さんの指にクリームを塗ろう。
イヤって言っても、塗ってやるんだ。
口の悪い陽さんに悪態つかれても、笑ってやり過ごして、
クリーム塗るんだ。


胸をエグルヨウナ何かが起こる事が問題じゃない。
自分がどうしたいか…なんだ。

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