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食いしん坊

買い物カゴに野菜を次々入れて、
玄米のコーナーに辿り着く。

「ミルキークィーン2kg、3分搗きで下さい。」
「はい。袋はありますか?」
「この袋に…。」
「出来上がったらお呼びしますので、
この番号札をお持ちになって下さい。」

この店員さん、言葉は丁寧だが、
「このお米、無農薬ですか?」と聞いても、
「3分搗きだと水加減はどの位ですか?」と聞いても、
答えは必ず
「さあ?」
と、詳しい事を尋ねると返事が返って来たことがない。
ずっと前、
「全粒粉の小麦粉が欲しいんですが、
手に入りますか?」
と聞いたら、
「向こうの棚になければありません。」
と、けんもほろろ。
産直所で、地元の小麦粉屋さんが出入りしているから、
何かしら手がかりを探していたのだが、諦めた。

「全粒粉のスコーン、きっと美味しいのにな〜。」
そんな想像をしていると、
「すいません。」
と、後ろから呼び止められた。
見ると、自分より少し年上の女の人で見覚えはなかった。
「すいません。先程、お米を3分搗きで頼んでましたよね?」
「はい…。」
「美味しいの?」
「美味しいと思いますけど…。」
「玄米じゃないのね?」
「無農薬か分からないし…。玄米、食べられてるんですか?」
「食べてないんだけど、3分って珍しかったから。」
「私も良くは知らないんです。」
と、少し笑って誤魔化した。誤魔化しながら乾物ブースへ移動した。
その人も、一緒に乾物ブースへやって来た。
無視して、いつもの青大豆を2袋カゴに入れる。
「青大豆って、面倒くさくない?」
この人って、何が知りたいんだろう?…そう思いながら、
他の乾物も眺めた。
「私も大豆は体にいいと思うんだけど…。」
「あ、さっきの3分搗きのお米と炊くんですよ。
だから、そう面倒でもないです。」
「固くないの?」
「3時間くらい水に浸して、土鍋で炊くんです。」
なんで答える必要があるのか疑問だけれど、
元々警戒心が低くて、ついつい答えてしまう。
そんな自分に呆れもする。
「土鍋?」
「多分、炊飯器でも行けますよ。」
何が知りたいんだ?そう思いながら、見るとはなしにカゴを覗くと、
5本入りの胡瓜が入っているだけだった。
胡瓜を見ても、サッパリその人が何を知りたいのか分からない。
暇潰しなのだろうか?
そうかも知れない…。

大豆も買ったし、果物ブースへ移動した。
その人は、知り合いの様に果物ブースへついて来た。
5月が過ぎるとカラマンダリンは終わってしまって、
何を買うか悩んだ。
カラマンダリンは、お弁当に持って行っても、
蜜柑みたいに剥いて食べられて便利だった。
キュウイが美味しそうだった。
「これからはキュウイだな。」
と、思った。
キュウイは剥かずに半分に切ってお弁当に持っていけば、
スプーンですくって食べられる。
「健康志向なの?」
その人が聞いてくる。
「どうでしょう。」
「体に良さそうな物を選んでる。」
「よく分からないです。」
本当に分からないのだ。
体に良いものって、本当にいいのだろうか?
食品添加物って本当に悪いのだろうか?
農薬は虫さえ殺すのだから、人間だって殺せる気はする。
「3分搗きの米と大豆って、
2種類の違った甘さがあって美味しいんですよ。
噛めば噛むほど甘さが増して…。
果物は、お弁当に持って行くんですけど、
仕事は疲れるみたいで、ビタミンが欲しくなるんです。
ただそれだけなんですが…。」
つい喋り尽くしてしまった。

3分搗きご飯を食べて思ったのが、
江戸の人がどうして白米を食べ出したのか不思議だ
…と言う事だ。
アルプスの少女ハイジで、
お婆さんが白パンを食べたがった様なものだろうか?
脚気になりながら白米を食べる意味が分からない。
江戸時代なら、農薬も使ってないだろうし、
玄米の方が美味しいだろうに。
沢庵3枚で丼いっぱいのご飯を食べていた江戸時代、
栄養よりも、カロリーを選んだと言っていい。
玄米の方が栄養も食物繊維もあるから、
満腹感だって玄米の勝ちだと思うのだが…。
いまだに、白米を食べている率の方が断然高い。
体に良いと言われるものにも流行があり、どんどん変化する。
食品添加物は今や、どうやったって避けようがない。
何が良くて何が悪いかなんて、どう判断すれば良いのか
分からない時代だ。

自分の舌とお腹を信じてる…多分、それだけだ。

そんな事を頭の中で展開いていると、
「私も3分搗きご飯と大豆、食べてみようかしら。」
と言って来た。
「炊飯器でも玄米だきが出来るから、
大変ではないと思いますよ。
もし、美味しくないと思ったら、
白米に少しずつ混ぜて食べれば捨てなくても済みますし。
大豆は圧力鍋で煮るとふっくらして、サラダで食べれますし。」

結局、知らないその人と一緒に買い物を終えた。

話していたら、その人は小麦粉を納品に来たと言う。
「もしかして、小麦粉、作ってらっしゃるんですか?」
「そうよ。」
「小麦から?」
「小麦は仕入れてて、製粉の方。」
「え?じゃあ、全粒粉もあります?」
「作れば、あるわね。」

かくして、全粒粉の小麦粉を手に入れることが出来た。
念願の全粒粉スコーンだ。
バターじゃなくて、米油で作り、素朴で美味しいスコーンが出来た。
日曜日には、その人と待ち合わせて、公園でスコーンを食べた。
食べながら、全粒粉のフィットチーネなんかどうかを話し合った。
何が本当に体に良いかなんて、誰も分からない。
でも、やってみるって楽しい。
ダメでも食材はいかようにも転用出来るのだし。

思うに私は、ただの食いしん坊なんだろう。



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