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国道288号線沿いの風景

連休に、楢葉町にある海の見える温泉に行った。
背中に温泉が流れて、寝たまま海を眺められるのが気に入っている。
海は、天気が悪いせいか、波はそれほど高くないのに、ゴーゴーと地響きのような音を立てていた。
海といったら、ザブーン ザブーン…だよね〜。
ゴーゴーという音は、地震の予兆みたいで怖かった。海の近くに住む人たちはこんな怖い音を聞いて平気なのだろうか?もうなれてしまっているのかもしれない。
そう思いながらも、背中に温泉を受けて寝ていると、とても気持ちよかった。

自宅から、楢葉の温泉に行く道は、4年前には通ることが出来なかった。
帰宅困難地域で、通行止めだったから。

4年前に開通した時は、通ることが出来ても、空間線量が高くてまだ窓を開けて通ることは出来なかった。木は伸び放題だったし、道路も痛んだところが沢山あって、人がいなければ簡単に荒れてしまうのを実感した。
人間の作ったものが、自然の力で簡単に朽ちていくのを目の当たりにすると、なんだか全てが儚く感じたのを思い出す。

今回はもう、窓も開けられるし、道路脇で作業している人たちも普通の作業服を着ている。
森も綺麗に掃除され、伸び放題の木も無くなっている。
曲がりくねった道にトンネルが掘られ、道路自体も新しくなっていた。休日の交通量は少ないが、平日には原発の廃炉作業と、除染の作業のために、朝晩永遠に続く渋滞が毎日出来る道だ。通勤されていた人達にとっては必要な道路整備だ。
しかも、立ち入り禁止のバリケードをほとんど見ることがなかった。道路脇の家々がほとんど取り壊されて、更地になっていたからだ。
更地になると、まるでそこには始めから何もなかったような、今までずっと、そこは森の端っこだったような感じがした。こうして、無くなってしまえば、誰の記憶からも消えて森に取り込まれて行くのだろう。
お正月に通った時は、かなり痛みが目立つ家々がそのまま残っていた。
それでも、全ての家が取り壊された訳ではなくて、連休と言うのに取り壊し作業をしている人達がいた。
あれから12年、沢山の人達の手がこの地域を変えて来たのだと思うと、途方もない労力に圧倒される。

でも、この地域に帰還する地元の人は殆どいない。

今、この地域に住む人は、他県からの移住者や、作業員、他県からの新規参入企業。

アレ?
故郷を奪われた…と、いまだ訴訟を起こしているのが不思議になった。
帰還困難地域はまだあるけれど、かなりの地域が制限解除されている。
しかも、除染に携わる人達は、地元の人より他の県や、他の地域の人たちだ。
何か変じゃないか?
生活するには十分な補助金をもらい、自宅、土地の購入費用も負担されているのに、帰還せず、その故郷を回復させているのは他所の人たちとは。
訴訟なんか起こしてないで、故郷の回復に携わってもいいんじゃないか?

なんて思ったけれど、所詮余所者。
それぞれの事情を察することは出来ない。
12年前、誰がこの景色を想像出来ただろう?
帰還困難区域に戻れることを誰が想像することが出来ただろう?
一人一人見ていた景色も違ったはずだ。人それぞれの世界があって、事情があって、誰一人として、同じ震災ではなかった。
12年後の今だから帰還も考えられるようになったと言える現実。

気候も安定して暖かいし、雪も殆ど降らない地域。
除染も済んでいる訳だから、もしかしたら移住するにはもってこいの場所になっているのかもしれない。…穴場?
そんな流動があってもよさそうだ。

震災から12年。
汚してしまったけど、回復させたその人々の手の多さを思わずにはいられない。

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