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( 引用 ) 絲山秋子 『不愉快な本の続編』

そしてボクが一番長い時間をともに過ごすのが、アルベルト・ジャコメッティの「裸婦立像」だった。やせっぽちの彫刻は、腕こそ挙げていないが釈迦誕生像みたいに燦然と、この世に向かって立っていた。この裸婦がボクの精神に於いての新しい妻であり、それと同時にボク自身であり得たんだ。ボクは言葉を捨てることの快さを初めて知った。言葉によって規定された自分自身も冬の服みたいに脱ぎ捨てて、裸の物質になるってことが、こんなに気持ちいいとはまさか知らなかった。そこにはボクの倒錯した過去もなく、ろくでもない未来もなかった。

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