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デマが多すぎるので物申す

お世話になっております!
ゆふいんのさとです🙋‍♂️

タイトルの通りのテーマで、3回目のnoteを書きました。

旧統一教会の問題が表面化して以降、「カルト2世」の問題が、「宗教2世」の問題に取って代わられ、いろいろな人がいろいろな事を言っています。

「仏壇に2000万円」のデマ

学会も話題に挙げられることが多いです。
が、とにかく根拠のないデマや印象操作を狙った言説が多い
わざわざ「#創価学会」と付けて、学会の誹謗中傷を繰り返す現職地方議員や、
学会攻撃の週刊誌に登場しながらも、自分自身は中立を装う元活動家、等々。

中でも筆頭は、長井秀和氏。
西東京市議選に立候補している彼ですが、毎日のツイートの内容は学会のことばかり。学会を批判しないと政治活動が成り立っていないサマは、何だか皮肉にも思えます。

よくもまあ、こんなに適当な事が言えるなと呆れます。
「学会員はくじ引きを当てたら献金を催促される」(11/29)
「創価学会が編纂している御書は偽書が多い」(11/23)

デマの最たるものは「仏壇に支払ったのは2000万円」でしょう。
これについては、学会本部から抗議書が届いたと、本人がツイートしています。
ご家族は、実際に支払ったのは、彼の言う額の10分の1にも満たないと述べています。

長井氏が「2000万円」を証明するのであれば、僕は「デマ」を謝罪・撤回します。
が、どうやって証明するのでしょう。
領収書でも公開するのでしょうか?
仏壇をお持ちの当のご家族が、実際の額を証言している以上、今はそちらが「真実」ですよね。

こうした陰謀論やフェイクニュースは、デジタル時代の昨今を象徴する現象かと思いきや、違うようです。数十年前から同じような現象が見られたことが、佐藤卓己著『流言のメディア史』(岩波新書)にも書かれています。

同書の紹介は割愛しますが、分かりやすかったのは、1930年代のある政治スキャンダル(「キャッスル事件」)を解説した中での、以下の文章です。

キャッスル事件は情報の真偽を扱うジャーナリズム史では取るに足らないデマ騒動だとしても、情報の効果を分析するメディア史においては決定的に重要な事件である。

ジャーナリズムが「情報の真偽を扱うもの」である一方で、メディアは「情報の効果があるかどうか」が重要視されるのですね。
情報が真実であるかどうかは二の次で、人々に影響を及ぼすことが最優先される。

ここでいうメディアは、まさしく現代のSNSを指すものでしょう。
新聞などファクトチェックが必ず入る情報媒体とは異なり、誰もが気軽に発信できるSNSには、情報の真偽を見極めるゲートキーパー(門番)がいません。デマですら、誰もが簡単に発信できます。

そして、仮にデマがデマだと暴かれたとしても、その真実よりも、デマが人々に影響を与えたという事実のほうが強いというのが、「メディア論」的な理解かと思います。

同書にはこうもあります。

流言の否定は意外性が乏しく報道価値は低い。「贈収賄が行われた」という情報ならスクープにもなるが、「それは行われなかった」という事実は「食べ残しのピザ」のようなものとして受け取られる。
根拠のない誹謗中傷も繰り返されれば、何らかの悪印象は残るのである。

長井氏や、彼を取り巻いて息を吹き返したように学会批判を繰り返す人たちの狙いも、ここでしょう。
彼らにとっては、事実関係などどうでも良く、「言ったもん勝ち」で、学会の印象を壊すことに躍起になっているだけです。

結局は「学会攻撃」を企む人たちの戯れ

デマとは少し異質ですが、「陰謀論」も、アメリカをはじめ世界中で問題視されています。
陰謀論を信じる人は、どういう人か。

「ある陰謀論を信じるかどうかは、特定の陰謀論に対する同意や支持を超えて、その人が潜在的に有している『陰謀論的なモノの見方』の結果として生じるものだと考えられる」(秦正樹著『陰謀論』中公新書)と指摘されています。

つまり、「陰謀論のほうが人々にすり寄ってくるというよりも、むしろ、人々が好んで陰謀論にすり寄っていく」(同)ということです。

これは、長井氏のような荒唐無稽なデマを、信じ、飛び付き、広めてしまう人たちの心理を表しているとも思います。

彼の発言を機に、学会に対して声をあげる人が増えてきた訳では、必ずしもない。
とうの昔から学会への敵対心を持っていたけれども、一人では何もできなかった人が、ちょっとした著名人の登場にあやかって、ここぞとばかりに自分の発言力を増そうとしている。そんな構図でしょうか。

結局は、学会攻撃を企む人たちが、内輪で戯れているだけのようにも思えます。

「生きた宗教」の証し

しかし改めて、SNSの世界は難しいなと思う、今日この頃です。
「批判する人」「反対する人」「言いっぱなしの人」たちが、圧倒的に声が大きいですからね。笑

一方で、学会活動に走りながら、組織の課題からも目を背けずに、逃げるのでも非難するのでもなく、変えていこうとする挑戦が、どれほど地道で、陰のまた陰の実戦か。
でもだからこそ、Twitterで皆さんの活動の様子、スカッとさせてくれる言論を目にすると、本当に勇気をもらっています❗️

何より、デマだらけとはいえ、これだけいろいろ言われること自体、学会が「生きた宗教」である証しだと思います。何の影響力もない「死んだ宗教」であれば、批判なんて受けませんから。

デマや暴論をどれだけ見て聞いても、一切ブレず。
祈り、実践する中でしかつかめない、自分と先生、自分と同志、自分と学会を大切にして、ますます信心に励んでいきたいと思います🙋‍♂️

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