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あの夏のラン

今朝は暑さを承知でランニングすることにした。

ランニングタイツ履いて、日焼け防止で長袖にして帽子がぶってサングラス。マスクはポケットに入れておこう。

暑い。
完全防備の閉塞感が暑さを助長する。いつものようにエアポッツを消音にして音楽を聴きながら走り出した。しかし暑い。真っ青な空には朝から入道雲が高く上がっている。太陽が隠れる。急に暗くなる。もう降るのか?と思いきやすぐに太陽が戻る。暑さを思うと太陽が出るのがいいのか悪いのかわからない?

ひさびさのランなのでペースはゆったりと。するとランのスピードと耳から聴こえるロックギターミュージックのテンポが合わない。これは奇妙な感覚なのだ。日陰で立ち止まりスマホを取り出し音楽を変える。いいのがあった。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ。ゆるやかなリズムが心地よいし、今日の暑さはキューバ並だしな。

もう一度走りだす。いいね、これだ。スローなギターのリズムにイブラヒム・フェレールの高くてメローな歌声。ギラつく太陽は真上で満開だがマレコン通りの潮風が肌に吹けばなんだか気分がよくなる。古いカラフルな街並みの前のまっすぐな道をブルーのクラッシクカーが颯爽と走る。海は穏やかで波しぶきはあがっていない。こんな炎天下でもオープンカー幌は開けっ放しでサングラスがよく似合う、浅黒い肌と真っ黄色の開襟シャツが決まってる。暑さのせいか、疲れのせいか、サングラスに遮られた視野のせいか、音楽に誘われるまま夢うつつ状態で走り続けた。遠くでずっとキューバのリズム打楽器を打つ音がしている。街に音楽あふれてる。カフェからバーからも軽快なリズムがもれる。街の兄さん姉さんも日陰でリズムを取ってる。オレは暑い陽射しのなか走ってる。

いつもの走り慣れた道のはずが、なかなか目的地である公園にたどり着かない。同じところをぐるぐる回っているようで方向感覚を失う。薔薇庭園に紛れ込む。原色のどぎつい花びらが夏の陽射しに映える。ふと我に帰る。ここは練馬だ。水分と栄養が足りない。コンビニに入りパワーチャージ系のゼリーを飲んだ。

Googleマップで現在地と方向を確認し、公園に向かった。ずいぶんと方向がずれていた。大回りして公園に着いた。大きな公園を最後に一周するのがいつものパターンだが、今日は暑すぎる。予定の距離は超えたし、走行時間は1時間を過ぎたので無理せずここでやめることにした。

公園には大きな体育館があり、そこで洗顔することにした。ガラス自動扉を過ぎ中に入ると、あわてたような声で呼び止められた。エアポッツを外し、耳を傾ける。

「ここに記名してください!」
ちょっと非難する口調で。
「その前に消毒と検温も!」
責められる口調でせかされ動揺して、スマホとエアポッツをバラバラに置き、あたふたと記名した。

そのままトイレで用を足す。エアポッツとスマホを目の高さの台に置く。洗面もしたい。滝のような汗が出ている。洗面台に向かう。まずエアポッツをケースにしまおう。ん?あれ?中にしまったはずのランニング用ハラマキに入ってない。ポケットにもない。記名したときに慌てて落としたか?記名カウンターに戻り辺りを探す。ない。ない。体育館の事務所に確認。ない。体育館を出て入り口付近を探す。ない。このままではエアポッツがただの耳から出たうどんになっちゃう。高いのに。保険は入ってない。

そこで思いついた。
「iPhoneを探せ」って機能の存在を。

ハバナでiPhoneを落としたことがあるが、その時は往生した。街にWiFiが飛んでない。

TOKIOならエアポッツも探せるかも知れない。アプリを立ち上げる。探せるようだ。スイッチオン。というかポチッと。地図上でエアポッツの位置が示された。私と同じ場所にある。つまりケースでなくイヤホンの場所が示された。手のひらにあるからね。

ということは本体はイヤホンの方なのだ。ならばケースは充電のためだけにあるのか?とすれば別売りされてるかも知れない。売ってる。ちょっと心の緊張が緩和した。反面ファイトも湧いてきた。ケースも探してやるよ。走ってきたルートに落としたわけだから。

最も可能性高いのが水分補給したコンビニだ。ランニングハラマキからスマホを出してるから、その時に落としたに違いない。セブンイレブンをGoogleマップで表示する。付近にこんなにあるのかよ。暑さに朦朧としていて脳内キューバに行っていたから、どのセブンイレブンかわからない。
なんだよこの飽食ニッポンは!セブンイレブンがこんなにあってさ、そこにものが揃ってて、しかも1日何度も補充して。

まあともかく探さないといけない。いくつかあたりをつけて行ってみた。問題はすでに10キロ走ってるのでコンビニ回る体力が残っていないこと。

結局セブンイレブン3軒回ったが見つからない。汗まみれのサングラスマスクのおっさんに落とし物を尋ねられたバイトさんはさぞかし訝しげに思ったであろう。

オレの心はもう折れている。走ってきた道を辿るのでなくあきらめて地下鉄で帰ろう。

ガラガラの地下鉄社内は汗に濡れたシャツには寒いほどの冷房で換気している。それでも座ると気持ちが落ち着いてきた。もう一度探す気がおきてきた。ひとつ前で下車しよう。家から出てすぐに落としたのかも知れないから。

ダメ元で走った道を辿った。
家に帰りつく寸前の道路脇に白く輝くケースが光っていた。おそらくどなたかが道に落ちているエアポッツケースを拾いあげ、車につぶされないよう親切に端によけてくれたに違いない。走り始めて音楽のリズムが合わないと立ち止まりブエナビスタソシアルクラブを選択したあの場所だ。そういえばリアル・ハバナでもiPhone落としたんだよね。数年前に。

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