コロナ闘病記~発病から後遺症まで~
それは、十二月初旬の日曜日のことでした。
喉が少しひりつく感じがして痛く、寒気がしたのです。
念のために熱を計っておこうか。そう思い体温計をはさんでみると、微熱。
何だろう、風邪? まあ、翌日まで熱があったら一応内科を受診かな。
万一インフルエンザだったら困るし、これから勉強の予定もたくさんありますしね。
……この日はこれくらい、軽く考えていました。
まさかこれが、あの日から二ヶ月経ってもなお後遺症が残る、新型コロナとの戦いの始まりだとは全く思っていませんでした。
この記録は、一人の新型コロナ罹患者によるコロナとの闘病記です。
何かの参考になりましたら幸いです。
1:発病~10日間の療養生活
翌日の月曜日。目が覚めたら、喉の違和感は前日より明らかにひどくなっていました。
身体も火照るように熱いです。熱を計るともちろん微熱なんてものではなく、高熱に。
これは内科を受診しないといけないやつです。
幸いにかかりつけの内科は発熱外来をやっています。ちょっとでもおかしいと思ったらすぐ受診しなさいと先生も言って下さっています。
受診の前に朝食を食べます。味覚普通、嗅覚異常なし。
ここで私はほっとしています。コロナというと味覚障害が起こるものだと思っていたからです。
味覚が正常だということは、風邪か、悪くてもインフルエンザだろう。
そう楽観的に考えて、私は家族の運転する車で内科に向かいました。
診察してもらう順番を車の中で待ちます。
病院でも熱を計りましたが、熱はどんどん上がっています。
これは風邪ではないな。下痢が無いから腸炎ではないし、ならインフルエンザだろう。
診察に呼ばれたときも、まだ私はお気楽でした。
熱があるので、通常の診察室ではなくベッドに隔離されます。
まずここで検査を受けました。
インフルエンザの検査と、あと抗原検査です。
両方の検査をやるのね、と自分ではインフルエンザだと思っている人はぼんやり考えます。
検査結果を待っている間に、だんだん身体がだるくなってきました。座ってるのも辛いくらいに。
ベッドに横にならせてもらって待っていると、先生が来られました。
そしてあっさりと告げられました。
「新型コロナ陽性です」
耳を疑いました。え、今先生コロナって言われた?
信じられない思いでいっぱいになりました。
朝、普通に味覚あったし、今も普通に嗅覚ある。それよりも、私、特にどこにも行ってないと。
外出というと犬の病院とか普段の買い物くらいです。街中行ったわけでもありません。それでコロナ感染?
目の前が真っ暗になりました。コロナというと後遺症も辛いと聞いていたからです。
薬の手配があるからその場で待つように指示され、待機します。
そんな特別な薬、出るのかなと思っていたら、何と私には緊急承認薬のラゲブリオが出るそうです。
恐らく気管支喘息の持病があったからでしょう。
そういえばベッドで待ってるとき、外におられる看護師さんの中で慌ただしい気配を感じたんですよね。
あれがコロナ陽性とわかったこととか、特別な薬が処方されることになるという話だったのでしょう。
ところで、ラゲブリオという薬は、先生の説明を受けて承諾書のようなものにサインをしないと出ない薬です。
緊急承認薬ということで、まだわからないことも、副作用もあるものだからというのが理由のようです。
サインしなければいけない書面には、正直いろいろ恐ろしいことが書いてあったので、私は薬を拒否しようかと思ったほどです。
私の考えたことが先生に伝わったのでしょうか。先生、穏やかに述べられます。
「あなたは持病と、あと体重が大きいから重症化のリスクが高いです。命の危険もあるので飲んで下さい」
……そう言われてしまったら、サインするしかないじゃないですか。
諦めてサインして、私は病院を出ました。
コロナ陽性と判明したからか、表の口から出ないで裏口からでした。
大量の薬を受け取り、帰宅します。
なお、薬のお金は払わずに済みました。コロナが二類だったのに救われました。
ラゲブリオがとても高い薬だったので、二類でなければ財布の中身が足りなかったことでしょう。
さあ大変です。
我が家には老犬が一匹いるのですが、その子は少々不具合を抱えているため、週二の病院が欠かせません。
おまけに冬です。体調崩して点滴が必要になったら、誰が病院に連れて行くのでしょう。家族は全員、濃厚接触者です。
これは、犬の病院に相談して、ペットホテルに預かってもらえるか相談するしかありません。
幸い、犬の病院が、うちの犬を隔離期間終了まで預かってくれることに。
しばらく犬とはお別れです。犬に少しのお別れをしましたが、犬はまだ何が起こっているかわかっていないようでした。
犬も何とかなったことですし、あとはおとなしく療養……と思ったら保健所から電話がありました。
だんだん腫れ上がってきてる喉で、電話の応対をするのはかなり辛かったです。
この保健所対応が、なかなか不可思議だったのです。
濃厚接触者である家族は全員、普通に外出していいと言うのです。
あの……それやったら、コロナをまき散らしてしまうのでは……?
これを書いている今も、保健所対応に関してはわけがわからないです。
いただいた薬を飲んで、ひたすら寝る生活が始まりました。
普段なら寝ているだけなんて退屈で仕方ないわけですが、そんなことを考える余裕はありませんでした。
ただただ辛いのです。
関節痛はおさまらない。喉の痛みは更に増してきて、ついに声も全く出ない状態に。
そして薬を飲んでいるにも関わらず、熱が下がる気配は無い。
保健所は毎日電話をかけてくるのですが、声が出ないと伝えてもあれこれ聞いて電話を切らせてくれないのですよね。あれには参りました。
内科が毎日かけてくださる電話は、声が出ない状況を察すると簡易な質問にしてくださったのに。
定期で通っている病院の診察も当然行けず、電話診察に。
長い付き合いの主治医は声を聞いた瞬間、喋るのも辛いだろうと家族とのやり取りに切り替えてくださいました。これは有り難かったです。
こちらで出してもらった薬を受け取るのが、また大変でした。
薬局に行かないといけないわけですが、私は行けるわけがなく、家にいる家族頼みなのですが……保健所の方、家族が直接受け取りに行って問題ないと仰るのです。
家族は絶句です。ついでに病院の看護師さんも薬局の方も言葉をなくされたようです。
結局家族が薬局に到着してから電話で連絡を入れ、外に薬を持ってきていただいたようですが……
療養生活が五日目に入った頃にも、まだ私の熱は下がっていませんでした。それどころかだんだん息苦しくなってきています。喘息の発作が起きたとき同様に、身体を横たえて眠ることも出来ませんでした。
喉は腫れ上がり声も出ないため、家では筆談生活です。電子メモパッドが初めて役に立ちました。
この喉の具合は、のど飴をなめてもいっこうに改善しませんでした。それどころか、ものによるとなめていられず咳き込んでしまう始末です。
この頃家族も全員コロナ発症。本当に誰も家から出られなくなりました。
内科で出していただいた私の薬がここで無くなったのですが、症状がまだ回復していないので薬の継続に。
息苦しいという症状を伝えたところ、吸入器も追加で出してもらうことになりました。
追加で出していただいた薬を取りに行かないといけないわけですが、家族は全員コロナ陽性ということで誰かに頼まないといけないと。
結局家族がご近所で親しくしている方に頼んで、薬を取りに行っていただく運びになりました。
近所の方は快諾してくださっただけではなく、何と私にお見舞いの品までたくさんくださりました。喉がやられていても食べやすいゼリーやプリンなどを山ほど。
これは本当に嬉しかったです。腫れ上がった喉では食べられるものも殆ど無く、食料もだんだん乏しくなりつつありましたし。
保健所に食料持ってくるよう申し込みましたが、それが届くには暇がかかるでしょうし。
蜜のよく回ったリンゴをかじりながら、近所のありがたさを知った日でした……。
息苦しさを覚えているにも関わらず、この時点で私の手元にはパルスオキシメーターはありませんでした。
保健所には症状伝えています。それでも来ていませんでした。
吸入器がうちに来た翌日、家族が保健所に訴えたらやっと届いたという体たらくです。
計測してみたら、少し普段よりは低く感じましたが、まだ何とかなりそうな数値。
数値で見られるとやはり少し安心しますね。
このあたりでコロナ陽性になってから一週間になりました。
世間は日曜日。ですが熱のある身体では何も出来ず、ただ私は寝ていたのですが、そのときスマホが鳴りました。
発信元を見ると内科です。え、日曜日も様子みてくださるの? と思いながら電話取ったら、何と院長先生です。
院長先生自ら、調子はどうかという電話をくださるとは思ってなかったので仰天です。
何とこの院長先生、うちの家族全員それぞれに電話を下さっています。
家族全員が少しほっとしたのは言うまでもありません。
この時期、だんだん困り始めていたのが食料でした。
ストックも底をつきかけ、食べ物をどうしようかという状態になっていました。
インターネットを使って保健所に頼んだ食料は未だ家に届かず、頭を抱えていたと。
そのとき思い出したのがネットスーパーの存在でした。
地域のスーパーで一カ所、ネットスーパーを始めたばかりのところがあったのです。
そこに食べられそうなものを注文したら、すぐに持ってきてくださいました。ネット注文でもチラシ価格なのは有り難いですね。
底をついてたスポーツドリンクなども補給できて助かりました。
この買った食料が尽きかけてもまだ、保健所からの食料は来ないと。
さすがにおかしいです。訝しんだ家族が保健所に問い合わせて、表に載ってない電話番号を聞き出してそちらにかけると、衝撃の返事がありました。
「あ、登録されてませんでしたー」
……何十回電話をかけても繋がらなかったためにインターネットで登録したときに、確認メールが来なかったので本当に大丈夫なのかって家では言ってたのです。
メール来なかったんですがって保健所に聞いたときは、それでも大丈夫ですって言ったんですよ?
肝心なところで嘘つくんじゃないよ保健所ーーー! こっちは死活問題なんだって!
今から登録されますか? ここから三日はかかりますがと、反省の様子もなくいけしゃあしゃあと保健所の方はのたまいました。
拒否です。というか、もうすぐ隔離期間終了する。隔離期間終了したら自分で買いに行けばいいだけです。
切れながら電話を切りましたが、その日の食料が何も無い現状は変わらないと。
結局この日頼ったのはピザのデリバリー。
注文したら時間通りにその通りの品物を持ってきてくれるって、有り難いことですね!
味覚障害がなくて幸いでした……。
隔離期間が終了したら、即犬を迎えに行きました。
島流し状態だった犬は、私たちの顔を見たら嬉しそうに駆け寄ってきたのでした。本当に可哀想なことをしてしまいました。寂しい思いをさせてしまいましたしね。
そうそう、しばらく経ってからパルスオキシメーターを保健所の方に返しに行ったときに、また不快な出来事が。
返却に来た旨を伝えたところ、まさか借りた本人が返しに来たのかと言われるのです。
そうだと伝えたら、あからさまに距離を取られ、パルスオキシメーターをその場に置いて、中に入らず帰ってくれと応対した職員は言うのです。
どういうことでしょうか。まるでバイ菌扱いです。というか、そんな危険な病気だと思っているなら、あの電話対応のひどさとかは何? 隔離期間の短さは? 濃厚接触者だったときの家族への対応の杜撰さは?
他の地方の保健所はどうか知りませんが、私の住まう地方の保健所は、病気対応から何から何まで最悪でポンコツでした。
役に立った局面はゼロです。カロナール飲むなと言ってみたり、保健所にやられたひどいことは枚挙に暇がありません。
今後もう二度と、当地方の保健所には世話になりたくないものです。
内科の尽力もあって熱も何とか落ち着きました。
関節痛と喉の痛みはまだあるし、声は出にくいけれど、これで日常に戻れるんだ。また勉強出来る生活が戻ってくるんだ。
……その考えが甘かったのを、私はそう遠くない日に知ることになったのです。
2:後遺症~長い苦しみのはじまり
日常の買い物をするべく、買い物に出たときのことでした。
低い位置の品物を見たくて、しゃがみこんだのです。その品物を見終わって、さあ立ち上がろうとしたときのことでした。
……立ち上がれないのです。関節に激痛が走り、足に力も入らない状態です。
どうしよう。まさか店内にしゃがんだままというわけにもいかない。
結局その場は、床に手をついて、腕の力で何とか立ち上がったのです。
まさか立ち上がるのにまでこんなに苦労するとは。
ところが異変は、それだけにはとどまりませんでした。
入浴するだけでへとへとになったり、とかく身体が疲れやすい。ちょっとしたことですぐに体力の限界が来るのです。
疲れたな、と横になったらすぐに寝てしまうし。過眠を疑うレベルで寝てばかりの生活です。
髪の毛を洗ったり、髪をとかしたりすると、ものすごい量の髪が抜けるのも前とは明らかに違うことでした。
喉の具合もなかなか回復しないし、声も全然元に戻らない。インフルエンザではこんなことは無かったぞ?
すぐに疲れるから長い距離も歩けない。買い物ひとつにしても、何度も休みながらでないと出来ない始末です。
喉の具合が悪いから刺激物は一切受け付けないし、あとはアルコールは少しでも摂取したらすぐに体調が悪くなりました。
ですが私が一番困った異常は、これらのどれでもありません。
私が最も悩んだ症状――それはこの記録を書いている今もなお、解消していません。
その異変に気付いたのは、勉強の本を開いたときのことでした。
いつも通りすらすらと、本を読めないのです。文章を読んでいると、すぐに文章がごちゃごちゃとしだし、やがて頭痛が始まるのです。
覚えているはずのことも全然出てこない。絶対覚えていたはずの簡単なことさえも出てきませんでした。
その覚えていたことを見ても「これは何だったっけ?」と思う始末。ぞっとしました。どうしてわかっているはずのことが出てこないのと。
集中力も全然もちません。一時間とか軽く本と取り組める人だったのに、もって二十分です。
その二十分で何とか新しいことを覚え込んでも、次の瞬間ぽっかりと穴が開いたかのように全てが抜け落ちているのです。
さらには、日によっては頭に霧がかかったように始終ぼんやりとして、何も考えられなくなっていました。
勉強、と何度も書いていますが、私は現在、ある資格試験の勉強をしている身です。
資格試験の勉強に、この症状は完全に差し支える――!
インターネットでその症状について調べてみると、ひとつの病名が引っかかりました。
「ブレインフォグ」
そのページに書かれている症状は、まさに私の感じている異常、そのものでした。
年が明けて、前月行けなかった病院の定期診察の日になりました。
このときには何とか声の方は戻っていたので、普通に診察に。
主治医は「大変でしたね」と声をかけてくださった後で、こう続けました。
「コロナの後、何か問題は生じていませんか? 例えば思考力周りとか」
ものが考えにくいとか、頭がぼんやりするとか、主治医が列挙される症状はまさに私の現状で。
なので答えました。まさに先生が仰っていることが全て起こっているのだと。
それを聞いた主治医はすぐに返されました。恐らく私にはブレインフォグが起こっているのだと。
何でこの先生、こんなに詳しいんだ? と一瞬思いましたが、それは当たり前のことなのだと後で気付きました。
私が定期的に通うこの病院は、ブレインフォグを診断出来る数少ない科なので。鬱病でもブレインフォグは起こるものですし。
どうやったら治るか尋ねたら、これという方法は無いという返事でした。
新型コロナ自体が新しい病気なので、まだはっきりした治療法は見つかっていないのだと。
時間をかければ治るとは思うけど、その時間の方もわからないと。主治医が実際に診た例では一ヶ月以上かかった人も結構いたらしいです。
ぞっとしました。ただでさえかなりの時間、勉強が出来ずにいるのです。その期間が更に続く?
今できることは食べられるものを口にして体力をつけること。休むこと。
勉強は何もしなかったらそれはそれで焦るだろうから少しずつ。でもそのとき決して前の出来た自分と比べないこと。
あと再感染にはくれぐれも気をつけることをアドバイスされました。
主治医が知っている例では、三回新型コロナに感染した方があるそうです。この辺は本当にインフルエンザと同じですね。ウイルスの型が違うのでしょう。
……こんなに辛い病気、確実に治療出来る薬が出ない限り二度とかかりたくありません……!
全く動かないと、それはそれで身体の機能が落ちそうだから少しは動いていましたが、本当に動くたびにひどく疲れました。関節も相変わらずひどく痛むし。
この時期はまだ入浴もしんどかったです。お湯につかる、ただそれだけのことで消耗するのです。
自転車を少しこぐだけで足にくる始末です。移動手段が無いと何をするにもなかなか大変なあたりに住んでいることが、このときは本当に大変に感じていました。
朝もすんなり起きられないし、かなり生活に支障を感じている状況が続きます。
次の内科行くときまでに症状改善するかと思ったら、やはりというか何というか、改善せず。
これは、しっかり相談するしかない。そう決めて家族とともに定期の内科に向かいました。
症状を全部内科で説明すると、やはり後遺症だろうという話でした。思考力周りの不具合はブレインフォグだろうと。
普段から信頼する病院が両方ともブレインフォグだと診断されているのだから、今起こっているものはそれに違いないのでしょう。
ただ、こちらにも事情があります。あまり回復までに長いことかかると困るのです。
現在受験生であることなど、事情を細かく話してどうにかならないか相談しました。
その結果、血液検査と頭部のMRI検査を受けることに。
検査結果をもとに、今後のことを考えるようです。
血液検査はわかるけど、MRIか。あれで何がわかるかよくわからないけど、受けてこよう。
採血をしてから検査の予約を取って、その日の診察は終わりました。
数日後がMRIの日でした。
まだ雪が残る道を、検査してもらう病院に向かいます。
受付を通したときに、内科からどういう依頼をしたのかがわかったのですが「コロナ後ブレインフォグの様子を見るため」と「他疾患の可能性を消すため」とありました。
なるほど、他の病気の可能性消さないと確定診断になりませんものね。
あの特有の大きな音がする機械に入って、検査受けました。
そうそう、MRIの機械ってヒートテック系の服は着て入れないんですね。この日初めて知りました。
検査結果入ったディスクを内科に届けて終了。検査結果は一週間~十日後聞きに行けばいいとのことでした。
結果を待つ間、かなり緊張しました。一体私の頭はどんな状態だったのか気になって。
結局ブレインフォグの調子は未だ芳しく良くなっていなかったので、余計に気になりました。
検査結果を聞きに行く前日に、主治医による定期の診察を受けました。
実はMRIを撮ってもらったのはこの定期で通っている病院だったので、電子カルテにMRI撮った記録が残っていたそうです。
内科の方の事情を説明したら、主治医はそれで撮っていたのかと納得しておられました。
ただ、単純MRIではブレインフォグはわからないこと、なので他の疾患消すのがメインの目的だろうけどそれはこちらでも診ているから多分何も出ないことを伝えられました。
他の疾患が出たらどうしようという不安もあったので、それが前もって解消出来たのは本当に良かったです。
ブレインフォグの具合を尋ねられたので相変わらずだという話をしたら、後遺症外来の話をしてくださりました。私の住まう地方には後遺症専門外来はまだ無さそうだということまで。
私が調べて出てきたのも東京の病院だったので、専門外来にかかるのはなかなか難しそうです。
そして翌日、内科で検査結果を聞きました。
血液検査の方もMRIも、全く異常なし。他の疾患の可能性は完全に消えました。
これでブレインフォグも含め、今生じている不具合は全て、新型コロナの後遺症であることが確定しました。
ところで、後遺症であることがはっきりした今何が出来るかというと、回復を待つことなのですが……出来ることは大体やっているんですよね。
漢方は内科で出していただいている。インターネットで調べて、効果があるかもと書かれていたアミノ酸の摂取もペットボトル温灸もやっている。鼻うがいも一日二回やっています。
大体出来ること全てやっている今、回復までにどのくらいかかるかと先生に確認したら、恐ろしい返事が返ってきました。
「長くかかると半年」と。
半年もかかったら今年の試験に間に合いません。試験は七月頭なのです。
受ける試験が七月なのですが、と訴えたら先生も看護師さんも顔色を変えて目を伏せました。間に合うという保証は出来ないということでしょう。
軽く絶望しました。今年こそはと思っていたところだったので。
始める前から諦めはしませんが、どうしてそんなときに新型コロナに、とは思わずにはいられませんでした……。
そして今。
通っている病院全ての先生が親身になって、出来る限りの治療をしてくださっていますが、未だ新型コロナの後遺症は続いています。
この後遺症の影響がなくなるまで、私の新型コロナとの戦いは終わりません。
いつかは必ず後遺症は治ると聞いていますが、いつ終わるのか、全く先の見えない戦いです。新型コロナという病気が新しい以上、まだわからないことも多いようです。
何故私がかかってしまったのか、と嘆きたくなる日もありますが、それはやっても仕方の無いこと。
今できることは、諦めずに治療に取り組むことと、回復すると信じること。それだけですね。
未知のことが多い相手ですが、負けずにやれることを全てやりたいと思います。
必ず元通りになれると信じて。
3:万一罹患してしまった場合に~あって良かったものや、参考にしたもの
・万一罹患してしまった場合に用意しておいたら良いもの
のど飴
喉は本当にひどい状態になるので、のど飴は必須です。
私はものによっては舐めるだけで咳き込んでしまって駄目だったので、何種類か用意しておくのがおすすめです。
なお、私が一番舐めやすかったのは龍角散のど飴でした。
食料
料理をする体力はまず絶対なくなるので、楽に作れるレトルト食品や冷凍食品、あとはカップ麺などを常備しておく方が良いです。
味は薄味のものがおすすめです。カレー系などの刺激のあるものは食べられません。
公的機関が療養のための食料を持ってきてくれる自治体なら良いですが、私の住まう場所のように何も持ってきてくれない場合もあるので必須です。
飲み物
スポーツドリンクは必須です。喉が焼け付くようになるので、お茶よりもスポーツドリンクが飲みやすいです。
2リットルのものがかなりの本数必要になりますので、普段から備蓄しておいてもいいかも知れません。
氷枕
熱が上がるので、氷枕があった方が寝やすいと思います。
普段の生活から使える場面は多いので、安売りのときにでも購入して冷やしておくと役に立ちます。
・後遺症を知るために参考にしたもの
後遺症の診察をされている先生が情報公開されているサイトです。自分で出来るセルフケアも載っています。
https://note.com/madeinclinic/n/n88edd7c6afb4
コロナ療養ノートです。大変詳しいです。有料ですがおすすめです。
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