【華茶だよりvol.19】伝統製法の正山小種 課題と新技術
みなさんこんにちは、ゆえじ ちゃんこです。中国茶&台湾茶マガジン【華茶だより】2022年6月27日号をお届けします。
今回のテーマは伝統製法の正山小種・課題と新技術に関するお話です。
正山小種とは?
正山小種(せいざんしょうしゅ/ラプサンスーチョン)は中国福建省武夷山桐木関で誕生した世界初の紅茶。
松の木の煙で燻す独特の香りが特徴で、ボウモアやアードベッグなどのウイスキーや正露丸の匂いにたとえられたりします。
かなりクセがあるので苦手な人は苦手ですがハマる人はハマるタイプの紅茶。ちなみには私は大好きです。
しかしいくつかの理由から、近年では松の煙で燻す伝統製法での正山小種は少なくなってきており、薫香のないすっきり軽やかな正山小種が増えてきています。
今回は、そんな正山小種の製法について、新技術とともに深掘りしていきます。
伝統製法の正山小種
正山小種の発祥の地・桐木関(とうぼくかん)は武夷山脈の北、福建省と江西省の境に位置しています。
平均標高1200~1500m、低温、多雨、多湿、年間100日も霧に覆われる環境です。土壌は水分に富み、肥沃で緩く、有機物を多く含んでいます。
正山小種の原料は野生または半野生の群体種を使用。通常の茶園とは異なり、ここでは竹林や森に囲まれた豊かな自然環境の中に茶樹が生育しています。
他に類を見ないエコロジーな環境。しかし機械摘みができないいため、茶摘みは手作業に頼るしかありません。
収穫は毎年5月ごろ、正山小種は一般的にすこし開いた1芽3〜4葉の部分を摘み取ります。
桐木関も現在は他の多くの茶産地と同じ様に近代的な設備を使って製茶が行われています。
以前は「青楼(せいろう)」と呼ばれる木造建築で正山小種の製茶を行っていました。残念ながら完全な状態で残っている青楼は多くありません。
この写真の左側にあるのが現存している世界最大の青楼で、約100年前に建てられたといわれています。
青楼は4階建てで上層階の床は格子状に穴が空いていて下で焚いた煙が登ってくる構造です。この煙が伝統的な正山小種独特の松煙香となるのです。
青楼の3階に茶葉を広げます。伝統製法では、茶葉を萎れさせて発酵を促す「萎凋(いちょう)」の工程も松の煙で加温した状態で行われます。
こうすることで茶葉により深く煙の香りが乗るようになります。
しかし、この独自の萎凋工程はコストも手間もかかるため現在も行っている生産者は多くありません。
全体が均一になるよう、20分に1回茶葉をひっくり返す作業を行い、約1時間半程度で火を止めて萎凋は終了。
そして揉捻・発酵の工程を経た後、最後に茶葉を乾燥させる際に燻煙を行います。この燻煙が正山小種の品質特性を決める重要な工程です。乾燥工程でしっかり松煙香を吸収させることで、濃厚な松煙香と桂圓のような甘みのある味わいが生まれるのです。
茶葉を約2kgずつ篩の上に広げ、松の煙が均一に浸透するよう、位置をずらしながら並べていきます。下から煙が上がってきて作業場は強烈な煙の香りで充満し、室内温度は60℃程度まで上昇します。
完成した正山小種の茶葉は艶やかですが、完成直後は煙の焦げたような香りが強く残っているのでしばらく時間を置いて熟成させます。そうすると焦げ感が消え、桂圓のようなコクのある香りが醸成され、飲み頃となります。
伝統製法の正山小種が減っている理由
しかし、このような松の煙をふんだんに利用した伝統製法正山小種はどんどん減ってきているのが現状です。理由はおもに3つあります。
1つは武夷山が世界遺産となり、木々の伐採ができなくなってしまったこと。正山小種の伝統的な産地である桐木関星村鎮は武夷山自然保護区の中にあります。
従来は周辺の松の木を原料に使っていましたが、環境保護の観点からそれができなくなり、薫香するための原料入手が難しくなってしまっています。
2つめの要因は、正山小種の製造環境が茶師にとって過酷であること。かなりの長時間、煙にさらされることになります。呼吸器系や眼の病気になってしまう人が多いのです。場合によっては失明してしまうことも。
3つ目の要因は、クセの強い松煙香は中国人の味覚にはあまり合わないこと。歴史的には長い期間欧米向けに輸出されていた正山小種ですが、このクセの強さや味の濃さは地元中国人の味覚には合いません。
金駿眉など清らかで甘味のある繊細な味わいの紅茶が主流となる一方、昔ながらの正山小種の需要は年々減少傾向にありました。
伝統製法の個性はなんといっても松煙香、そのための原料採取もむずかしく、かつ作り手にとっても過酷な環境で、しかもせっかく作っても消費者からの需要があまりない…こうして考えると、正山小種にとって伝統製法で作り続けるにはあまりにも厳しい状況です。
松煙香をつけない方が簡単だしよく売れる、となればそちらが主流になっていくのもうなずけます。
正山小種の新技術
そんな中、新たな燃料素材が注目を集めています。
建甌市恒順炭業有限公司と福建農林大学の共同開発による、農林業の残渣に松の木から抽出したエキスを加え木炭粉で高圧成形した「正山小種の燻製専用燃料棒」です。
2020年7月30日、「正山小種専用燃料棒」研究チームは、武夷山市順徳茶廠にて、武夷山桐木関産の生葉を原料に、専用燃料棒と従来の松材を使った場合の生産性を比較実験しました。その結果、新規開発された専用燃料棒は従来の松材と同様の効果を達成するということが確認できました。
この燃料棒は現在実用化が進み、正山小種の生産者以外にも販路を広げる計画だとのことです。
ゆえじの雑感
「正山小種専用燃料棒」の開発・商品化は、伝統的な正山小種を作り続けたい人たちにとって大きな救いとなる話すよね。
あとは過酷な製造現場の負担と市場との兼ね合いの問題を解決する必要があるかと思いますが、少なくともこうして伝統製法の正山小種を守ろうとする動きがあることは、お茶好きとしてはうれしいニュースです。
次回は2022年7月11日(月)配信予定です。
今後ともよろしくお願いいたします。
ゆえじ ちゃんこ
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発信者プロフィール
ゆえじ ちゃんこ | 中国茶ナビゲーター
中国茶の淹れ手として地球にやさしい中国茶交流会(通称エコ茶会)など各種イベントで中国茶の魅力を伝える活動を10年以上継続中。
オンラインではSNS総フォロワー7000名以上の方に向けて中国茶の魅力を伝える情報発信を行っています。2021年に立ち上げたオンラインコミュニティ『中国茶&台湾茶だいすきクラブ』は参加メンバー460人を突破しました。
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現在は福建、香港、東京の3都市を拠点に活動中です。
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