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ヤヤ姫!ビュートの!楽しい学園生活第二章 【潜入・邂逅篇】

これが何かは説明しよう

 さてさて、Twitter上で波乱の展開驀進中のヤヤビュ、続編でございます。何故だか続いてるのです。そして終わってないのです。ただちょっとひとつの流れが収束したので、ここで一旦のお披露目でございます。いいから読みなさい。
 詳しく知りたい方はTwitterで #ガルリト 検索、またはパルセットさんのプロフからガルリトモーメントをどうぞ。


 

ヤヤ姫!ビュートの!楽しい学園生活【潜入・邂逅篇】

 机上の書面をグシャ、と握りしめたビュートは独白する。
「くそ、『在学中の帰省は認めない』の一点張りだな。五年間ただの一度もベルソゥ・リンには戻ってないんだぞ」
 ヤヤ姫との『密約』を結んで早五年。ビュートは『塔の少女』に関する調査に粉骨砕身するも一向に叶う気配はない。現職市長である父に手紙を出すが、『修学するまで王都から戻ってはならない』としか得るものほなかった。唯一の情報は『塔の化け物は<リューズ>と云う名を持っている』。これだけだ。ビュートには頭を抱えるしかない。
(これは図書館の『禁書』閲覧を狙うか…?)
 姫に打診するしかないらしい。

「これも外れかぁ。」
読み終えた本を積み上げながら、何度口にしたか分からない愚痴をこぼす。
「お城の蔵書とは言え、持ち出せる程度の本が機密に触れてる筈がないよねぇ。」
あれから5年。
"塔の少女"を調べようにも、大きく行動を制限される学園で出来ることは限られていた。

そんな中でヤヤが最初に選んだのは、城に残された記録を片っ端から確認する事だった。

「しかし、これは流石に…。」
堆く積まれた本の山に占領された自室の惨状に溜息をつく。
「お母様に見られたらお説教よね、これ。」

「見事に手詰まりだ。」
そう言えば、彼のほうに進展はあったのだろうか。

 姫の方も手詰まりである事にまで考えの及ばないビュートには、いっそ図書委員に恩を売って、書庫持出しを許されない『禁書』を盗み見るのは叶わぬだろうかと、最早越権行為も辞さない心づもりである。
 父からの手紙に幾度も記されるのは、王都に向かう馬車には窓一つとして開かれる事無く封じられたそれは、安易に帰郷出来ぬよう計らったものであり、つまりはそれ程にビュートの街で秘密裏に行われるものがある事を示す事実である。
 ささやかな救いは父が『塔の少女<リューズ>』に悪意を持たぬ事か。
「市長の手に余る領域の事情、か…」
 ビュートは独りごちた。

「ごめんね。少し大変な量だけど、書庫への返却よろしくね。」
学園に呼び出された侍女は、主がその言葉と共に指差さした大量の本を見て、隠すことなく溜息をついた。
「ねぇ、毎度呆れるのは分かるけど、少しは隠しなさいよ。」
主の大概な物言いに、苦笑するしかない侍女である。
「で、"コレ"なんだけど。」
ヤヤは小さな紙片を手渡した。
「ちょっと難しいかもだけど…、お願いね。」
侍女は先程よりも大きい溜息をつく。
「だから、そう言うのは私の前くらいは隠しなさいよ。」

大量の本と共に学園を後にする侍女を見送りながら呟く。
「さて、私も次を考えなきゃ、だ。」

 ヤヤ姫書庫への暗躍について情報不足のビュートは、己の企みに抱き込む後輩をどうするか、と思案に暮れた。人差し指で唇を撫で考える。こんな時のビュートに声を掛けるのは躊躇いがちのルームメイトであったが、さっきからこの部屋の窓に小石が投擲されていた。それは公然の秘密となる合図だった。寮からの外出許可の上市街へ出ることまでは叶うのだが、稀に門限破りとなる生徒もいた。点呼に間に合う工作にはビュートが密かに作成した裏通用門の合鍵が要る。
「ビュート……悪いけどちょっと頼み事が……」
 叱責覚悟で問いかけたルームメイトにビュートは微笑を返して応じた。
「石の音なら聞こえてるよ。ちょっと考え事がね。僕は違反者ボランティアじゃないんだけどな」
 隠し持っている合鍵を手にビュートは部屋を出た。
(この鍵が王都脱出の一環で作ったとは間違っても云えないけど)
 今はヤヤ姫との情報交換が叶うのを待つ間、寮内の『頼れる先輩』をやるしかないのが現状なのだった。

お互いに全く成果を得られないまま時だけが過ぎ、学園に来てから幾度目かの年の終わりが近づく。
この時期はまとまった休みが与えられるため、大半の生徒は自宅へ帰る事になる。

が、"在学中の規制は認めない"とされているビュートは何人かの生徒と共に寮で新年を迎えるのである。
「正直、帰っても"ご公務"ばかりだから、寮に残りたいくらいなんだよね。」
言いながら荷物をまとめているヤヤは、帰宅組である。

「それじゃ、また年明けに。」
まとめた荷物を馬車に積み、学園から出て行くヤヤをビュートは見送る。

変わらない年の瀬、今年も特に何もなく年が終わるはずだった。

***

 長期休暇に入った寮内は人も疎らだ。ビュートも最初はこの休暇に帰郷出来ぬ事を嘆きもしたが、今は割り切っている。寮母は居るし食堂も通常と変わらない。代わりにこの期間、厨房での料理教室が開催され、楽しんでいる女子も少なくない。男子には盛り上がらないがビュートには何故か相性が良く、出来る菓子のレシピも増えた。卒業後帰郷したら両親は驚くだろうと思うとワクワクする。
 さて、今度は何を作ろうかなどと思ううちに。
「ライト・ビュート。大至急の連絡が入りました」
 寮母に呼び止められ、ビュートは厨房へ向かう脚を止めた。寮母は学園で飼育する伝書鳩の通信用紙を彼に手渡す。そこにあった言葉は。
『チチ キトク スグ カエレ』
「父上が!?」
 まさかそんな、だ。父の心配は勿論、事と次第では『塔の少女』調査もままならなくなる。幸い『特区』迎えの馬車は王都に向けて出発しているらしい。ビュートは取り急ぎ思いがけない帰郷の旅支度を余儀なくされた。

"市長危篤"の報は王城にも届いた。
万が一の場合に備え、女王は特区へ向かう必要があった。

しかし現在、城内では女王の伴侶である宰相を中心とした「宰相派」の暗躍が日ごとに活発化している。
ヤヤが飛び級で学園に入ったのも、実は宰相派から身を守るためと言う側面が強かった。
そのヤヤは今、城へ戻ってきている。
城を開けて大丈夫かと悩む女王は、ある秘策を思いついた。

「ビュートには悪いけど…これはチャンスかもしれないわね。お母様をどう説得するかが問題だけど…。」

等と考えているタイミングで、「特区へ同伴しなさい」と母から告げられたヤヤは…苦笑した。
そう、女王はこんな時、
"城に残しておけないのならば、一緒に連れて行けば良いじゃない"
そんな判断をしてしまう人だった。

 王都へ迎えにやって来た馬車は、入学時と同じく窓等全て封じられていた。あくまでも王都からベルソゥ・リンの道筋は極秘と云う事か。
(帰郷出来る事は『塔の少女』調査にも好都合だけど)
 ヤヤ姫の王宮に伝達するゆとり等ある筈もなく学園を出たビュートは、大きなチャンスを逃したのではないかと困惑するが、危篤だと云われる父の病状だって勿論心配している。街では『化け物』と噂される少女について、市長である父は好意的であったらしいことまでは把握出来ているのだから。
「父上の容態は?」
 迎えの使用人は秘書の一人だ。
「それが…近頃旦那様の食が細いとメイド達も心配していたのですが、公務の折に吐血なさいまして」
「吐血」
 血の気が引く思いがした。元々頑健ではなかったが、胃の腑でも壊したか。
「市長は医師に任せ、取り急ぎ私がライト様の迎えに」
「そうか」
 調査にかまけて居られるか甚だ疑問でもあるが、姫に誓った『塔の少女』は無視出来ない。
(父上、ご無事で)
 ビュートは祈るしかなかった。

基本的に、王位継承前の王族が特区へ入ることは禁じられており、今回の同伴に際しても次のような制限がつけられた。

1、馬車の外を見ない事。
2、逗留先の敷地外へ出ない事。
3、特区に赴いた事は他言しない事。
4、用意された衣服を着用する事。
5、表向きは寮に戻ったとする事。

特区へ向かう馬車のなか、改めてそれらを確認してみる。
「私が"彼女"に会わないため…と、私が特区に入った事を隠すためのルールか。」

「うーん。やっぱり、問題は2つ目よね。」

これと言った解決策を見つけられないうちに、馬車は特区…ベルソゥ・リンに辿り着いた。

 果たして、ビュートはベルソゥ・リンの地に立った。実に五年ぶりとなった故郷は懐かしさを覚える。
(……やっぱり)
 ちらと思う。
 この街の住人達は王都の者らと『何か』違う。そういう者が酷く多くいるのだ。
(これも何かの仔細有りなのかな。いや、それより今は父上だ)
 ビュートは邸に足を踏み入れ、父の寝室へ向かった。丁度医師と父が話をしている最中であった。
「ライト!? 卒業までここには帰るなとあれ程……」
「いくら何でも今回ばかりは聞けません! ご自分のお身体に配慮がなさすぎるんですよ!?」
 まくし立てると流石の父も沈黙する。それからビュートは医師に向き直った。
「それで、父の容態は? 危篤との報せだったにしては元気そうですが」
「はい、詳しく診たところ胃潰瘍のようですね。大丈夫。投薬治療で回復されるでしょう」
「ありがとうございます」
 深く嘆息してビュートは安堵する。差し当たり今日の処はここに留まり、王都に帰ろう。そう思った。
「ところで、ライト」
「なんですか父上。大人しく寝てください」
 じとりとした目で見返すビュートに、父は云った。
「お前の交流関係はどうなってるんだ?」

ビュートが父の言葉の意味を測りかねていると、部屋の扉がノックされた。
父に促され2人の人物が部屋に入ってくる。

「御子息が戻られたとお聞きしましたので…」
そう言いながら入ってきたのは、この国の女王だ。幾度か遠目から見かけたことがあるだけだが、間違いはないだろう。
そしてもう1人。王家に仕える者に給される衣を纏っているので、彼女付きの侍女のようだ。
顔を半分ほど隠すフードを身につけているのが些か気にはなるが。

侍女はビュートの前で恭しく礼をすると、そのフードを取った。
そこに現れた見慣れた顔を見て、ビュートは己の目を疑った。
「来ちゃった♡」

「ヤヤ様!?」
 ぎょっとした。彼女をここに連れて来られたら、とは思った。『塔の少女』の対面のチャンスにはなるかも知れないとも。それにしても。
「き……来ちゃった、ってヤヤ様」
「ライトは姫様のご学友としてご迷惑おかけしてはおりませんかな?」
 父は云う。二人で共謀して悪巧みしているとは思うまい。それよりもまさか女王陛下の侍女に化けるとは。
「あの…父が『特区』市長とはいえ、玉体のお運び感謝に絶えません。王女殿下まで、いたみいります」
 取り繕う挨拶を述べるビュートに、父は笑みを浮かべて云う。
「ヤヤ姫様にはミントリーフを頂戴したのだよ。ミントを茶にすると胃の腑に良いそうだ。女王陛下からは体力が戻るよう腸詰肉や燻製もな。どれもこの街では仕入れも難しい。有難い事だ」
 父は率直に喜んでいるようだが、ビュートはそうそう呑気でも居られない。邸の滞在戴く事は出来る程度には、ベルソゥ・リン市長宅は豪邸と云えなくもない。だからそれは構わないのだが。
(ヤヤ様がここまで来たのなら、『塔の少女』と会わせるなら今夜だ)
 決意を固めるビュートだった。

「ライトよ。今しがた姫様に滞在いただく部屋の準備が整ったそうだ。すまんが姫様の案内を頼めるか。」

流石の父と言えども、この度の王女の来訪は予想出来なかったのだろう。慌てて部屋の準備を手配していたようだ。

「お部屋への案内が済んだ後は、庭でご休憩頂きなさい。茶や菓子は自由に使って良い。…が、」
「"決して屋敷の敷地からは出ないように"な。」

「承知しております、父上。ではヤヤ様は此方へ。手狭な邸で御満足頂けるもてなしは出来ませんが」
 そうだ。ベルソゥ・リンに外部の者が立ち入る事は本来禁じられている。街の存在さえ秘匿される程に。王都と『特区』とを往復する馬車の窓を封じられるくらいなのだから、知られてはならないのである。
(女王陛下にしても相当の無茶な筈だよな!? ここは問い詰めて白状させるか)
 等と不穏な考えを押し隠して上等の客室に姫を案内した。旅の荷は使用人により運び込まれているので問題ない筈だ。
「足りないものがあったらメイドに伝えてください。父上もああ云っていた事ですので、庭に軽食を用意させて頂きます」
 使用人に気づかれぬよう、日頃云わないような丁重さで姫を案内する。けれど彼女の耳元でこう囁くのは忘れなかった。
「後で詳しく聞かせて貰うぞ?」

「まず、勘違いしてそうだから訂正しておくけど。」
案内された庭でお茶を片手に話し出す。
「今回のことは全てお母様が言い出した事で、私は何も企んでなかったからね。」
正確には"企みがまとまる前"なのだが。
想像もしていなかった言葉にビュートの思考は一時的に停止した。

「流石の私も驚いたわよ。ただ、改めて考えてみるとちゃんと理由があるのよね。」
ここから先は身内の恥みたいなものだ。
「今、王城には"宰相派"と言われる一団が居てね?王国の実権を奪うために色々と水面下で動いてるのよ。それこそ…」
「"邪魔になる人間は全て消せ"って感じでね。」
「分かるでしょ?"邪魔になる"のは誰か。」
それが分からないビュートではない。
「だから、お母様は私を置いてここへ来ることは出来なかった。でも来ないわけにも行かない。だから、"私を連れて来る"って選択になったみたい。」

「実はね、私が飛び級で学園に入ったのも"身を守るため"なんだよね。」

 思いがけない事情の重さにビュートが眉を顰める。『消される』危険が、現王城にはあると云うわけか。女王が姫を伴って『特区』に訪れたのも頷ける。
「でも宰相って陛下の旦那さんだろ? その排斥を企むなんて叛逆の証拠を……掴ませる程度の相手なら飛び級してまで入学もしないか」
 頭痛を覚える。
「でもこの街は他者を寄せ付けない閉鎖的な場所だ。身の安全を守れるものとも思えないけどね。さっき父上も云ったように君は街を歩けない――尤も」
 いつもの悪戯な目で笑う。
「街の住人に気づかれなければ話は別なんだ。あとは判るね?」
 夜闇に紛れたならその限りではないと、ビュートの計画としてはそのように想定されているのだ。
「今夜こそ、チャンスだよ」

「敵の目的は分かっても、誰が"敵"かは分からないからね。用心に越したことはないってとこね。」
微妙に納得出来ていなさそうなビュートのために、一応補足しておく。

「さて。侵入はやっぱり夜か。分かった、それまでは大人しくしておきましょう。」

「ところで。この服、侍女用とは言え中々良い感じだと思わない?」
何代か前の女王が自分の趣味を目一杯注ぎ込んだといわれるそれは、華美さこそないが機能性を失うことなくドレスのように仕立て上げられている。

「私がこれを着る機会なんて今回だけなんだから、よく目に焼き付けておきなさい?」

「ああ、学園での姿とも違うし新鮮だね。王女としての君なら有り得ない姿でもあるのだから貴重だな。可愛いよ」
 率直に賞賛する。事実、その衣装は随分と可愛らしい。邸のメイド服も変えてやる事を父に提案したいくらいだ。そしてそれを纏う姫も大層愛らしい。日頃、学園内では物騒な話題に終始しがちで姫を愛でている場合ではない。改めて目にするとその容姿を愛おしくさえ思う。
(こんな状況でなく知り合いたかった所だけど)
 ビュートは思う。
(これでなければ親しくもなれなかっただろうな)
「では今宵、皆が寝静まった頃に抜け出そう。夜の早い街だから難しくないと思う。風も出て来たし中に戻ろうか」
 ビュートは云った。
 遂に、希みは叶うのだろう、と――。

***

夕食後の歓談も終わり、それぞれの部屋へ戻った後。

「さて。いよいよね。」
本来なら就寝の準備に入るところであるが、ここからが本番である。

荷物の中から潜入に備えた服を取り出したヤヤは、思わず苦笑いを浮かべた。
「確かに"動きやすい服をお願い"とは言ったけど…。」

用意されていたそれは、学園の運動着を元に細部をヤヤの体格に合わせつつ、邪魔にならない程度に装飾を施した…侍女渾身の作である。
「あの短時間で、なんでここまで出来るのよ。」
呆れつつも、有難く袖を通す。

「これでよし。後は…」
手はずが整い次第迎えに来る予定のビュートを待つだけだ。

 身支度を整え、ビュートは私室を出る。本来の就寝時間は過ぎているどころか、使用人らも晩餐の片付けを済ませて休む頃合だ。足元に限らずドアの軋みにまで気を配って、姫に充てた客室のドアをノックする。

コッコッコッコッコッ。

五回。上げた腕で腰帯に履いた短剣がカチャと抗議の音を立てる。静まり返った廊下に些か響いたが、人の来る気配はない。
「ヤヤ様、準備は出来てる?」
 ドア越しに声を掛けると、此方も音を立てぬようそうっと開かれた扉の内からは、運動に向くよう仕立てられたらしい軽装のヤヤ姫の姿があった。さりげなく装飾の施されたそれは如何にもプリンセスの冒険装束と云えよう。
「厨房奥の通用門からなら、この時間抜け出しても気づかれる事はないはずだ――行こう」
 ビュートはヤヤ姫の手を取った。

夜のベルソゥ・リン。
月明かりの中を走る影が2つ。

(灯の確保が問題だったけど…、今夜が満月だったのは幸運だわ。)
夜間を想定した演習で新月の山に放り出されたこともある二人にとって、満月の夜に居住区を移動するなど、造作もない事だった。

とは言え、
「事前に地図を用意してもらわなかったのは失敗だったわね。」
ヤヤが目的地までの距離もルートも分からない状態では、哨戒とナビゲートという2役をビュートが1人で行うことになり、彼にかかる負担が大きくなってしまう。
それがヤヤとしては不本意だった。
「…ごめんね。」

「大したことじゃないじゃないよ。それしきのこと折り込み済さ。この街の外にはこの町を知る者はない。それは逆に、『住んでいた頃から変わらない街並みを忘れない』に繋がる――見えて来た。『塔』だ」
 事も無げに指し示す先に、果たして『塔』はあった。享楽施設や酒場さえ営業を終えるような刻限だ。誰に見咎められるリスクもなく容易に辿り着くことが叶った。『少女』も寝んでいるであろうが、彼等には『今』しかない。ヤヤ姫をちらと見遣って、ビュートは『塔』のノッカーを叩いた。

暫くノックを繰り返すと塔の扉が僅かに開いた。
扉の向こうに少女の影が見える。

『…また兵隊さん、ですか?』
『支度をしてきます…すぐ行きます…』
少女はそう呟く。

2人に言葉は無い。

『…兵隊さん、ですか?』
『支度をしてきます…すぐ行きます…』
少女はそう繰り返した

普通、この時間帯の来客には「誰なのか」もしくは「何の用か」を確認するはずである。
しかし、第一声が「兵隊さんですか?」である。
そして、その声からは"恐怖"と"諦め"しか感じられなかった。

ヤヤが少女の置かれている境遇を推し量るにはそれで充分だった。
「なるほど、化け物…扱い…ね。」

 驚愕より感心に近いヤヤ姫の独白はビュートには届かなかった。『塔の少女』の、自分たちを兵隊と解釈する絶望の眼差しにも驚かされたが、それ以上に。
(僕が幼い頃の、まだ学園に行く以前と変わらない姿……だと?  これじゃまるで)
 人差し指で唇に触れ考える。
(まるで、竜頭を引いて針を止めた時計みたいじゃないか。この子は本当に成長しない子供だったのか! だから皆が『化け物』と……なんて、残酷な事を――父上も承知して? 馬鹿な!)
「あの……?」
 訝しげに問う、かつて年長者と思っていた、今は同じような歳の頃の少女に、ビュートは笑みを返した。
「僕らは兵隊なんかじゃないよ、大丈夫」
『塔の少女』はまだ不思議そうに二人を見た。

「そう。私たちは兵隊じゃないわ、リューズ。そうねぇ、あなたの"お友達候補"ってところかしら?」
多少強引でも勢いで押し切らなければ…

「と言う事で、お邪魔しても良いかしら?お土産も沢山持ってきてるのよ。」
バッグを見せる。

…黙っていると、良くない感情に押し潰される。

『…お友達?こわいことをするのではないのですか?本当に?』
静かに頷く。
『でも…候補って、やっぱりお友達にはなってくれないのですか?』

ここで1番大切なのは彼女の気持ちだ。

「貴女がうんと言ってくれるかどうか分からなかったから…候補なの。どうかしら?リューズ?」

(女の子にはやっぱり女の子だね)
 楽しげな少女らから一歩引いた、『塔』の壁際に背中を預けてビュートは苦笑する。この様子で自分の出る幕はあるのかやら、だ。ただこの少女――リューズが、学園へ出立する以前に幾度か言葉を交わした事を記憶してくれていたら。そんな期待を抱きつつ二人を見守った。

『…。』
『‼️』
『はい!もちろんです!わたしにお友達ができるなんて!それも2人もいっぺんに!』
『上がってください!わたしお友達をおうちに呼ぶのが夢だったんです!』
『ああ!ホントに夢だったらどうしましょう!』

リューズのテンションに気圧されるだけの2人であった。

『とっておきの白いパンがあるんです!…少し固くなってしまってますけど、みんなで食べましょう!』

『そうだ!みんなでご本を読みましょう!ああ、でもお話もしたいし!こんな嬉しいことがあるなんて!!』

「…そうだよね。寂しかったよね。」
リューズのはしゃぐ姿を見ながら、小さく呟いた。

「寂しかっただろうさ。彼女には孤独しかなかったんだ。僕の幼い頃も、誰とも遊んだ事がなかった。何しろ『塔の化け物』だったんだからね。……ところで」
 ビュートは見咎める様子でヤヤ姫を見遣る。
「こういうものはもう少し僕を頼って頂きたいね」
 云って、姫の隠し持っていた鞄を奪い取る。
「! それは」
 鞄には紙に包まれた焼き菓子や蜂蜜の小瓶が詰められていた。ずっと一人きり、誰の愛情も受けることのなかったリューズに充てた、それは精一杯の贈り物なのだと、ビュートにもひしひしと伝わってくる。
「敵わないな、君には」
 と、ビュートはポケットに忍ばせていた包みを取り出す。桜貝の耳飾りだ。
 二人の遣り取りを不思議そうに見つめるリューズに、ビュートは穏やかな笑みで云う。
「さあ、リューズ。僕達からの贈り物だよ。受け取って欲しい」
 ビュートにとっての『塔の少女』は、自分よりやや年長のお姉さんとして認識されていたから、装飾品が良いだろうと選んだ耳飾りだったが、どうやら違ったらしい。本当に『成長しない子供』だったとは。不思議な心持ちで、けれど気持ちを込めてそれらをリューズへ贈る。
『わたしに…ですか?』
『これは【プレゼント】というものですか?』
 驚いた様子のリューズはおずおずとそれらの品を見た。



「慌てて用意したから、プレゼントって言うほど大袈裟な物じゃないと言うか…、」
「これはもっと気楽な、一緒に食べるために持ってきた…、うん、そう、手土産よ手土産。」
(お母様ったら、急に言い出すんだから。)

「きちんとしたプレゼントはまた今度。期待してて良いわよ。」

「じゃあ、早速だけどリューズ。さっき云ってたとっておきのパン、出してもらえるかな。」

パンを取りに立つリューズの背を見ながら、先程奪われたものとは別のバッグから水筒とカップ、小瓶を取り出す。
「本当はミルクとか持って来たかったんだけどね。」
移動時間の関係で不可能だったのだ。

「でも、これもなかなかの物よ。」
水筒の中身は水出しのお茶である。茶葉であれば時間は問題にならない。水と水筒はビュートの提供である。

「ん、ありがと。」
リューズの持ってきたパンを受け取り、小瓶の中身を塗る。
少し量が減っている小瓶の中身は…蜂蜜だ。
「さ、どうぞ。」

「この為の水筒か。策士だな」
 苦笑を禁じ得ない。水出しの茶葉なら差し支えないのだから妙案だ。
 一方リューズはトロリとした金色の蜜を塗られた白パンをしげしげと見つめる。こんな場所に住まう少女には蜂蜜さえ見たこともないのだろう。ヤヤ姫は蜂蜜を染み込ませた白パンをリューズに手渡す。蜂蜜の甘い香りは差程広くはない室内に漂った。食欲をそそられる香りだ。
「召し上がれ、リューズ。君には未知の味覚だと思うよ」
 白パンはリューズも云ったように些か固くはなっていたが、蜂蜜がそれを和らげた。魅惑の香りと金色をひとしきり見遣り、リューズは意を決した様子で齧り、咀嚼した。それから瞳を輝かせるように目を見開いて、彼女は興奮気味に云った。
『美味しいです、とっても!』
『この金色のトロトロが甘くて、凄くいい匂いがして、夢みたいな味がします!』
 目を輝かせる少女は、『化け物』どころか幼く愛らしい少女でしかなかった。

「はい。そこでこれを飲んでみて。」
と、お茶を手渡す。
『んー。』
パンを口に含みすぎたのか、上手く言葉を発せなくなっているようだが、口に合った事はその表情を見れば分かる。
「お気に召したようね。茶葉と…蜂蜜はこっちの瓶も置いていくから、こっちから先に使ってね。」

そう言いながら、まだ空の2つのカップにお茶を注ぐ。
「それじゃあ、私たちもご相伴に…リューズ?」
先程まで賑やかだったリューズが静かなことに気がつき声をかける。

『この味…この甘さを、わたし前もどこかで…』
『わたしがとても小さい頃…この街じゃないどこかで…』
「リューズ?」
『う…ん…。頭が痛くなってきちゃった。ごめんなさい。なんでもないです!』
「リューズ、君…」
「はい、ビュート、お茶。蜂蜜と合うように私が調合した特別品よ?」
何か言いかけたビュートに強引にお茶を渡す。
「良い?今日はそう言うのは無し。」
ビュートの耳にそう呟いた。

「そうだね、水を差すのも可哀想だ。彼女、本当に嬉しいみたいだし」
 囁きを返して、さも美味しそうにもくもくと蜂蜜のパンを頬張るリューズを見た。同じ年の頃の少女。けれどそれにしては酷くあどけない幼さの残るその様に、今は余計なことは云わない方がいいだろうと考える。それにしても姫の気のきかせぶりは相変わらず大人顔負けだ。ビュートが浅はかとも云えるのはなかったことにする。
 さて、パンと姫の持ち込んだ菓子での夜食に腹を満たしたところで、リューズはうきうきとするのを隠さない上気した頬で云う。
『あの、やりたいこと、あるんです』
『ずっと、一人きりだったから、やった事なくて、憧れてて』
『一緒にお風呂、入ってください!』
「……!」
 げほごほとビュートが噎せた。姫も呆気に取られた顔を隠せない。
「一緒に、って……ビュートも?」
 確かめる様子で姫が云うと、リューズは目を輝かせる。
『はい!』
 期待でいっぱいの目は、初めての『友達』に望むことが沢山あるのだと告げるようだった。
「ええと、リューズ?」
 何とか立ち直ったビュートは云った。
「三人で入れるのか、僕が確かめていいかな? ほら、狭いと困るだろう? 案内して欲しいんだ」
『いいですよ! こっちです』
 楽しそうに云うリューズに着いて行くビュートの背を見送りながら、姫は深く溜息を吐いた。
 果たして、浴室は差程広くはない。けれどリューズの様子を見ると無理だと即答しかねてしまう。
「リューズ、ヤヤ様のところへお戻り。僕はもう少しここを見ておきたいんだ」
『判りました。一緒に入りましょうね。きっとですよ』
 弾む足取りのリューズに、ビュートはどう云い繕ったものかと思案するところだった。

(ここまで浮世離れしてるとはね。)
言うに事欠いて「混浴」である。
(リューズを傷つけないで、ビュートだけが浴室から出て行く理由…ねぇ。)
「って、ちょっと、リューズ?」
リューズは、思案しているヤヤの手を掴むと浴室のほうへ少しずつ、だが確実に引きずっていく。
(その体のどこにそんな力があるのよ。)
これと言った策も浮かんでいないのに、既に浴室の前である。
「ダメかもしれないけど、試してみるか。」
浴室の中にいるビュートに聞こえるように独特な咳払いをひとつ。
学園で使用している"あとは任せろ"の合図だ。

ヤヤは覚悟を決め、自らの服に手をかけた。

 流石に男女混浴はないだろうとビュートも思う。期せずヤヤ姫も懸念しているのを察することは叶わないが、さてここはどうしたものかとバスタブを眺めて途方に暮れる。
 リューズにとっては『友達と背中の流しっこ』がしたいだけなのは判るのだが。
 そんな折に少女らの声と姫の咳払いが聴こえた。
(え!? 来ちゃってる?)
 自分が未だバスルームにいるのはまずいと漸く気づき、扉の隙間からチラと覗き込むと、姫がリューズと話ながら着衣にゆうるりと手を掛けたのが見えた。これは珠の肌などと云う場合ではない。視野に入ったものに意識を向けないよう目を伏せて、ビュートは浴室を飛び出した。
「ごめんね、リューズ! やっぱり狭いみたいだから君たちで入って!」
(駄目だ下着越しでも肌見えたかも! ヤヤ様ごめん!! そして落ち着け、ライト・ビュート!!)
 顔が熱いのが判る。リューズには申し訳ないが、『一緒にお風呂』は流石に叶えてやれそうにない。幅の狭い廊下をここまで猛スピードで駆け抜けるなどという、行儀の宜しくない真似をしたのはこれが初めてのような気がした。
「……びっ……」
 先程囲んだ卓の横にくずおれるビュートは呟いた。
「吃驚した……ヤヤ様、大胆だな。まあ、リューズにはちょっと申し訳ないけど」

(さて…と。上手いこといくかしら?)
『どうしたのでしょうか?ビュートさん、何か仰りながら凄い勢いで出て行ってしまいましたが…。』
(よし、ビュートが混浴にパニックになってることは気付かれてない。)
「あー。彼ね、入り口の近くで兵隊が来ないか見張ってくるって。」
『?』
「こんな時間だから大丈夫だと思うんだけどね。"自分がいる時くらいはゆっくりお風呂に入って欲しい"だってさ。」
「お姫様を守るナイト気取りかしらねぇ。」
ヤヤどころかビュートがここで兵隊と鉢合わせるのも問題なのだが、そこには気付かない事を祈るしかない。
「ま、彼も“男の子"って事かな。」

 差し当たり女子と混浴回避については誤魔化したので(誤魔化せているかは疑問だが)、真夜中のティータイムの片付けをしておくことにする。茶葉や蜂蜜に菓子。姫のセレクトには感心しきりだ。リューズもとても喜んでいたようだし、引き合わせた甲斐もあると云うところか。
(それにしても)
 ティーカップを洗って片付けながら思う。蜂蜜パンを口にした時、リューズは何やら引っ掛かる言葉を口にしていた。『この街でない場所』? けれどビュートが幼い頃にはもう、今と同じ見た目でこの街に存在していた。『それ以前』の何かがあると云うのか。そもそもどれほどの間あの姿で?
(この様子では)
 姫と『塔の少女』を引き合わせるだけでは、事は終わりそうにないな。
 などと考えながら、ビュートはティーカップを洗い終えて流し台に伏せた。

ビュートが片付けを終えると同時に、2人が浴室から戻ってきた。

『あの…、』
まだ乾ききっていない髪をヤヤにわしゃわしゃと拭かれていたリューズが不意に問いかけた。

『ビュートさんがこの街の人だって言うのは知っていますが、ヤヤさんは違いますよね?』
『どうしてこの街に?』

「……」
 不意打ちである。この街は他所から侵入するもののない、封じられた街だ。ずっとここに在るリューズが疑問に思わぬはずはない。喩え『街が鎖されている』と知らずとも。
「ヤヤ様はね」
 少しの緊張。しかし彼女なら上手く合わせてくれるはず。
「婚約者なんだ」
 苦し紛れにそう応じると、姫が眉を顰める。しかしそれに気づかないリューズは声弾ませた。
『婚約者!』
『素敵ですね! 結婚するんですね! そうしたら赤ちゃんが産まれるのでしょう?』
『お二人の赤ちゃんは可愛いでしょうね』
 先を期待し過ぎだ。ビュートは苦笑するしかない。ついでに姫のご機嫌が怖い。切実に。
「だからあまり気にしなくていいんだよ」
 ビュートは場を収めるべくそう云った。

『どうしてこの街に?』
この街の状況を考えると当然の質問だ。

(どうする…?)
考え始めるよりも早くビュートが答えた。
「婚約者なんだ」

…は?
誰と誰が、私とビュートか。
「何を…」
言いかけた言葉はしかし、キラキラと目を輝かせたリューズを前に飲み込むしかなかった。

(この貸しは高くつくわよ?)
抗議の目でビュートを見る。
(仕方ないか。)

「正確には候補の1人…なんだけどね。」
実際、既に候補者は何人かいるらしい。その1人にエントリーはさせてあげる。

「何年か先に1人が決まるの。だから、」
「私がまた貴女と会えるかは、ビュート次第って事になるわね。」

(うーわー、ヤヤ様ごめん……)
 リューズの背後から此方を見る目が怖い。本気で怖い。しかし街に訪う少女の立場は重要人物を装わねば説得力に欠ける。半ば勢いと数パーセントの願望が混じるのは否定しないが。

「正確には候補の1人…なんだけどね。」

やむなく合わせてくれているらしい姫の言葉に些か安堵する。何しろ相手はこの国を継ぐプリンセスなのだ。相応しいフィアンセなど棄てるほどいるだろうし、この場だけ凌げればいいのだからこれくらいのハッタリも必要だろう。
(本当のことは云えないんだから……リューズ、君の存在を調査に尋ねたのだとなんて)
 だから今夜の邂逅を楽しい思い出にしてあげたい。慈しむ眼差しでリューズを見遣り、ビュートは微笑した。

婚約者云々についての追求をはぐらかしつつ、他愛のない話しを続けた。

しかし…。
「そろそろ戻らないとマズいかな。」
ヤヤの呟きに素早くリューズが反応した。
『泊まっていってはくれないのですか?』
『みんなでいっしょのお布団に入って、ご本を読みながら寝たかったです。』
「ごめんね。そうしたいのだけれど、私もビュートも夜が明けたらすぐに帰らないといけないの。」

『帰る…?』

「今ね、私達はこの街から少し離れた学園にいるの。だから…、今夜ここに来れた事も本当は奇跡みたいな事なの。」

リューズが悲しそうな表情で俯く。
堪らず、その手を握る。
「ごめんね。でも…」
自分が忘れないためにも言葉にしておく。
「いつになるか、きちんとは言えないけど…、必ずまた会いに来るわ。約束よ。」

「(ほら、貴方も)」
ビュートの横腹をゆっくりと突く。

「うん、きっとまた会える。いや、会いに来るよ。……その時の僕は今とはまた違う姿になってしまうかも知れないけれどね」
 ビュートの言葉にリューズは尚更しゅんとした顔を見せる。胸の痛む事だが避けられない。だからビュートは言葉を継ぐ。
「約束だ。三人で指切りしようか」
 リューズのサラリとした綺麗な黒髪を撫で、さあ、と小指を出す。姫もそれに倣うように指を出すと、リューズは寂しそうにぎこちない笑みを浮かべて云う。
『はい。また会えるんですね。きっとですよ』
 そうして三人での指切りを交わし、姫とビュートは席を立つ。
「会いに来るよ、必ずね。行こうか、ヤヤ様」
「忘れずにいてくれると嬉しいわ、リューズ。またね」
 姫が微笑む。ビュートを相手には見せたことのない優しい微笑みだった。
「じゃあ、いつか、また」
『はい』
 リューズに見送られ、姫とビュートは塔を出た。夜明けには邸の使用人も起き出してしまう。急がねば。半ば駆け出すように去る二人に、リューズはその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
『また、と云ってくれました。だから、また……』
 小さな胸の裡に不安と期待を仕舞い込み、リューズは塔に戻った。
 いつか、きっと……。

来た時と同じ、月明かりに照らされた街を屋敷へと急ぐ。
それぞれに塔での出来事を整理しているのか、道中は終始無言であった。

しばらくして帰り着いた屋敷もまた、出た時と同じく静かなままだ。
どうやら、抜け出した事はバレていないらしい。

ホッとしながら屋敷へ入る。

用意された部屋の前まで辿り着く。
「お疲れ様。おやすみなさい。」
最低限の挨拶を済ませると、ビュートは自室へと向かって歩き出した。

「ビュート。」
背を向けたまま呼びかける。
振り返る気配を感じて続ける。

「さっきのが本気なら…、せいぜい頑張りなさい。」

言い捨てて部屋の扉を開いた。

(さっきの……?)
 自室に向かいかけた足を止め、唐突に何事かと暫し考えて――。
「え? あ! は? えええ!?」
 婚約者発言の事かと思い至ったビュートは狼狽える。確かに一部本気混じりに口走った事なので、叶うならラッキー、でも姫は気にも止めては貰えまいと思っていたのだが。
(ワンチャン狙っていいと認めて貰えたと、期待していいってことかな。いやただの冗談だったりするかも知れないし!)
 頭を抱えそうになりながらも、ビュートは自室に戻りドアを閉めた。

夜が明けて朝。
全員が身支度を終え、朝食の席についた時のことである。
「ヤヤ。この後ですが、途中で別の馬車を用意してそのまま学園へ…、いえ、折角ですし私も学園へ寄っていこうかしら。」

「お母様、一体何を…。」

「ヤヤの入学式の時はゆっくり出来ませんでしたからね。」

「今回は学園長ともお話しをして…ふふ、楽しみになってきました。」

他人に翻弄されるヤヤと言う非常に珍しい姿を眺めていたビュートだったが、
「そうだ。どうせ学園へ行くのだし、ビュート君も一緒に乗っていくと良いわ。そうね、そうしましょう。」
女王の一言で唐突に巻き込まれるのだった。

かくして、女王親子とビュートを乗せた馬車は学園へ向けて出発したのだった。

 揺れる馬車の中、ビュートは半ば硬直気味だ。
(陛下と同じ馬車って……不敬のないように……って既に姫には不敬罪に溢れてるぞ僕……うああああ)
 悶々とするビュートである。昨夜の姫が投下したひと言だけでも頭痛ものなのに。
「ビュートくん? 気分がすぐれないかしら」
「あ、いえ大丈夫です」
 どの辺が大丈夫なのか聞きたい気分である。
「ヤヤは学園で上手くやってるかしら? 長期休暇の折には聞かされてるのですよ、ビュートくんの事」
(何を話した、何を)
 姫は素知らぬ顔を決め込んでいる。
「姫様におかれましては、大変よくして頂いております。他の生徒らの人望も篤くおられますし、感謝にたえません」
「良かった。我儘云ってないか心配でしたの」
 女王がにこりと優美に笑む。
(ヤヤ様の逞しさの片鱗を見た気がする)
 些か失礼な事を胸に思いながら、ビュートは曖昧に笑みを返した。

【潜入・邂逅編・fin】

あとがき

原案:パルセットさん/これまで私の頭の中だけに存在していたガルリト世界は両氏の中で構築された事によってまるで触れればその手触りも確かめられるくらい実在感を増したように思えます。
巷間に聞くところでは作者はキャラに似てくるとかなんとか。
その伝でいけばこれからはきゃすぃー・蒼月の恋の行方にも目を光らせねばなりますまい。

ヤヤ姫執筆:きゃすぃーさん/長くなってしまったと反省した幼年期年編の倍以上の字数でのフィニッシュになるとは思ってもいませんでした。
次の"楽しい学園生活編"があるなら、今度こそ字数を減らしたいです。
あるかどうかは本編次第…な面はありますが。

ビュート執筆・編集:蒼月里美/終始足を引っ張る私とビュートにかっこいいところは何処にもなかった……お二人にはご苦労とお気遣い賜り失礼しました。


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