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もう絶対に運転しないと決めた日

運転免許を取ったのは、大学卒業間近の春休み。

元々、免許を取るつもりは一切なく、そのまま大学卒業するつもりだった。


私は、どう考えても運転に向いている人間とは自分で思えない。その上、家に車もなく、就職でも免許をいらない仕事だったため、特に必要を感じていなかった。


それなのに、なぜ運転免許を取ったかというと、友人に合宿免許に一緒に行かないかと誘われたからだ。

誘ってくれたその子は内定先で免許が必須で、仲の良いグループ内で一緒に合宿に行こうと誘ってくれてた。私含めて3人で行くことになった。

大学を卒業したらなかなか運転免許を取るのは難しくなるかもしれない。
卒業旅行にも行っていなかったので、じゃあ行きたい人で免許合宿行こうかという話になった。

あの頃はまだマイナンバーカードの話も出ていない頃。免許証は身分証としてずっと使えるし、免許を取るというよりは友人との旅行がわり、くらいの気持ちで参加した。


合宿で免許を取れる教習所は全国各地にある。
評判や料金、行き先などから、とある遠方の県の教習所をその友人が見つけてきて、そこに行くことになった。

冬の時期は雪が降り、道路には融雪装置が付いているような場所で、よく免許合宿に行ったなと思うが、だからこそ少し合宿代が安かったような気がする。(もう何年も前でうろ覚えだが)

それに、泊まる先が温泉宿という、ちょっと嬉しい合宿コースだった。

AT限定で最短14日間。
完全に旅行気分だった。


合宿が始まるまでは。



あの鉄の塊の車を、たった14日間で運転できるようにするわけで。

そう考えたら当たり前なのだが、それはもうみっちりとした合宿スケジュールだった。朝、新幹線に乗って現地まで行って、その日の午後にはもう教官の運転する教習車の後ろに乗っていた。
早い日は朝8時から、遅い時は夜21時まで。

最初は座学から始まり、教習車に乗ってアクセルやらブレーキやら、はじめは直線、カーブ、坂道、クランク等等…もうあまり覚えていないが、こんなに早くに車を動かしていいんですか?!と驚いた。(もちろん助手席には教官がいて、しっかりブレーキを預かっている)

私が家に車がないこと、これから乗る機会もないことを知って、担当教官は心底呆れた顔をしていた。
小娘が一体何しに来たんだと思っただろう。


旅行に行くくらいの気持ちで合宿参加は決めたが、座学も実技も真面目に取り組んだ。
友人達も普段の大学の授業から真面目な人たちなので、休憩時間もお互いに勉強したり、宿に戻ってからも黙々と試験勉強をしたりしていた。

自分は運転に向いていないと自覚しているからこそ真剣に、真面目に、一生懸命取り組んだが、やはり向いていなかった。


1番最初の、誰でも出来る普通のカーブが、うまく曲がれなかった。

いい感じに減速して、いい感じにハンドルを切って、普通に曲がればいいだけ。ただそれだけなのに全く出来ず、何度 教官にため息をつかせてしまったか。私も涙目になりながら必死で頑張ったが、最初のカーブでつまづいた。
ここですでに、一緒に来ていた友人とひと単元分、遅れた。

もし免許が取れても、運転するのは止めよう。
ここでそう心に決めた。


その後も色々なコースを運転して、路上に出て。
毎回ハンドルを握るたび緊張で汗だくになり、何度も教官のため息と怒声を聞いて、その度にもう2度と運転したくないと思った。
挫けそうになったが、払ったお金と一緒に来ている友人とで、何とか頑張った。きっと通いだったら途中で辞めたと思う。


夜に黒いジャージでランニングしている学生が本当に見えないこと、路上教習で途中から猛吹雪になり1m先も見えない真っ白な田んぼ道。知らない町の知らない目印の路上コース。

合宿後半はみんな疲れ切っていて、お風呂に入った後に髪も乾かさず布団に倒れて寝ていたり、ぼーっと3人でEテレのクラシックを見たりしていた。

午後休みの時に歩いて行った道の駅?みたいなところで、寒い中みんなで食べたアイスクリーム。宿の近所にあったお店で大人買いしたお菓子。
教習所から帰ると、いつもおかえりと迎えてくれた優しい宿の人と美味しい食事。


懐かしいなぁ……


最後の卒業路上試験は、帰る日の午前中だった。
宿から荷物を持って教習所まで来ていて、ここで合格すればそのまま駅に行って帰れるが、不合格なら荷物を持って宿に戻り合格するまで延長になる。

その日試験を受けたのは私たちグループの他に、やはり他から来ていた2〜3グループ。

路上試験を終えて、教習所のホールで発表を待つ。
自分の受験番号の数字のランプがつけば、合格。


待っている時間が、怖くて仕方なかった。


どれほど待ったか、いきなりパッとランプが点いた。
その日受けた全員が合格だった。


やった、合格だ!これでみんなで帰れる!
他のグループの子達も一緒に、泣きながら喜んだ。

大学に受かった時よりも、就職決まった時よりも、この時が一番嬉しかった。



お世話になった教官にお礼を言って、みんなで荷物を持って地元に戻る。

その後、地元で筆記試験を受けて、無事、運転免許を取得した。

そして、やはり強く、決めた。
絶対に、もう2度と運転しないと。


こんなにぼろぼろのダメダメだった私でも免許を取れてしまうことが怖かったし、いつか絶対に事故を起こすと思った。

そして実際、今まで、免許取得後 一度も運転していない。

もう、道交法も運転の仕方も何ひとつ思い出せない。
それなのに、運転免許を持っている私は、今 運転することが出来るという状況も怖くて、もう返納しようかと思ったが、免許センターの人にまだ若いから持っていたらと止められた。


残ったのは、免許合宿の思い出と、身分証としての運転免許証。


私は運転に向いてない。
絶対に運転しない方がいい人間だ。

絶対に、もう二度と、運転しない。

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