見出し画像

カエデの国の挑戦 第1回「カナダの源流」

2015年、エリザベス2世から組閣の大命を降下されたのは、いまやG7首脳陣の最古株となっているジャスティン・トルドー首相その人であった。当時まだ43歳だったこの若き指導者は、全30人の閣僚を男性15人女性15人にして世界を驚かせた。

「首相、なぜそのようなことを?」
「なぜかって? もう2015年だからさ!」

時あたかもイギリスでEU離脱論が強まり、アメリカでトランプ旋風が巻き起こっていた「ポスト・真実」の時代でもあった。
そんな中、同じアングロサクソン国家でありながらリベラルな政治を志向したカナダは世界の中で一際輝いていたことであろう。しかし一方で、カナダには国王を頂点とする「白人が中心の君主国」という封建的な顔があることも忘れてはならない。

封建制と多文化主義という対極の価値観が国家の土台に共存する世界に類を見ない「リベラリズムの君主国」カナダ。シリーズ『カエデの国の挑戦』では、その独自の紋章文化を全5回にわたって紹介していく。
第1回目となる今日は、カナダの多文化主義の源流を探っていく。

かつて「大英帝国の忠誠な長女」と呼ばれ、今でもG7やイギリス連邦の主要国としてイギリスの最も重要なパートナーの一人であり続けているカナダという国が地球上に登場したのは明治維新の前年、1867年のことだった。
この年の7月1日、アメリカ独立後も北米大陸に残っていた4つのイギリス植民地が統合して成立した国、それがカナダ自治領である。翌1868年には国章も制定された。それは旧4植民地の紋章を組み合わせたものだった。

まずセント・ジョージ・クロスやライオンが目につくイングランド色が強めの紋章だが、よく見るとフランス王室の紋章であるフルール・ド・リス、スコットランドの花であるアザミが描かれた紋章もあり、旧4植民地のエスニシティが必ずしもイギリスのそれだけでなかったことが垣間見える。
21世紀現在においてもカナダという国は英語とフランス語が共に公用語であるように、イギリスとフランスの「ハイブリッド」であることはよく知られている。そのことは現在のカナダ国章が分かりやすいだろう。

このように現在のカナダ国章はイギリスとフランス王国のそれ、イギリス国旗とフランス王旗、そしてカナダ自身のシンボルであるカエデを組み合わせたものとなっている。しかし、だからといって「カナダという国の白人エスニシティはイギリスとフランスの2つである」と考えるのは安直である。
イギリス国王のスコットランドにおける紋章がイングランドよりもスコットランドを優位に配置したものに切り替わるように、スコットランド人の中には「自分たちはイングランドとは異なる!」というエスニシティが根強くあり、それはカナダ国内にも反映されているからだ。
スコットランドからの移民が建設した地域がノバスコシア州(ラテン語で「新しいスコットランド」という意味)であり、その州章はスコットランド要素が極めて強くなっている。

また、アイルランド系やドイツやスペインなど他のヨーロッパ大陸諸国からの移民の存在も忘れてはならない。さらにアメリカ独立に反対しカナダへと移ったロイヤリスト、南北戦争の戦火を逃れてきた第二次ロイヤリストと呼ばれるアメリカ系の人々も少なくない。
このようにカナダは白人コミュニティの中にもさまざまなエスニシティや背景を持った人々が共存しており、現行の多文化主義に転換していくはるか以前からすでに「多様性を受け入れる社会の土壌」が存在していた。カナダの源流はここにあると言えよう。
もっとも、それは大英帝国の中の白人優位と貴族制度に支えられた「限定的な多様性」にすぎなかったし、紋章もまた然りだった。事実、インドをはじめとする有色人種植民地には紋章は付与されなかったし、イギリスから独立したアメリカは紋章文化を放棄しており、フランスでも革命のさなかに紋章制度が廃絶された。紋章とはあまりに白人的・封建的な存在なのである

しかしカナダが1970〜80年代にかけて多文化主義を採用していくと紋章もその中で一定の役割を担っていった。言い換えれば、カナダは世界で初めて白人的・封建的な存在である紋章を多文化主義の中に落とし込んだ国家でもあるのだ。本シリーズの主眼はまさにそこにある。ただし、我々はその時代に話を進める前にもう一つの過程を踏んでおかねばならない。

イギリスからの独立、これである。

カナダには世界のほとんどの国と違って建国記念日や独立記念日というものが存在しない。たしかにカナダ自治領が成立した7月1日は「カナダ・デー」として祝われているが、それも大英帝国の枠組みの中の話である。
次回はカナダはどのようにして独立し、それは大英帝国に何をもたらしたのか、そしてその中でカナダの多様性や紋章はどのような役割を演じたのかを見ていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?