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豆腐怪談 40話:踏切

ある日、田舎の実家に用があったので久々に戻ることにした。
その途中、なんとバス停から歩いていたら突然の豪雨に遭遇してしまったのだ。

「あーくそ!傘持ってこりゃよかった!」

真っ黒な雲が一斉に雨となって落ちてきたように、真っ暗だ。まるで日没前後の暗さだ。視界が密集した雨粒の灰色カーテンに覆われたようにはっきり見えないのが、更に苛立ちと不安を募らせる。
「くそ!くそ!」
雨宿りする場所もなく、ひたすらら歩くしかない状況に毒づくしかない。
豪雨は容赦なくシャツごしに身体を叩き続ける。正直痛い。靴の中から下着までずぶ濡れになって体が重く、気持ち悪かった。

雨を罵りながら、足元で茶色の水を跳ね上げ早足で歩き続ける。ふと目の先にオレンジの道が見えてきた。
「お、あれか!遊歩道ってやつは」
あれが親から聞いた最近できたという歩行者自転車専用の遊歩道らしい。たしかここをしばらく道なりに歩けば、普通に道路を歩くより実家に近いと聞いている。
「ここを通ればいいんだな」

遊歩道に足を踏み入れようとしたその時、踏切の警報音が鳴り響いた。
「え?踏切?」
しかし見上げるとそこには踏切があった。赤色に点滅し警報音を響かせたそれは、目の前で遮断機を下ろした。
そして遊歩道は1本の線路に代わっていた。
「え?え?マジでどうなっているんだ?」

線路の彼方から巨大な影が高速で迫ってくる。それは塗装がはげ、サビだらけの茶色の染まった一両の電車だった。動いているのが奇跡と言っていいぐらいの代物だ。
それがライトともに豪雨のカーテンを切り、轟音を上げ、見た目では想像がつかないほどの高速で目の前の踏切に迫る。
思わずうわっと声をあげ遮断機より数歩後ずさりした。
「マジで電車がきた…!」
線路を踏みしめる豪音と、無理矢理錆びついたものを動かす耳障りな高い音を響かせて、電車が目の前を減速せずに通りすぎる。
瞬きする間のような一瞬だったにもかかわらず、何故か電車の中がはっきりと見えてしまった。

「うわ…」
電球のような光が漏れる車両の中には、人影が都内の満員電車のようにびっしり入っていた。
その人影全員がこちらを見ていた。
吊革につかまるスーツの男性、座席の柄につかまる女性、本から顔を上げた学生、首をひねってこちらを見る座席に座る老人。
その車両にいる全ての人の形の影が、無表情に感情の消えた虚ろな目で自分から目を逸らさずに見ていた。

電車が踏切を遥か彼方へ通り過ぎても、あの乗客たちの視線を感じていた。
電車が通り過ぎた後もしばらく警報音は鳴っていた。追うなと言わんばかりに。
電車が線路の彼方へ消えた頃、踏切の警報音が止み、やっと遮断機が上がった。
遮断機が空へ上がると同時に線路は踏切を中心に消えていく。
完全に遮断機が上がりきると、一陣の風と霧と共に踏切が消えた。
強烈な風を顔に受けて思わず腕で顔をかばった。
腕を下すと、雨は完全に止み、そして空は晴れがっていた。
「一体何だったんだあ…」
電車が去った方向へ遊歩道を見る。

遊歩道は何事もなかったかのようにオレンジのレンガ道路に太陽の光を受けていた。道端に咲く紫陽花から雫が落ちたのが見えた。

のちほど、実家であの遊歩道は20年前に廃線になった鉄道跡地だったと聞いた。

【終】

※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

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Photo by sanjiv nayak on Unsplash

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