見出し画像

豆腐怪談 28話:上流からきたもの

後輩から聞いた話。

山のふもとに住む彼の家の近くには小川が流れている。
細いが流れが速く、深さもバラバラで岩だらけの、いかにも山の川といった感じの川だ。
その川にかかる橋はいくつかあるが、個人がつくったと考えられる簡素な橋もひとつあった。
「人が一人通れるぐらいの幅でして、僕よく使うんですよ」
少し勢いよく歩くと振動でわずかに上下する、そんな危うさもあるこの橋がすきだと後輩は言う。

ある初夏の夕暮れのころだったという。
太陽がわずかに赤い弧を地平線上に残し沈もうとしている、そんな時間だった。

後輩は例の橋の上から群青色の川辺に飛ぶ蛍を眺めていた。
「もう蛍が出てきたんだなーと橋の周りを見てたんです。しばらく見てじゃ帰るかと、顔を上げたら変なものが見えたんです」
ついさっきまでなかったものが上流にいた。
赤い布のようなものを下に敷いた黒くて大きい物体が、するりと流れてきた。

目がその黒い物体が何であるか捉えた直後、後輩はカバンを放り投げ、一気に川辺へ駆け下りた。
「黒いやつは、黒いワンピースを着た人に見えたんです。それが川を流れてくるもんだから、もう僕吃驚したんです。おーい!大丈夫か!と叫びなから川辺沿いを走ったんですよ」

黒色の人型は後輩の呼びかけに無反応だった。嫌な予感がした後輩は更に足を早める。しかし顔が見える位置まで見えてきたところで足を止めた。
異様な光景に後輩は息を飲んだ。

「それは人間ではなくて、ベール付きの高級な喪服を着たラブドールだったんです。それが季節外れの真っ赤な紅葉と一緒に流れてきたんですよ」

頭を川下へ向け、網目状のベールの下でラブドールは無表情に微笑んでいた。明るい茶色の髪と絡まりながら真っ赤な紅葉が群青の川の上で彼女から離れず流されていく。

「そいつ、流され方もおかしいんですよ。普通ならゴンゴン岩に当たりながら流されるはずが、するりとどこにも当たらずに滑らかに流れていったんです」
紅葉も散らばることなく彼女を包むように流れているのも尚更不気味だった。
「あまりジロジロ見てはいけない“モノ”だったんでしょうけど、目がはなせかったんですよね…」
まるで何かの教科書で見た、オフィーリアってやつの絵みたいだ、と後輩は思ったそうだ。


川の流れが変化したのか、後輩の少し前でラブドールは僅かに傾き、後輩を見ながら流れる姿勢になった。

後輩の目の前を彼女が流れる。目があった瞬間、微かに口笛が聞こえたような気がした。
「うわっこれはヤベー!と耳を押さえて思わず顔を伏せたんです。そして……顔を上げて川下を見ましたら、喪服のラブドールは紅葉ごと消えていました」

その日はその後に奇怪なことは起こらずそれだけであったが、次の日後輩は風邪で数日間寝込む羽目になった。

「実はですねその日以降、“彼女”をたまーに見るようになったんですよ。しかも誰もそんなものを見たことがないって言ってるんです。そいつが見えたのは僕だけらしいです」
川流れするラブドールは見るたびに、艶やかな黒髪の和服が似合いそうな美女だったり、活発そうなショートの少女など、髪の色や見た目の年齢などそれぞれ姿形は微妙に違っていた。

しかしどのドールにも共通点があった。

・まず夕方にあの橋の上から発見する。
・頭を下流に向けている。
・どのドールも服はベール付き喪服姿。
・季節外れの花や草に囲まれて流れてくる。
  (冬に見た少女ドールはアサガオに囲まれていたそうだ)
・いつの間にか消えている

そして川でドールを見た数日以内に、必ず怪我か病気をする。
長期入院しない程度の怪我や病気だったが、だいたいは痛みが強かったり軽い後遺症が長引くなど厄介なものだったらしい。

後輩は少し照れ臭そうに頭をかいた。
「実はですね、昨夜“彼女”を見てしまったんです。しかも僕も好みのドストライクな顔とスタイルなドールだったんですよ。桜の花びらに包まれていたのも、なんというか情緒ありましたね。なので明日ぶっ倒れたらサーセン」

翌日、後輩は尿路結石で一時間ほど悶絶した。

【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?