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豆腐怪談 19話:堤防釣り

「子供の頃の話ですよ。あれは小学校最後の夏休みでした」
小学校最後の夏休みも終わりに近付いた頃、Cさんは父親と一緒に海へ釣りに行くことになった。
夜中に家を出て、海についたのはまだ夜明け前だった。
夜明けの前後1時間で釣る 「朝マズメ」と呼ばれる時間帯だ。朝マズメは魚の餌となるプランクトンが水面下へ上昇する。それを追って魚も水面下で捕食するので、堤防釣りでアジなどを狙うにはいい時間帯だそうだ。

その防波堤は平日ということもあったのか、釣り人はCさん親子しかいなかった。
「ライバルがいないから親父と釣り放題だと喜びましたけどね。…これがまた全く釣れなかったんですよ」
何も釣れず空と海だけが徐々に明るくなっていく。Cさんは眠い目をこすりながら、ひたすら釣り糸とその下の波を眺めるしかやることがなかった。

「太陽が昇り始めた時だったかな…?急に名前を呼ばれた気がして、沖の方を見たんです」
顔を上げると、暗いうちには見えなかったものが、明るくなりかけた海の上で浮いていた。
「ホラ、海水浴場とかプールの売店で、上に乗るタイプのシャチだかイルカの浮き輪が売ってるじゃないですか。そのビニールの青いイルカがぷかぷか浮いていたんです。周りに泳いでる人がいなかったので、誰かの忘れものだとオレ思ったらしいんですよ」

Cさんは隣で船を漕いでいた父親を起こした。
「親父、イルカの浮き輪が浮いてるぞ。あれは誰かの忘れ物かな」
「イルカぁ?ん~……ッ?!」
顔を上げた父親は“イルカ”を見た瞬間、血相を変えた。
「帰るぞ!!」
釣り道具を雑に一気にしまい、Cさんの手をを引っ張るように掴んだ父親はその場から逃げるように車へ飛び込んだそうだ。
“イルカ”が結局何だったのかCさんは今も分からない。

海で浮いてるもので血相を変えるようなものとなると、ひょっとしてアレじゃないかとCさんは考えた。
「親父にオレがあの時見つけたのは、ひょっとして水死体だったんじゃないかと聞いたんです」
父親の反応は意外なものだった。
「お前、アレが水死体に見えたのか…?お前本当に、あの時のことを覚えていないのか?!」
驚愕し目を見開いた父親の反応は演技とは思えなかった。

「実はですね、オレは“イルカ”を見つけた直後からだいたい2週間ぐらいの記憶が全く無いんです」

Cさんは首を傾げながら腕を組んだ。
「その間の夏休みの日記には、オレの字で友達と遊んだとかゲームしたとかちゃんと書いてあるんですよ。でもオレ自身がそのことを全く覚えていなくて、自分の日記を読んでも、他人が書いた気がして物凄く気持ち悪かったです」
Cさんが“イルカ”を見て忘れ物じゃないかと言ったこととかは、だいぶ後になって父が母に話していたのをCさんも聞いて知ったそうだ。
父親は“イルカ”が何だったかも母親に話したそうだが、Cさんには“イルカ”のところだけ父親の声が水の中で話したようなくぐもった声に聞こえてしまい、そこだけ聞き取れなかった。

「親父は嘘は言わない固い人ですし、反応を見る限り“イルカ”は水死体ではなかったでしょうね。でも父はオレが何も覚えていないと知ってからは、あんなものは思い出さない方がいいと言って、それ以上のことは話してくれないんです」

変な話でしょうと言った後、Cさんはわずかに不安と恐怖を一瞬だけ目に浮かべた。
「オレが見たのは結局…何だったんでしょうね」

【終】


※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。

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Photo by Timothy Johnson on Unsplash

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